渡辺 謙 流れに身を任せる受動態ではなく、流れを受け入れる「器」を持つ

アクション・エンターテインメント大作『インセプション』。この作品でレオナルド・ディカプリオと共演する俳優渡の辺謙は、演技を始めて30年、世界をフィールドにするようになって10年を経て、今、自分自身のなかの“コア”、演技することの“コア”が少しずつ見えてきたと語る。その「核」とはいったい──。

ハリウッド進出10年 今見えてきた新しい境地

「僕はケンとまた仕事をしたかったので、この役を彼のために描いたんだ。ケンはものすごくカリスマ性に溢れた俳優で、本当の意味での映画スターだよ。彼はどのシーンでも、どうすれば最高の演技ができるかを熟知している完璧なアクター。彼の演技を見ているだけで幸せになれる」――そうコメントするのは、興行において歴史的大成功をおさめ、また作品の質が批評家から絶賛された『ダークナイト』で、アメリカを代表する映画監督となったクリストファー・ノーラン。彼は『バットマン ビギンズ』で組んだ日本人俳優を再起用し、きわめて挑発的な作品を完成させた。それが『インセプション』である。

出演7作目のアメリカ映画となる本作について、渡辺謙はこう語る。

「撮影現場で積み重ねていったピースが、つながって完成した(映画の)全体を目の当たりにした時、躍動感、スピード感が明らかに違うので圧倒されましたね。作ってる時は、例えばトンネルを掘ったり、そこで走らせるトロッコをコツコツ製造しているようなものだから。でも、実際は“そこ”をものすごい速さで疾走していく。スクリーンを見ている時は、もう口があんぐりでした(笑)」
『インセプション』は未知の映像体験である。物語を要約したり、見所を紹介したりすることはほとんど意味をなさない。だからこそ真に革命的な作品でもある。

「クリス(監督の愛称)が言っていて、まったくそのとおりだなと思ったんですね。大袈裟じゃなく、今エンターテインメントの在り様みたいなものが問われている。あまりにも情報を観客に渡しすぎちゃって、ロールプレイングゲームのガイドブックをなぞっていくような鑑賞スタイルが多い。そうではない、未知の扉を開いて、違う世界にスイッチしていく感覚を観客に持ってほしいんです。観てしまった人は、まだ観てない人に説明したくなくて、『まあ、観たら?』と言いたくなる映画なんじゃないかな(笑)。ある種、(観る側が)既存のシチュエーションを破壊する作業を、360度方向にわたって繰り広げるようなものだから」

そう、知的快感レベルを根源的にバージョンアップしていくような世界がこの映画にはある。だが言葉を費やせば費やすほど、本質からは遠ざかる。だから「説明」は慎もう。

(C)2010 Warner Bros. Entertainment Inc.

21世紀初頭は、後に渡辺がハリウッド進出に成功した10年として位置づけられることになるだろう。本人にとってはさぞかし激動の歳月だったのではと想像するが。

「たまたまこの前『ラストサムライ』の監督やプロデューサーと同窓会をする機会があって。あの作品が動き始めたのが2001年なんですね。9.11の翌年でセキュリティが厳しかったのを覚えています。まあ、確かに10年経ちました。そんな時に再びクリスに呼ばれて、これほど大きいバジェットの作品のなかで、日本人であることを意識せずに仕事をしているという事実に対しては、もちろん感慨はある。ただ10年というスパンは、僕にとって短いとも長いとも言えないんですよね。よく途切れずにやってこれた、でもコツコツやってたよな、とも思う」

渡辺はクレバーである以上に冷静である。浮かれるのではなく、現実を直視する。俳優にとって具体的なリアルを見つめる力があるのだ。

『インセプション』は東京、ロンドン、パリ、タンジール(モロッコ)、ロス、カルガリー(カナダ)の順に計6カ国で撮影された。

「僕はそのうち5カ国に行きました。ほぼアタマから最終まで、撮影は半年かかってます。大変は大変だけど、そのタームにも慣れちゃった。(力の)抜き具合もわかってきたし、入れ具合もわかってきたし。大切なのはそのなかで“刃こぼれ”しないようにするっていうか。(刀を)すごく研いじゃうと、ある時期はすごくイケるんだけど、やっぱりボロッときちゃう(=切れなくなる)こともある。だから、“切れ味”は残すんだけど、あまり研ぎすぎないように。ただ1日1日、“切り残し”はしないで切っていく」

やりすぎない抑制。すなわち、自己という「宇宙」をいかにコントロールするかが必要となる。

渡辺が話すのは、長期戦に対する単なる心構えではない。

「やっぱり、“作りこむ”ことには限界がある。その時に、サイコロ振ってみないとわからない、ということが役者にもある気がします。もちろん準備はする。ただ、絶対“6”を出すよ、と思っていても、“5”が出てしまうこともある。今の僕は、その“5”でもアリかもしれないと思ってる。それはもしかしたら人が生きることに似ているかもしれません。あんまりやりすぎなくてもいいかなと。まあ、“球速”が遅くなることへの言い訳かもしれないけど(笑)」

違う。「5」で成立させる度量のことなのである。確かにそれは演技のみならず、人生に関わってくることかもしれない。

「向こうで仕事をするようになってからは、準備は1日のなかで、あるキャラクターや話のなかに、自分がどこまで“浸れるか”、そこから生まれてくるものを信じようとしています。例えば考えていたルートとは違うものを描いたとしても、“浸っていた”結果生まれてきたものを疑う必要はないんじゃないかと思うようになった」

つまり、準備とは本番で何かを再現するための用意ではない。

「(撮影が始まってからの)その日1日の風の流れ、潮目みたいなものを感じるための準備というか。そうじゃないと、あがいてる姿しか映んなくなっちゃうんですよね。潮目に逆らっていくとね。僕らは結局、何かがスパークするなかから生まれてくるものを楽しむべきだし、残すべきだし、それこそが本当のリアリティなのかなと」

流れに身を任す受動態ではない。流れを受け入れる「器」を作り出すのである。

(C)2010 Warner Bros. Entertainment Inc.

「それはもう全部ですから。サッカーやラグビーもそうだけど、ポジションはあってないようなものなんですよ。はっと気が付いたらディフェンスに回ってたりもするし、はっと気付いたらゴール前でボールを蹴っちゃったりする時もある。ボールを待ってるだけ、ボールを追いかけているだけじゃしょうがない。フィールドワークだから」

フィールドワーク。その単語の意味は、こちらの問いに答える渡辺の姿勢からも如実に感じとれる。質問に答える「役回り」をまっとうするのではなく、柔軟に場を活性化させ、臨機応変に「世界」を作り出し、言葉を生み出していく。

「世界にはクリスのようなとんでもない才能を持った強者がいっぱいいる。巡り会えた僕は恵まれてますよ」

それはいささかの誇張も含まれていない、真摯な吐露だった。

演技者としてのキャリアは30年を数える。いよいよ「コア」に近づいてきたと話す。

「俳優として向上しているかどうかはわからない。でも、僕のなかの“コア”なのか、演技することの“コア”なのか、わからないけど、感覚的には“コア”に近づいている。単なる演じることのダイナミズムや喜びとは違う、“核”にすっと近づいていける瞬間が多くなった気がするんですよ」

『インセプション』/監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン/出演:レオナルド・ディカプリオ、渡辺謙、マイケル・ケインほか/配給:ワーナー・ブラザース映画 (C)2010 Warner Bros. Entertainment Inc.
Ken Watanabe
1959年生まれ。'97年NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』に出演。以後、映画を中心にテレビドラマ、舞台、CMで活躍。2003年『ラストサムライ』で海外に進出。その後も多くの映画に出演する。'09年の『沈まぬ太陽』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。


Photograph=操上和美 Text=相田冬二

*本記事の内容は10年6月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい