バブル期、闇の紳士たち~元NHK立岩陽一郎のLIFE SHIFT㉘

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米。巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストが、さまざまな人の人生、LIFE SHIFTを伝えていく。  


億単位の金を使いまくり、すべてを失って故郷へ帰る  

「立岩さん、プライベートジェットなんて、あんなもんですわ。荷物どころか、パスポートのチェックだってありませんわ」

何年かぶりでつながった電話の先で、福本玉樹は多少しわがれた声で言った。私より20くらい上だから70代だが、声のトーンは昔と変わらない。

「そうか、福本さん、プライベートジェット、しょっちゅう乗っていたんだよね。許永中と?」

「そう、ケアンズへゴルフに行った時なんか、もう簡単ですわ。荷物のチェックなんかするもんですか。はい、どうぞ、行ってらっしゃいという感じですよ。あの時は後で、いろんな人が加わってねぇ」

そう言って、今もテレビ業界に君臨する大物芸能人や既に故人になっている著名人の名前を懐かしそうに挙げた。

「福本さん、その話は後で聞くけど、突然どうしたの?」

「もう大阪を引き払って田舎に帰るんですわ。それで立岩さんの声が聞きたくなって・・・」

相変わらず人を喜ばせるしゃべりは達者だ。もっとも、こちらも会いたかったのは間違いない。直ぐに食事の場をセッティングした。場所は、かつて福本が散財の限りを尽くした大阪の高級歓楽街、北新地。最後の別れになるかもしれないと、直ぐに有名な割烹に2席を頼んだ。

福本玉樹と言っても、知る人はいないだろう。それは許永中といっても、同じかもしれない。許について説明すると、闇のフィクサーと言われた経済人だ。フィクサーとはそもそも闇の存在だから、この肩書はおかしいのかもしれないが、180センチの上背と大柄な体格、それに丸坊主という風貌が「闇のフィクサー」という肩書に妙に合っている。それだけ闇の存在ということなのだろう。

大阪の商社イトマンを舞台に繰り広げられた特別背任事件。大阪にあった総合商社イトマンから許が巨額の融資を引き出したもので、その際の担保となった絵画は許が福本から得ていたものだ。福本は、絵画の担保価値を高く見せるための鑑定書を偽造してそれを使ったとして懲役刑となっている。

私が知り合ったのは、彼が出所した後だ。福本は大阪地方裁判所直ぐのところに画廊をかまえて再出発したところだった。当時、大阪で司法キャップをしていた私は、直ぐにそこに入り浸るようになる。バブルの闇社会の実態を語る福本の話が面白かったことは勿論だが、徹夜明けの時などは、画廊の奥の和室で横にならせてもらっていた。何かあると、若い記者やディレクターが画廊に私を呼び来る。必然的に、みな福本と知り合いになる。司法クラブには私の下に記者3人、加えて番組担当のディレクターが出入りしていてみなすぐに福本ファンとなった。さすがに、闇のフィクサーの心をつかんだ人物だ。

その福本が連絡をしてきたのは、カルロス・ゴーンの国外逃亡がホットな話題となっていた時だ。ゴーンは関西国際空港から黒い大きな箱に入ってプライベートジェットで国外に出たとされる。その際、荷物のチェックは無かったという報道がなされている。それが故に、ゴーンは音響機器を入れる大型のトランクの中に身を隠して飛行機に乗り込んだ・・・ということの様なのだが、報道では、プライベートジェットの利用が増えて体制が整っていなかったということになっていた。福本に言わせると、プライベートジェットはそもそもそういうもので、体制云々の話じゃないということだ。それを伝えたくて電話をくれたのか、それとも、私と会いたかったのか、恐らく両方だろう。

実は、2019年の最初に書いたこの連載は、ゴーンに関するもので、その中で国外逃亡などしないだろうと書いていた。それは私のジャーナリストとしての甘さであることは認めるが、その連載の趣旨は、拘置所に長期間身柄を拘束するのではなく、監視をつけた保釈を認めるべきというものだった。具体的には、アメリカなどで行われている移動の制限と足首へのGPSの設置だ。今回もゴーンにGPSが設置されていれば、逃亡劇は起きなかった筈だ。要は保釈の制度が議論されていない点が問題だということだ。これは今後も主張していきたい。

それはともかく、今回のLIFE SHIFTの主人公の福本だが、これまでの連載と異なるのは、LIFE SHIFTの最中というわけではないことだ。言ってしまえば、人生の最後を田舎で過ごすという人物だ。しかし、その破天荒な人生がまた面白い。勿論、必ずしもほめられた話じゃないことは断っておく。

電話があって直ぐの金曜日の夜に福本と北新地で落ち合った。

「懐かしいぁな。もう来てないからね」

まばゆいばかりの北新地のネオンを見て福本が言った。

「ちょっと写真を撮りましょう」と言うと嫌がったが、「最後の記念じゃないですか」と言うと渋々応じた。そして予約していた割烹に入った。

カウンターの端のいつもの席を用意してくれている。福本を奥に座らせた。

「酒だめなんですわ。身体を壊して」

福本はノンアルコールビールを頼みそれをうまそうに飲みながら話し始めた。

福本は熊本の天草出身。1947年生まれの72歳。ちょうど私より20歳年上になる。実家は浄土宗の寺だが、本人の人生は仏教とは真逆なものだったと言って良いだろう。勉強はできたから、大学は同志社大学文学部に進んだ。その最中に、京都の画廊でアルバイトを始める。それはたまたまアルバイトをしていた喫茶店の店主からすすめられたものだったという。

「LIFE SHIFTっていうと、それですわ。それが私の人生を全て変えた」

画廊で絵の世界に魅了される。そしてそのまま画廊に就職。直ぐに頭角を現す。

「画廊に来たお客さんには声はかけない。この絵、どうですか? なんて絶対に言わない。でも、ずっと見ておく。このお客さんはこの絵の前で止まったとか」

そして帰り際に名刺を交換して、「ありがとうございました」と頭を下げる。そして次が勝負となる。その客が次に来た時、相手の名前を言って、「いらっしゃいませ」と迎え入れる。

「そこで相手の心を掴んで、そこから絵の話に入るんですわ」

そうやって頭角を現していると、西武百貨店から声がかかる。ヘッドハンティングだ。時はバブルの絶頂期。単価の高い絵画の商売に百貨店が乗り出した時だ。そこに、関東を中心に展開していた西武百貨店が関西に進出。その際に、絵画を扱う部署を作ることになり、福本に白羽の矢が立ったということだ。

それが許との運命的な出会いにつながる。福本は外商部に配属される。外商部とは百貨店に直接足を運ばない富裕層相手の部署だ。その外商部が年に一回、ホテルを借り切って顧客相手に特別に販売をする催しが有る。優雅な雰囲気の中で選ばれた客だけが商品を直接見て買うというもので、西武百貨店では「高輪会」という名称で行っていた。

場所はリーガロイヤルホテル。そこに北新地の高級クラブのママに連れてこられたのが許だった。

「本当の意味でのLIFE SHIFTはその日ですわ。あれはもう忘れようにも忘れられんですわ」

ママが、「福本さん、これがうちの人」と紹介する。既にママから許が来ることは伝えられていた。許は巨漢だ。身長162センチない福本の頭越しにその先の絵を見ている。福本が挨拶をすると、一瞥して言った。

「お前が福本か」

ママから聞いていたのだろう。そして言った。

「この中で一番高い絵はどれや?」

突然の問いだったが、福本は何事もないかの如く掲げられた日本画を指して言った。

「加山又造の『雪景』です」

価格は6500万となっているが、これは表向きの価格だ。実際の価格は5000万円だった。しかし、そもそもこんな高額な絵は販売用ではなく、場を盛り上げるためのアトラクションだ。この絵が売れるとは百貨店側の誰も思っていない。勿論、福本も。

「5000万円です」

福本は表示を無視して、そう言った。それでもこれだけの商品は会場には置いていない。福本は許の表情を見た。

しかし許は表情一つ変えない。そして、「それをくれ」と言って、後ろに控えていた男から大きな紙袋を受け取った。

「2000万円ある。残りは届けてくれた際に払う」

商談成立。1分とかかっていない。富裕層の客が集まる高輪会と言っても、その場で現金のやり取りが行われることは無い。自宅に届けてその場で決済となるからだ。札束が動いた商談に、驚いたのはその場にいた西武百貨店の取締役だった。大挙して許を見送りに出てきた。

「それからですわ。全てが始まったんわ」

福本はカウンターに出される料理を口に入れながら話し続ける。思い出すという感じではない。30年前の話がまるできのうのことの様に出てくる。

許が絵を好きだったこともあるが、やはり絵が金になるということなのだろう。

「福ちゃん」

そう許から電話がかかってくるようになる。そして、「お前に任せるから、いい絵があったら持ってきてくれ」

それはケアンズに行くプライベートジェットの中でのことだ。横山大観の絵があると伝えた。「三保の不二」。巨大な屏風絵だ。

「いくらや?」

「消費税込みで20億6000万円です」

「買うわ」

こんな感じで許から福本を通じて西武百貨店に支払われた金額は「200億円くらいになる」と福本は語る。百貨店の取り分は2割で、収益は40億円という計算だ。

それがイトマン事件となり、許も福本も逮捕されるのだが、そのバブルの時代の闇社会とはどうだったのか、福本の経験したバブルの話を更に書いておきたい。

「福ちゃん、パスポート持って成田空港に来てくれ」

ある日の許からの電話だ。成田空港に来る前に雀荘によって持ってきてもらいたいものがあるとも言われた。

「雀卓ですわ。自動の。それを分解して成田に持っていくんですわ」

そして成田空港についたら、「パリに行く」と言われたという。許の2人の娘、北新地のママ、許の会社の社員らだ。女性従業員は勿論、運転手まで連れて行ったという。この時はプライベートジェットではなく、「どちらかは忘れましたけど、日本の航空会社でした」ということだ。当然、「皆ファーストクラス」だったという。分解した雀卓は貨物に預けた。

「パリについてからが大変だったんや。空港で、『これは何だ?』と」

分解した雀卓のパーツだ。そりゃ、不審がられるだろう。それを空港で組み立てて、「マージャン」と何度も説明したという。

「最後に通じたらしいんですわ、『おお、マージャン!』と言って通してくれましたわ」

で、パリの高級ホテルに行って朝から晩までマージャンをしたという。パリに行ってマージャンをすることに何の意味があるのかと当然思う。

「女性らのためですわ。彼女らにいい思いをさせるためにパリに行って買い物させて、そして永中さんと私らはずっとマージャン」

その時に高級店マキシムで撮った写真がある。バブルの紳士の姿がそこにある。一行はその後、ミラノに向かう。そこでイタリアのブランド品を、これまた女性らに買わせるためだ。

マキシムにて。左側、真ん中に 許永中。右側手前から2人目が福本。

そしてミラノのショッピングアーケードへ。ところが、そこで想定外な事態が起きる。休日で店が一軒も空いていない。

そうなると大変だ。許が、「おい、開けさせろ」と福本らに。仕方ないので、手あたり次第に叩く。

すると一軒が開けてくれた。

「アルマーニの店でしたわ」

女性らが喜びいさんで店内に入り次々に商品を手に取る。そして許は言われるままに支払う。その金額は「1000万円くらい」。

すると周囲のシャッターが開き始める。それはそうだ。バブルと言えども、一度に1000万円分を買ってくれる客は逃したくない。

福本も知人の女性への土産物など、いろいろと買ったという。支払いは全て許だ。ところで、一行はパリを出る前にブランド品を入れるようにとルイ・ヴィトンのトランクを買っている。それも許の支払いだ。その時に許が言った。

「みんな、カバンこうてやるが、成田空港では、これは日本から持ってきたカバンやと言うんやで」

関税を払わないためだ。ところが許の目論見は外れる。成田空港で、高級そうなバッグが税関職員の目に留まった。そして嬉しそうにしている女性従業員に尋ねた。

「このバッグはどうしたんですか?」

彼女は許を指して答えた。

「あの人がこうてくれた」

これで全員が別室行き。

「もうなんなんやっという感じでしたわ」

関税は誰が払ったのか?

「勿論、永中さんですわ。渋々払っていました」

全員をファーストクラスでパリ、ミラノと連れてきて買い物をさせる許だが、税金を払うのは嫌だったということか。

福本はゴルフの思い出も語る。

「握るんですわ。負けたら1億とかですわ」

ただ、この時期の闇の紳士と言っても、さすがに1億負けるというのはきつかったと見える。

「山口組の直さんの親分が、最終ホールのパットを外すと皆に1億5000万円払わないかんくなったんですわ。パットの距離は80センチあったかかどうか。普通なら外さない距離ですわ。皆、プロ級の腕前ですから」

ところが親分はそれを外した。後日、親分から福本の口座に1億5000万円が振り込まれ、福本がそれを皆に配ったという。

しかしそうした生活にも、暗雲が垂れ込める。大阪地検特捜部が許の周辺を洗い出したからだ。特捜部の狙いは、後にイトマン事件として表ざたになる絵画取引をめぐる特別背任事件だ。

マスコミにも書かれ始める。福本自身も任意で検察の聴取を受ける。すると、西武の幹部が福本の自宅に来て、解雇を告げられた。

「理由は無断欠勤ですわ。会社っちゅうのは、ひどいもんや。無断欠勤って、許と一緒にいろいろ行って、それで百貨店に数十億の利益をつけて、その結果がクビですわ」

その直後、許が福本に告げる。

「しばらくアメリカに逃げてくれ」

断ることはできない。42歳だった。それから49歳までをアメリカで過ごす。金には困らない。と言っても、何もすることはない。

「仕方ないのでゴルフばかりやってましたわ」

アメリカのPGAツアーはアマチュアでも出ることはできる。試合に勝っていくと、上の試合に招待され勝ち進むとメジャーな大会にも出られるようになる。

「それが、勝ち進んじゃった」

ある大きな大会に優勝した時、日本のメディアから取材を受けてしまった。逃亡中の身だ。もう駄目だろう。それにアメリカでの生活も疲れた。

「よし、帰国して成田空港で逮捕されてやろう」

そう息巻いてアメリカを出国。既に許は逮捕されている。空港でどんな啖呵を切ってやろうか、「俺は無実だ!」とでも叫ぼうか。自分を取り調べた検事の顔が思い出される。

「あの野郎ぉ・・・」

97年9月、福本は関空に降り立った。飛行機を出て入国カウンターに進む。いよいよここで捕り物かと構えるが、ほぼ素通り。拍子抜けしているうちに、とうとう空港のロビーまで出てしまった。

「なんや、誰もおらんやないか」

妙に侮辱された気になったという。翌日、大阪地検に出頭した。

「で、自分から行ったんですわ、地検特捜に。おらぁ、ヨシカワァ、出てこいと当時の取り調べの検事の名前を出して」

すると、地検の係官から、「その検事は異動で今は大阪地検にはいません」と。

「もう、なんなんや、という感じですよ。俺はいったい何から逃げていたのかと」

ただ、担当検事がかわっても事件の捜査は続いている。その日のうちに、福本は許がイトマンから多額の資金を引っ張るために購入した絵画の鑑定書を偽造したとして私文書偽造・同行使の容疑で逮捕される。そして起訴されて裁判となる。

「これがまた、ひどい裁判でしたわ」

公判の中で裁判長から、「おい、福本、あんたは許永中ともっと悪いことをやっとっただろう。ここで全部話なさい」と言われたという。

「なんじゃい、それ?って感じでしたわ。もう最初から有罪。そんな裁判でしたわ」

判決は懲役1年10月。実刑だった。

私が福本に会ったのは勿論、出所した後だった。大阪地裁の裏に画廊を開いたのがきっかけだったことは既に書いた通りだ。しかし、昔の様にはいかない。そもそも絵画の商売は難しい。ある日の夕方、ふらりと初老の男が入ってきた。ジャージ姿で、身なりはさほど良くない。

「でね、『ここで一番高い絵をくれ』と言ってくる。それで商談はトントンと進み、数百万円の絵がお買い上げとなったんですわ」

当然、支払いは絵が届いた時、となる。ただ、怪しむわけにはいかない。男は、「前祝いに北新地でおごってくれんか」と言ってきた。北新地で飲み食いして十数万払っても十分釣はくる。

「ほな、行きましょう」

高級店で食事をして、そのままクラブへ。福本は相手を値踏みするが、よくわからない。と言うのは、実は個人で絵画を購入する金持ちは案外と質素な身なりをしているケースが多い。この男の「ちょっと汚いくらいのジャージ姿」という身なりは福本の経験で「なんか不思議なんですが、こういう人物が高い絵を買いにくるんですわ」という経験則とマッチするのだ。

男は、日付が変わった頃、あ、と言い出す。

「明日は孫娘の誕生日やった」

そして続けた。

「ママ、この辺に花屋あったなぁ」

「へぇ。うちの女の子を行かせましょう」

「いやいや、直ぐに戻ってくるさかい。あ、現金の持ち合わせが無いんやった。福本さん、1万円ほど貸してくれんか」

福本は「花屋に行く」と言ったときに、既に気付いている。

「すんません。現金は持ってないですわ」

福本は男に財布を見せて言った。

「そうか」と言って男は店を出ていく。

暫くして、福本がママに言う。

「お愛想してくれ」

ママは薄々気付いているが、取り合えず、「お連れさんは?」と言葉にする。

「戻ってこんやろう」

そして20万円ほど支払って店を出た。

「なんでわからんかったんかなぁ・・・」

バブルの絶頂期に絵と人の目利きでのし上がった福本にとっては、それは金額よりも精神的に痛手だった。そして、暫く後に店をたたむ。

福本はその後、私とも連絡をとっていない。そしてこうして北新地での久々の再会となったわけだ。

カウンターには次々と料理が並ぶ。福本の食欲は旺盛だ。「これ、うまいわ」を連発して次々に口に運んでいく。

「昔は味など考えずに口に入れていたんでしょうね?」

私が冷やかすと、「そうやねぇ」と言ってまた箸を動かした。実家の寺は、兄が継いでいるとのことだ。

「兄貴には本当に迷惑をかけたので、私は門前の小僧でもやるよ」

そう言って笑った。ただ、4人目となる伴侶の女性が一緒に熊本に来てくれるという。私も知っている芸術家だ。

不思議なものだ。億単位の金を使いまくり、そして全てを失って故郷へ帰る。一方、許は刑期の途中を祖国、韓国で過ごすということで移送され、最近、本を出して売れていると聞く。

一つ尋ねてみた。

「振り返って、福本さんはいつが一番良かったですか?」

考えたのはものの数秒だった。

「そりゃ、永中さんと会ってからのあの時代でしょ。誰もできない経験ですからね」

福本にとって2つ目のLIFE SHIFTによる日々だ。そのLIFE SHIFTは必ずしも福本の求めた形にはなっていない。しかし、晩年に思い出して幸福感を感じられるのであれば、それはそれで幸せなことなのかもしれない。記憶の全てを吐き出しつつ料理を楽しむ福本を見ながら、そう思った。

立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPOを運営「ニュースのタネ」の編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。『トランプ王国の素顔ー元NHKスクープ記者が王国で観たものは』などの著書がある。近著は『トランプ報道のフェイクとファクト』。
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