藤原秀次郎×松井忠三 相師相愛 vol.02

師匠か、恩師か、目をかける若手か、はたまた一生のライバルか。相思相愛ならぬ「相師相愛」ともいえるふたりの姿をご紹介。第2回は、無印良品としまむらの快進撃を支えたおふたり。

松井 良品計画の社長に就任する直前、会食でお会いしたのが、初めてでした。緊張して行ったのを覚えています。

藤原 静かな方だなというのが最初の印象でしたね。こんなによく喋る人だとは、とても思えなかった(笑)。翌年、社外取締役にお声がけいただいて。

松井 自分の器以上に会社は大きくならない、メンターが必要だと思ったんです。尊敬できる畏敬の経営者に来てもらおうと。それで、飛ぶ鳥を落とす勢いだった藤原さんにお願いしました。経営にまぐれはない。業績が残っているとしたら必ず理由があると思っていました。ただ、しまむらの全取締役に反対されて。

藤原 当時は社長が他社の役員になるのは珍しかった。でも、同じ世界に籠(こ)もっていたらダメだと思っていたんです。とてもいい勉強になりましたね。言いたいことを言わせてもらって。

松井 本質をズバッと突かれました。語録がたくさん残っています。「売り場を見て組織と数字に置き換えられなければ経営者ではない」「流通業の今後を考えるキーワード。坪効率は下がる。客単価は下がる。したがって取扱点数は増える」「職人芸は標準化の邪魔になるだけ」「組織で仕事ができる人が優秀なんだ」......。こんなことを10年も前から聞かせていただいて。

藤原 昔は頭がいい人は記憶力のいい人だった。それが、頭の回転が速い人になった。今は、センサーが鋭い人でしょう。同じ目を見開いていても、見えない人もいますから。松井さんは鋭い感覚で反応されたんですよ。

松井 自分で問題意識をずっと持っていたからこそ、反応できたのかもしれません。

藤原 こだわりが強すぎる人は危ないんです。成功体験は恐ろしいですから。それこそ、成功したなんて思ったらいけない。

松井 社長が真っ先に夏休みを取らないと部下が取れない、という話も印象的でした。それで海外の旅に出たんですが、以来、毎年ずっと行っています。

藤原 遊んだ記憶は、後からは作れないんですよ。若い時に、しっかり経験しておかないと。

松井 しかし、藤原さんがヨーロッパ中をレンタカーですっ飛ばして回られるのには、やっぱり驚かされます。危ない地域にも平気で行かれますし。

藤原 20室以下のいいホテルやレストランは、レンタカー以外では行く手段がないんです。

松井 今年もヨーロッパでお会いしましょう。おいしいレストランを見繕っておきます。


しまむら相談役
藤原秀次郎
1940年生まれ。家業の呉服店をファッションセンターしまむらへと生まれ変わらせる。90年、社長就任。見事な経営手腕から、しまむら中興の祖と呼ばれる。


良品計画名誉顧問
松井忠三
1949年生まれ。2001年、良品計画の社長に就任。赤字状態の組織を風土から改革し、業績のV字回復に向け尽力。15年に独立。松井オフィス代表。