蘇ったライオン 〜Manners Makyth Man ハリー杉山の紳士たれ 第5回

英国王エドワード1世の末裔にして、父親はニューヨーク・タイムズ誌の東京支局長として活躍した敏腕ジャーナリスト。日本で生まれ、11歳で渡英すると、英国皇太子御用達のプレップスクールから、英国最古のパブリックスクールに進学、名門ロンドン大学に進む。帰国後は、4ヶ国語を操る語学力を活かし、投資銀行やコンサル会社で働いた経験を持つ。現在は、活動の場を芸能界に置き、タレントとしてラジオDJやMC、情報番組のプレゼンターなど、さまざまな分野で活躍するハリー杉山。順風満帆な人生を送ってきたように感じるが、その人生は、情熱たぎる彼の、抜きん出た努力なしでは実現しなかった。英国の超エリート社会でもまれた日々、そして日本の芸能界でもまれる日々に、感じること――。 

W杯、イングランド代表の活躍に寄せて

からっぽ。そう。からっぽ。愛する人が突如自分の生活から消えたように私の心は枯れてしまった。よくぞここまで私を翻弄し、夜な夜な自律神経を乱してくれたな。11時、1時、ときには朝3時。君は私のスマホにラブコールを送り私は起きた。そしてあなたの姿を見るたびに私は恋をして、絶頂に導かれたと思えば絶望の淵にも突き落とされた。"ハリーさん、4年後になったらまたあなたの事を男として見てあげるかも" 、そう言いながら君はトリコロールに染まったモスクワの夜空へと消えていった。私以外に何千万の男にその甘い声を聞かせているのだろうか。いいだろう。このラブ・アフェアは一生終わらない。

ワールドカップが幕を降ろした。

今回も一生心に突き刺さるドラマは生まれた。我らが日本代表は大会前に漂っていたグレーな空気を吹き飛ばし、勇敢なプレーにより世界中に新たなファンを獲得した。後一歩で大番狂わせを演じたベルギー戦は、この先何年も語り継がれるであろう。日本のサッカー史にとってターニングポイントになり、ロシアに行けず悔し涙を飲んだ選手たちが牽引する時代が迫っている事を期待したい。

ロシアでは日本のように、新しいページをめくった代表もいた。僕のもうひとつの母国、イングランド。1966年以来優勝がなく、1990年以降準決勝に姿を見せていなかったサッカー発祥の国は苦しんでいた。ベッカム、ルーニー、ジェラード、ランパード……スター選手を何人も輩出しても大舞台には弱く、2年前の欧州選手権ではアイスランドに敗れた。まさに暗黒時代。しかしスリーライオンズは順当に勝ち、準決勝まで駒を進めた。国がひとつになった。ゴールネットが揺らされる度に、一年分のビールが宙を舞ったと言う。

サッカーはイングランドの人々にとって人生そのものなのだ。

簡単に説明しよう。例えばロンドンのバーやブリティッシュパブで見知らぬ人に紹介されたり、会話が生まれた時、自分がものすごい美人や、短髪ラガーマンマッチョ体型でない場合、平均的に大した興味は持たれない。しかし、サッカーの話をした場合、会話は点火する。もし奇跡的に対面した方と同じチームを応援していたら瞬時にふたりは大親友と化し、王道のヒット曲がスピーカーからかかった瞬間のようにテンションは最高潮となり、断れないビールの波が口へと訪れ、レスラー並みの "ベアハグ" をくらうだろう。年収一億を超える経営者であろうと、近所のスーパーでアルバイトしていようと、パブの中の一番の名刺はサッカーへの情熱だ。なので、敵対するサポーター達が同じパブで飲んでいたら地獄。その場から速やかに移動する事を勧める。ただ、代表戦では心は一つ。国民一人一人が監督になったつもりで罵倒と共にエールを送る。

そしてこの一体感を代表戦の時に生む、魔法の歌がある。タイトルは "スリーライオンズ"。

イングランド王室紋章に由来し、代表の愛称でもある。曲は1996年の欧州選手権の為に作られ、それ以来 "第二の国歌" として愛され、"It`s coming home" "ついに帰ってくる" と言う歌詞で始まる。何が帰ってくるのか? それは1966年以来、英国を訪れていないワールドカップのトロフィーの事だ。ベスト8をかけてPK戦でコロンビア戦に奇跡的に勝利した瞬間、ベッカムやイングランドのセレブ達がSNS上に "It`s coming home" と投稿し、ロンドンの道はこの歌を叫ぶファンで溢れた。政治家達と国民はEU離脱やメイ首相への不満を忘れ、ロンドンで週末必ず見かけるデモの行進もなくなった。イングランドは夢を見始めたのだ。

それもそのはず。イングランドはPK戦に90年のイタリア大会以来呪われていた。90年以降ワールドカップと欧州選手権で5回もPK戦で負けていた。悲劇を何度経験すればいいのか。またPK戦で負けたら国民は悲しみ、通夜が始まる。延長戦になった時点で誰もが敗北を覚悟した矢先、この30年で一番期待されてない代表が勝ってしまったのだから大騒ぎ。96年の自国開催の欧州選手権で、PKを外したサウスゲイトが現代表監督であるのも縁を感じる。

準々決勝ではスウェーデンを撃破。波に乗ってこのまま決勝でフランスと100年戦争の再来、アジャンクール再び! と期待した人も多いなか、クロアチアの技術に完敗。ただ怒りと悲しみに溢れる敗北の空気はなく、やり尽くした戦士達に国民は満足していた。

六本木のパブで仲間達と敗北を迎え入れた我々に、空から夢の終わりを告げる雨が降ってきた。悲しいけど、なんだか清々しい。すべてを尽くした恋のように、美しい思い出は美しい思い出のままに。忘れる必要などない。

また4年待とう。そしてまたワールドカップに恋しよう。

さまざまな壁や偏見を壊し、人々の心を一つにする魔法。

もう戦いは始まっている。

イングランド対クロアチア戦のあと、一緒に観戦した友人とパブの前にて


Manners Makyth Manについて
礼儀が紳士をつくる――僕が英国で5年間通学した男子全寮制のパブリックスクール、ウィンチェスター・カレッジの教訓だ。真の紳士か否かは、家柄や身なりによって決まるのではなく、礼節を身につけようとするその気概や、努力によって決まる、という意味が込められている(ちなみに、Makythは、Make を昔のスペルで表記したものだ)。人生は生まれや、育ちで決まるわけではない、と。濃い人生を送れるかどうかは、自分自身にかかっているのだ。

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