先の見通せない長く重い1年は、選手にとってプラス?マイナス? 【東京五輪の現場から⑦】

約1年の延期が決定した東京五輪。本連載では、オリンピック担当として取材を続けるスポーツニッポン・木本新也記者が現場の生の声を届ける。メダルを目指す選手のスペシャルな思考や、大会開催の舞台裏とは――。

準備期間が1年延びるメリット  

実際には対面していない。それでも確信のこもった言葉が強く心に残った。新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期された東京五輪の開幕が2021年7月23日に決まった翌日の3月31日。感染予防措置としてクラウドミーティングアプリを使用したオンライン取材で、男子バスケットボール日本代表で主将を務める篠山竜青(31=川崎)は言った。

「今の日本のバスケ界には時間があれば成長できる若い選手がたくさんいる。リーグ自体も若いので、1年ごとの成長は凄い。今年の夏と来年の夏の日本代表であれば、来年のチームの方が間違いなく強い」

NBA1年目の八村塁(22=ウィザーズ)は主力としてフル回転して急成長中で、2年目の渡辺雄太(25=グリズリーズ)も着実に力をつけている。下部Gリーグでプレーする馬場雄大(24=レジェンズ)もシーズンを追うごとにプレータイムを伸ばした。

米国で活躍する3人に負けじと、今季はBリーグに所属する国内組も奮闘。4戦全敗に終わった昨夏のW杯中国大会を経験した選手たちが、世界基準に近づこうと、昨季までは見られなかった強度の高いプレーを展開した。篠山の言葉通り、'20年よりも'21年の方が、チームの期待値が上がることは間違いない。

恩恵という言葉は適切ではないかもしれないが、五輪の1年延期がプラスに働くケースは男子バスケ日本代表以外にもある。テニスの錦織圭(30=日清食品)は昨年10月に右肘手術を受け、回復途上。万全の状態で今夏を迎えられるか微妙だったが、21年夏ならば問題はない。

昨年モチベーション低下を理由に一時休養した競泳の萩野公介(25=ブリヂストン)も現時点では復活へ向けて道半ばの状態。五輪が通常開催なら絶好調のライバル瀬戸大也(25=ANA)に勝つ可能性は極めて低かったが、1年4ヵ月後であれば望みは出てくる。マレーシアで交通事故に遭ったバドミントンの桃田賢斗(25=NTT東日本)も試合勘などを考慮すれば、準備期間が1年延びるメリットは大きい。

ドーピング違反で国際水連から資格停止処分を受けている競泳の古賀淳也(32)は今年5月、藤森太将(28)は21年1月で処分期間が明ける。ドーピング違反で本来は五輪に出場できなかった選手の扱いをどうするかは今後、議論される見通しだが、出場への道が復活する可能性もある。

新星やベテランは、五輪まで力をキープできるか?  

もちろん延期がマイナスに働く選手もいる。飛び込みの玉井陸斗(13=JSS宝塚)は通常開催の東京五輪に出場すれば開幕を13歳10カ月13日で迎え、32年ロス五輪の北村久寿雄氏の14歳9カ月21日を抜く日本男子最年少記録だったが、延期により88年ぶりの記録更新は消滅した。1年で体格が大きく変わる時期だけに、ジャンプ力や回転力などが重要となる演技への影響も避けられないだろう。

6度目の五輪を迎える飛び込みの寺内健(39=ミキハウス)や、スポーツクライミングの野口啓代(TEAMau=30)ら東京五輪を集大成と位置付けるベテランにとっては1年間パフォーマンスとモチベーションを維持することは容易ではない。既に五輪出場権を得ている選手の大半は内定を維持される見通し。五輪まで力をキープできずに、若手が台頭するようなことがあれば、批判にさらされる可能性もある。その重圧は計り知れない。

五輪延期による追加コストは数千億円規模。運営側も会場の再確保など今後、難題に直面することが予想される。1年後に新型コロナウイルスが終息する保証のない中、選手、指導者、五輪組織委職員、ボランティア、スポンサーらを含めた全ての関係者が、'21年夏に向けて再出発を切った。先の見通せない長く、重い1年。苦難の先に心震えるドラマが待っていることを祈らずにはいられない。

Text=木本新也