ロジャー・フェデラー 己の才能を引き出す 弛まぬ努力、勝負の鉄則

プロ20年目、36歳。その数字だけ見ればとうに盛りを過ぎていてもおかしくない。だがプロテニスプレイヤー、ロジャー・フェデラーは今も進化し、テニス界の頂点に立ち続けている。11年ぶりに来日した王者が、独占インタビューで自身の哲学を明かした。

不自然なほどの自然。王者に漂う偉大な風格

 絹のように流麗なショットを生み出す魔法の手は、少し乾いてゴワッとした感触がした。みずみずしく張り詰めているのと違って、年輪を重ねた広葉樹の幹を思わせる大きな手だった。

 フェデラーはインタビューの部屋にいる全員にすすんでその手を差し出し、横顔の撮影では「反対側のほうがお気に入りなんだけどな」と冗談を言って場を和ませた。11年ぶりの来日のわずかな時間。周囲の張り詰めた雰囲気とは対照的に、プールで遊ぶ少年のようにフェデラーだけはニコニコと笑みを絶やさないのだった。

 偉大な選手に対するGOATという呼び名がある。Greatest of All Time。例えば、モハメド・アリやマイケル・ジョーダンのような存在である。フェデラーもそうだ。老若男女問わず憧れを抱き、世界中どのコートでも観客がホームの雰囲気で迎える。対戦相手も「ロジャーなら仕方がない」と甘んじてその状況を受け入れる。若く、血気盛んで、ラケットを叩きつけていたのはもう遠い昔。熱狂と尊敬のまなざしを飽きるほど浴びても決して傲慢にはならず、それがまた敬意を生む。不自然なほど自然な振る舞いがどうして彼にはできるのだろう。

「選手としてNo.1になろうというのはもちろんあるが、何よりも自分自身であろうとしている。新しい状況に適応していくことは大事。でも別にそれで自分自身が変わるわけではない」

 そうフェデラーは言った。

圧倒的マインドに潜む、茶目っ気たっぷりな性格

 肩肘張って求められる役割を演じようとすればひずみが生まれる。そのギャップに沈み込まないためには、立ち返るべき場所を忘れなければいい。

「常に穏やかで忍耐強くいるのは難しい部分はある。いろんなストレスやプレッシャーを感じ、世界中を飛び回ることに加えて、よき夫でもいなければならない。やるべきことは多いからね。でもそれは他の人だって同じ。自分は自分でベストを尽くす。楽しみに満ちた特別な人生だと思うし、ポジティブなマインドセットがあればどんなことだって簡単になる」

 無理しているように見えないが、落ち着き払った姿がフェデラーのすべてでもないらしい。

「素の自分はもう少し違うかな。カメラがなければもっとやんちゃになる。最近はカメラの前でもお茶目なことをしてしまいがちだけどね。ロッカールームでも冗談を言って楽しい雰囲気にしたいし、他の選手は自分のそういう一面も知っている。みんなにとって楽しいツアーにしたいと思ってるんだ」

 選手会の会長を6年間務めてツアーの改善に力を尽くし、自分の財団で貧困にあえぐ世界の子供を支援する。今年は欧州選抜vs世界選抜という大規模な新規大会を立ち上げるなど、活躍は一選手の枠にとどまらない。

「ポジティブなマインドセットがあればどんなことだって簡単になる」

テニス界に影響を与えた「休む」という勇気

「以前はなかなか物事を決められない人間だった。コーチや友達、家族にすべて任せきりでテニスだけやっていればよかった。でも今は決断するプレッシャーも受け入れて、何かを決める時には楽しんでやっている」

 プロテニス選手としてすべてを成し遂げてきたとも思える栄光のキャリア。この1年間の華麗な復活がそこにいっそうの彩りを加えた。

 昨年1月の全豪オープン直後に左膝を痛めてテニス人生初の手術を受け、一度は復帰したものの再度離脱した。そのため、夏以降の後半戦を思い切って休養と回復に充てた。トップ選手としては異例の長期休養だった。

 結果的にこの決断は吉と出た。14年ぶりに世界ランキングでトップ10から陥落したとはいえ、復帰後は以前にも増してプレーする喜びに溢れ、何より強くなっていたからだ。

「ケガの時期は再生のための時間だったと思っている。ビジネスでも市況が悪い時にチャンスがあるのと同じで、ケガで落ち込んだ状況は自分を蘇らせる、またとない機会になった」

 今年1月の全豪オープンで劇的な復活優勝を遂げ、7月のウィンブルドンでは大会単独最多となる8度目の優勝。米フォーブス誌では再び「世界で最もブランド価値の高いアスリート」に選ばれ、今の勢いなら世界ランキング1位への返り咲きも近い。アンディ・マリーやノバク・ジョコビッチらが追随するように長期休養を決めたのもフェデラーの影響力の大きさを物語っている。

「この20年、何をモチベーションにしてきたのか。長い時間が経ってしまったので正確には思い出せない。ただ、いつも進化するために練習を続け、常に物事の明るい面を見るようにしてきた。選手としてどう進化していくかが重要だったんだ。世界を旅して、多くの人に出会い、妻の献身的なサポートも得て人間的にも成長してきたと思う。父親になったことも人生において大きな、とても大きな変化だった」

 元スイス代表のテニス選手であったミルカ夫人と2009年に結婚。同年に双子の娘、14年に双子の息子を授かった。子供たちは可能な限りツアーにも帯同する。家族と過ごす時間。フェデラーは努めて平凡な生活に戻るのだという。

「 自分の才能を最大限に生かす努力。そのプロセスを真剣に楽しんでいる」

「地理的に家から離れていてもツアー先に我が家があるように感じたい。そうすれば他の選手の家族や子供とも時間を過ごせるしね。妻はいつもディナーやランチをともにして、素晴らしい友達でいてくれる。子供たちとはスキーやハイキングに行ったり、映画に音楽、ドライブに出かける。普段は忙しすぎてとても普通とはいえない生活をしていると思うから、家族といる時はできるだけ普通の生活を送りたいんだ」

 今となっては笑い話で済むが膝を痛めたのはふたりの娘のお風呂の準備中だったという。彼がそんな家庭的なシーンで選手生命に関わるケガを負うなんて誰が想像しただろう。

選手として父として、自らの夢を楽しむ日々

 そんな父の素顔が垣間見えたのが今年のウィンブルドンだった。決勝戦を終えて表彰式を待つ間、家族席に3歳の息子たちがやってきたのを見つけてフェデラーはワッと泣き出した。

「息子たちの前では初めてのウィンブルドン制覇。家族みんなが揃い、我々にはとても美しい瞬間だった。そんなプライベートな感情がたまたま世界中の人の目に触れてしまったんだ」

 テニスの聖地で見せた、勝利の感動ではなく父親としての愛に溢れた涙。周囲の反響も大きかったようで振り返る表情に少し照れ笑いが浮かんだ。

「テニスは終わりのないトレーニングを続けていくスポーツ」とフェデラーは言う。選手としてはどこまでも特別で、ひとりの人間としてはどこまでも普通であることを求めた20年。

「テニスを仕事とは呼びたくないし、趣味のように考えている。自分の夢だったからいつも大会を楽しんでいる。もちろん自分の才能を最大限に生かす努力をしているし、そのプロセスを真剣に楽しんでいる。この立場になりたいと思う人がどれだけいるかもわかっている。なんて幸運な立場にいるんだろう。毎日そう思って練習しているよ」

 幸運なのは彼だけではない。フェデラーという希有なアスリートを得たこと。きっと我々にとっての幸運でもある。

故障に伴い休養を宣言した昨夏、契約を結ぶスポーツ用品メーカー「ウィルソン」は、新作ラケット「PRO STAFF RF97 AUTOGRAPH」を完成。今年、フェデラーはそのラケットを使って完全復活した。インタビュー後にはラケットを握り、子供たちと撮影。
自らの能力を鼓舞し続けた"最強ライバル"ナダルの存在
「もしテニスに引き分けがあるなら、今日はラファと幸せを分かち合いたい」。今年の全豪オープン表彰式、ラファエル・ナダルとの決勝を制したフェデラーは永遠のライバルへの親愛の情を示した。
 プレースタイルは優美と熱情。パーソナリティーは洗練と純朴。好対照なふたりに通じるのはテニスへの真摯な姿勢である。異なる個性が認め合い、弱点を突かれればそれを乗り越え、幾多の名勝負を演じて時代を築き上げてきた。
 昨年10月にはナダルが故郷のスペイン・マジョルカ島にアカデミーをオープン。開校式にフェデラーがわざわざ訪れたほど特別な関係である。今年のグランドスラムは全豪とウィンブルドンをフェデラーが制し、全仏と全米をナダルが獲った。望みどおりに?終わってみれば2勝ずつの引き分け。9月にはふたりのダブルスも実現し、世界中のファンが夢の共演を楽しんだ。今年9月の国際大会レーバー・カップでは、ナダルと初めてダブルスを結成し勝利した。
Roger Federer
1981年スイス生まれ。97年に初めて世界ランクに入り、2004年に初めて同1位に。4大大会制覇19度、ウィンブルドン優勝8度はいずれも史上最多。五輪でも08年北京でダブルス金メダル、12年ロンドンでシングルス銀メダルを獲得している。


Text=雨宮圭吾 Photograph=淺田 創

*本記事の内容は17年11月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)