【知られざるヒーロー列伝】20歳の素人から世界的プロセーラーへ。ヨット界の伝説・早福和彦②

日本のヨットレース界にこの男あり! 早福和彦、53歳。長きにわたり、選手・監督として日本ヨット界の中心に身を置き、今年から始まった世界最高峰の国別対抗戦「Sail(セール)GP」では日本チームのCOO(最高執行責任者)を務める。日本ヨット界を語る上で欠かすことのできない人物であり、世界各国の一流選手や首脳陣から「FUKU」と親しまれるパイオニア的存在。ここに示すのは、そんな知られざるヒーローの物語。


強豪オーストラリアの選手から教わったこと

二十歳そこそこで、セーリングを始めた私。世界最古のトロフィーレースとされる"伝統の大会"アメリカズカップへの挑戦に日本から名乗りを上げていた「ベンガルベイチャレンジ」のクルーとして合格した後は、怒涛の日々が過ぎていきました。

チームでは当時、オーストラリアからコーチを5人を招聘。彼らはプロとしても名を挙げている現役選手ばかりでしたが、セーリングの素人だった私に対してヨット競技の基礎を徹底的に叩き込んでくれました。かつて、バスケットボールのインターハイ選手だった私の体力を見込んでくれたのかもしれません。彼らとコミュニケーションをとる中で、英語を覚えたこともその後の人生においてとても大きかったと感じています。

残念ながら、その後「ベンガルベイチャレンジ」は資金難により、アメリカズカップを断念してしまったのですが、彼らから学んだことがその後の私のヨット人生にとって、本当に大切な経験となりました。

1995年と2000年は、日本からアメリカズカップに挑んでいたもう一つのチーム「ニッポンチャレンジ」に参加することになります。そこでも、ピーター・ギルモアという世界トップクラスのオーストラリアの選手と素晴らしい出会いを果たしました。ピーターはチームの監督という立場だったので、彼からはヨットの技術のみならず、スポンサー集めをはじめとするチーム運営やマネジメントの業務なども学びました。やはり、世界のトップレベルの人物と間近で仕事をすることで見えてくる世界はとても大きく、国内に留まっているだけでは人は成長しないと思いました。

「ニッポンチャレンジ」で2000年のアメリカズカップに挑戦した時点で私は35歳。しかし、20歳からセーリングを本格的に始めた遅咲きの私にとって、まだまだ不完全燃焼でした。その後、日本からアメリカズカップへ挑戦するチームはなくなってしまったのですが、ギルモアからアメリカ・シアトルの「ワンワールド・チャレンジ」というチームに入らないか? と誘いを受けて、すぐに参加を決断。ついに、私は国内ではなく、世界を舞台にしたセーリング選手への道を歩むことになりました。

私が所属していた「ワンワールド・チャレンジ」は’03年に惜しくもアメリカズカップのアメリカ代表決定最終戦で敗れて出場を逃してしまうのですが、その最終戦で対戦したのが「オラクル・チーム・USA」でした。そのチームのスポンサーは、オラクルの創業者で世界有数の富豪であるラリー・エリソン。彼は、私が今携わっているSail GPの最大スポンサーであり、セーリングを「海のF1」として、世界的なプロスポーツにするために尽力している最大の功労者。

’07年のアメリカズカップへの挑戦は、そのオラクル率いる「BMWオラクル・レーシング」に誘われ、参加。この時は、予選のベスト4で敗れてしまい、私はチームを去ることになるのですが、次なる拠点をスペイン・バレンシアに置きます。そして、フリーランスのプロセーラーとして10年ほど世界を転戦する日々を送っていたさなか、国内のある大企業から再び「アメリカズカップ」に挑戦しないか? と声をかけられたのです。その企業とは、孫正義さん率いるソフトバンクです。

私が前に所属していたオラクル・レーシングは、’10年、‘13年とアメリカズ・カップを連覇。ソフトバンクという日本を代表する企業のもとで、その強豪チームに挑みたいと思い、総監督としてチームを率いることを決めたのです。

続く

Kazuhiko Sofuku
1965年新潟県生まれ。高校時代はバスケットボールのインターハイ選手だったが、'87年、日本から初めてアメリカズカップへの挑戦を表明した「ベンガルベイチャレンジ」に参加。その後、「ニッポンチャレンジ」へ移籍。'95年、2000年のアメリカズカップの予選でベスト4に。'03年は米国「ワンワールドチャレンジ」、'07年は米国「BMWオラクルレーシング」に所属。スペインでフリーのプロセーラーとして活躍した後、'15年からは「ソフトバンクチームジャパン」の総監督兼選手してアメリカズカップ予選に出場。現在はSail GPジャパンチームの最高執行責任者(COO)。'87年までセーリング経験はなかったが、バスケットで培った運動能力で日本のトップセーラーとなり、国内ヨット界を牽引している。


Composition=鈴木 悟(ゲーテWEB編集部)


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