あっけないほどの潔さが安室奈美恵を伝説にした ~ビジネスパーソンのための実践的言語学⑪

最近、説明や謝罪時の、違和感のある言葉遣いが話題になりがちだ。当コラムでは、実際の発言を例にとり、公私の場で失敗しない言葉の用い方を考える。ビジネスパーソンのための実践言語学講座、いざ開講!


「今日この会場に来ていただいた皆様、本当にありがとうございました」ーーー安室奈美恵(2018年9月15日のラストライブにて)

MCはほとんどなし、アンコールもなし、涙もなく、最後の言葉もあっさりしたお礼のみ。1990年代から日本の歌謡界をリードし続けた安室奈美恵の最後は、実に潔いものだった。引退発表から1年。ファンやマスコミは盛り上がり続けたが、安室本人からことさらに“煽る”ような言動は見られなかった。キャンディーズや山口百恵のようなドラマティックな引退ライブやコメントを期待した人にとっては、肩透かしだったかもしれない。だが、彼女のその潔さがむしろ、彼女を伝説にしたように思う。

恐らく彼女は、最後までミュージシャンでいたかったのだろう。日本では音楽界と芸能界が渾然一体としている。アイドルもタレントもミュージシャンもすべてを“アーティスト”という意味不明な言葉でくくり、同じステージにあげる。ランキングも歌番組もクソミソの世界においては、売上枚数や視聴率などの数字が正義となり、音楽としての価値が重視されることは少ない。

安室も'92年にスーパーモンキーズとしてデビューしてから数年間は、このクソミソのなかに身をおいていた。'95年以降の小室哲哉プロデュースによって、一気にトップアーティストに上り詰めた彼女は、バラエティ番組に出演し、CMや映画に出て、写真集を発売。だからこそ彼女のファッションを真似た“アムラー”も登場し、社会現象にまでなったのだ。当時の安室は、アイドルでありタレントでありミュージシャン。結婚も出産も離婚も芸能ニュースのトップを飾り、彼女は音楽界ではなく、芸能界の中心にいた。彼女がとどまろうと思えば、そのまま君臨し続けることも間違いなくできたはずだ。

しかし2001年、小室プロデュースを離れ、セルフプロデュースをはじめた安室は、アーティストではなく、ミュージシャンとしての道を選ぶことになる。活動のメインをライブにおき、R&BやHIPHOPの影響の強い楽曲を発表。ちょうど「出せばミリオン」といわれていたCDバブルの時代も終わりを告げていた。彼女の姿をテレビで観ることは少なくなり、逆にライブのクオリティの高さが評判となっていた。

ただひたすら歌い、踊り、MCはほとんどない。彼女のライブは、ミュージシャンとしての姿をファンに観せ続けた。一方テレビでは私生活を“ぶっちゃける”タレントたちが人気を呼び、SNSの普及がそれを加速した。歌でも曲でもなく、“ぶっちゃける”ことがブランディングとなり、数字につながる。そんな時代も彼女に引退を決意させたような理由のひとつのような気もする。

もし引退発表からの1年間、彼女がどんどんテレビに出て、“引退ビジネス”を盛り上げようとしていたら、“仕掛け”に敏感になっている世間は、きっと鼻白んだことだろう。でも彼女は、それをしなかった。タレントとして世に出た安室奈美恵は、途中からミュージシャンとして生き、ミュージシャンのままクソミソの世界から去っていった。そんな姿勢に共感したファンも多いはずだ。

ラストライブでのあっさりとした姿からは、「最後まで歌で勝負する。ドラマなんて見せない」というミュージシャンとしての矜持を感じた。そしてその矜持こそが安室奈美恵という時代を超えるブランドと伝説を完成させた。ブランディングにおいていちばん大切なのは、ブレないこと。そんなことを思い出させてくれる引退劇だった。

第12回に続く


Text=星野三千雄 Photograph=Getty Images


ナダルのポジティブなウィンブルドン敗戦の弁