野菜のスペシャリスト 福井栄治 食の伝道師を育成し全国に輪を広げる 人の心を動かす“商人魂”

スポーツ愛好家を中心として話題の資格、アスリートフードマイスターをご存知か? スポーツのための身体づくりを支える食事法を学べ、その輪は世に広がり続けている。アスリートフードマイスター 代表取締役社長、福井栄治の「24時間仕事バカ!」ぶりを追う。

女性プロゴルファーのひと言が新ビジネスに

「子供に勉強しいや、ゆうてもやらないでしょ。言うだけでやってくれるなら苦労しないよね」
 懐っこい表情でニカッと笑うのは、今年2月にアスリートフードマイスター株式会社を設立した福井栄治、51歳。13年前に日本ベジタブル&フルーツマイスター協会(現・日本野菜ソムリエ協会)を立ち上げ、民間資格「野菜ソムリエ」をある種のステータスに育てたその人だ。
 野菜ソムリエ養成講座の受講者数は、すでに5万人を超えた。資格取得者は飲食店や施設でのアドバイザーとして、またメディアでのコメントの情報提供、自治体や地域でイベント開催など、活動の幅を広げている。
「僕らの目的は、資格取得者数を増やすことだけではありません。資格を生かし、社会に発信し続けてくれること。その結果として、健康的に食を楽しめる社会を創っていくことです」
 日本野菜ソムリエ協会は、野菜ソムリエ以外にも食にまつわる講座や検定試験を担っている。スポーツのために必要な食事についての知識を学び、広く一般に伝えることを目的としたアスリートフードマイスターの資格も元はそのなかのひとつだった。
 発端は2年前、女性プロゴルファーから、「何を食べればいいのかわからない」と相談を受けたこと。聞くと、食の専門サポートがつくのはオリンピックの金メダル候補や、年収1億円以上のアスリートだけだという。

50歳の節目に昨年秋、購入した2ドアのジャガー。選んだ色は情熱的な赤。人生に残された時間を考えての、攻めの姿勢の表れでもある。

「今は一般の人もランニングやスポーツをする人が多いでしょ。お子さんが少年野球やサッカーをしているお母さんも悩んではるかもしれない。金メダリスト候補のサポートと同等ではなくとも、基本的な知識は伝えられるはずと考え、アスリートフードの勉強会を始めたんです」
 相談を受けてから半年後、最初の講座がスタートした。ベースとなっているのは、アメリカ・オーストラリアで開発された最先端のスポーツ栄養学。選手の年齢や種目、時期(キャンプ中かシーズン中かなど)別に、もっともパフォーマンスを発揮できる食事についてを学ぶ。
「それだけなら、管理栄養士さんで充分なんです。でもな」
 破顔して、冒頭の言葉が続く。
「正しい知識を正しく伝えるだけでは、人の生活は変わらない。実際に楽しみながら取り入れてもらうにはどうしたらいいか。そこまで伝えていくのが、マイスターの使命なんですよ」

プロもアマもハマる資格
「アスリートフードマイスター」とは?
Point1

食神話を信じて失敗したすべてのスポーツ愛好家へ
Point2
疲れにくく回復しやすい身体を食事で作る
Point3
外食やコンビニでのメニュー選びもアドバイス

よりよいパフォーマンスやコンディション維持のためには、何をどのように食べればいいのか。「アスリートフードマイスター」は、これまで一部のプロやオリンピック選手しか享受することのできなかった「スポーツのために必要な食事」についての知識を学び、広く一般に伝えることを目的として開設された認定資格だ。2010年のスタート以降、トッププロ選手からアマチュアのスポーツ愛好家、少年チームの指導者やその家族など幅広い層の修了生を輩出。養成講座は通信・通学制ともに、基礎編、実践編と目的別のコースがある。
http://athlete-food.jp/

急激な追い風が思わぬ誤解を生むことに

 当初は他の認定資格同様、すでに野菜ソムリエの資格を取得した修了生のダブル受講が多かった。しかし2013年夏頃から、問い合わせが急増。昨季、開幕24連勝の偉業を成した田中将大投手の妻・里田まいさんが、自身のブログでジュニア・アスリートフードマイスターの講座に通っていると発表した頃だ。
「僕自身はそれまで里田さんのことを存じ上げていなかったんですが、一般の受講生として受けてくれはったようです」
 突然の追い風。だがひとつ問題が現れた。野菜ソムリエを知らない人たちから「アスリートを野菜と果物だけでサポートするのか?」と問い合わせが来るようになったのだ。野菜・果物はもちろん必要だが、アスリートフードは炭水化物やタンパク質の取り方が重要になる。この誤解は、野菜ソムリエにとっても、アスリートフードマイスターにとってもマイナスになると判断。アスリートフードマイスターを別組織として独立させた。
「『アスリート~』の目標は、打倒『野菜ソムリエ』なんですよ。逆に、野菜ソムリエには、アスリートフードのような新興資格に負けるなと煽(あお)ってるんですわ」
 いたずらを仕掛けているかのように楽しげに笑いながら、時折、厳しい経営者の顔が覗(のぞ)く。
「歴史を振り返っても、独占企業で発展を続けた例はありません。意識的に競争状態を作りだすことで停滞を防ぎ、社員の活力をパワーアップさせるためにも、別組織を立ち上げるいいタイミングだったと思います」

かまぼこ屋で育まれた、起業家気質と先見の明

 福井は常に先を見る。1を10にすることには興味がない。0から1を創造し続けることに挑む起業家気質は、幼少時から培われたものだ。
 京都のかまぼこ屋に生まれ、幼い頃から料亭に出入りしていた。両親がこれまでに2度の大きな経営危機を経験し、商いの苦労も早いうちから垣間見た。
「店を手伝っていた母も、40歳の時に自分で飲食の仕事を始めました。弟は不動産会社を経営しています。結果的に家族4人とも起業家。創意工夫せずにはいられない気質なんですわ」
 具体的には、どのような教えがあったのだろうか。
「まず、観察すること。人も、世の中も。それは染みついています。それと、これは18歳の誕生日に父が色紙に書いてくれた言葉なんですが、『幸せな人生とは、一生を懸けるに足る仕事と出合うこと』。当時は何やこのクソオヤジ、と思いましたけれどもあとから効いてきましたね。ゲーテさんの『24時間仕事バカ!』もそうでしょ。こんな幸せなことないですよ、ほんと」
 福井は「自分は努力ができない」と断言する。全国の研修会やセミナーを駆け回り、多くの受講生や修了生と同じ目線で談笑する。スタッフの誰より気を配り、日々の市場調査や情報収集にも手を抜かない。周囲からは努力の人と呼ばれるが、本人にしてみれば、好きだからやっていることなのだ。
「錯覚でもいいから『オレはこの仕事のために生まれてきた』と思える What(何をしたいか)に出合えるかどうか。それがすべてでしょう。受講生にもよく話すのですが、自己啓発ブームに乗せられて、あるいは単に金儲けの手段だとしたら、起業なんてせんほうがいい。なんやかやいうても、ハイリスクですよ」
 福井にとってのWhatはふたつ。ひとつは『食を日常的に楽しめる社会を創る』。もうひとつは『農業を次世代に継承する』。いずれは全国の農家と連携し、生産から販売までを担う「日本農業株式会社」を立ち上げることを考えている。これは、商社に辞表を提出した時から温めている壮大な計画だ。

捨て金は使わぬ京都商人 ホンモノだけを追求する/起業後に購入したこちらの7本。色合い、形など、ワンポイント個性があるものを好んでセレクトするのが福井流。母親の口癖「捨て金は使うな」に倣い、物の価値と値段は必ずしも一致しないというのが福井の考えだ。本質的価値の高い、優れた質実剛健な品こそ愛するに値する。もっとも例外的にひと目惚れしてしまうことも少なくはないとか。

有機食を日本に広めた型破りな商社マン時代

 新卒で日商岩井(現・双日)に入社した福井は、食品課に配属となり数々の逸話を生みだした。例えばコーヒー豆のPB化による、日商岩井初のスーパーとの直取引。また1993年、30歳の時には、多くがMBA取得のためアメリカへビジネス留学するところ、「人と同じが嫌」でインドネシア大学へ留学。そして、この2年間のインドネシアでの体験が福井の人生の大きなターニングポイントとなる。
 当時軍事政権だったインドネシアでは、政府にとってネガティブな情報はいっさい外部に出なかった。しかし福井は、現地で出会った若いジャーナリストから、日本企業の工場排水による公害の事実を知らされる。真偽の確かめようはなかったが、インドネシアに買いつけにやってきた日本のバイヤーが、「危険だから」と食料品を口にしないことに大きな疑問を感じたのだ。
「留学前の僕も利益優先主義の価値観に染まっていました。儲けてなんぼという文化がありましたから。でもそれだけではダメ。食を扱う人間には高い倫理観が必要です。食品は、商品であり食べ物であるという当たり前の事実がないがしろにされることが多すぎる。家族や友人に薦められる食品を扱わなあかん、と思うようになったんです」
 帰国後、福井は新規事業として有機食品チームを提案するが、ことごとく無視される。今でこそ一般に浸透した有機・オーガニックだが、当時の市場では胡散臭いものとして敬遠されていたからだ。海外の事例を元にプレゼンを繰り返し、たったふたりのオーガニック・チームが発足したのが、'96年7月のこと。その3年後、年商100億規模に成長し、散々揶揄(やゆ)してきた他商社でも次々とオーガニック部門が誕生することになるとは、福井自身も予想していなかった。
「その頃、知り合いを通じて有機野菜の通販サイトを運営するオイシックスの高島宏平君と意気投合します。
 インターネットバブルとも呼ばれた時期で、若者たちのベンチャー精神に非常に感銘を受けましたね」
 2000年、オイシックスと日商岩井が資本提携すると、福井は日商岩井から出向の形で、取締役副社長に就任。そして、それまで眠っていた福井の起業家気質が目を覚ます。
「何のために働くのか。オヤジの言葉が腑に落ちたのも、ふたつのWhatが明確になったのも、40歳手前のこの時期でした」
 2001年、日商岩井を退職。目標実現のための、大きな挑戦が始まった。

外見を意識するのは自身が会社の印象に直結するから/トレードマークは「ひまわり」/知人からひまわりの絵画をもらってから、事業が上向きに。験を担ぎ、各支社にも置いている。

グローバルで勝負できる食と農のコンソーシアムを

 日本ベジタブル&フルーツマイスター協会を立ち上げると同時に、福井は有機野菜の実店舗「エフ」を展開する。しかしこちらは波瀾万丈。2年間で10店舗まで拡大するものの、急激な事業拡張に仕入れや人材育成が追いつかず、5億という危機的な損失に見舞われてしまう。幸い事業縮小で持ち直したが、独立後もっとも手痛い経験だった。
「野菜ソムリエだけやってればいいのに、と言われることも。ただのビジネスならそうでしょう。でも理想の実現のためには人材育成だけではダメなんです」
 定期的に地方生産者を訪問し、時にはマーケティングのアドバイスを行うこともある。
「日本農業株式会社のイメージは、生産から販売まで担える、いわば農業界のトヨタです。日本の細やかな技術で作られた農作物は、海外で芸術品のように扱われます。TPPをきっかけに、グローバルビジネスとしても絶対に勝機はある」
 実現のために必要な人材も生産物も、すでに育ってきている。問題は資金だ。直営農場の経営を視野に入れれば、100億単位の投資が必要になる。
「自分が現役のうちにシステムを固めたい。目標は15年以内ですね。まだまだ、やることたくさんありますわ」

約95%が女性社員。自分と違う感性・意見を重視する/「自分は女心がわからないし、一般的な経済感覚からもずれていると思う」。だからこそ福井は女性を頼りにしている。意見が欲しい時は、FacebookやTwitterに投稿して、全国の野菜ソムリエやフォロワーの意見を募ることも。
Eiji Fukui
1963年京都府生まれ。大学卒業後、日商岩井(現・双日)入社。2001年に日本ベジタブル&フルーツマイスター協会(現・日本野菜ソムリエ協会)設立、翌年理事長就任。'14年よりアスリートフードマイスター代表取締役社長。


Text=藤崎美穂 Photograph=西川節子、吉場正和、鞍留清隆

*本記事の内容は14年8月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)