アナウンサー 羽鳥慎一 気負わず、狙わず、出すぎず、そして引きすぎず

長い間日本テレビの朝の顔だったアナウンサーの羽鳥慎一が独立し、テレビ朝日の新番組『モーニングバード!』のメインキャスターになった。大きな決意にいたるには、彼のなかにどんな葛藤があったのか──。日々何を信じ、誰に支えられ、戦い続けるのか、その核心を語った。

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 4月2日、生まれて初めて羽鳥慎一はテレビ朝日の社屋に足を踏み入れた。
 6階まで吹き抜けの巨大なガラス箱のようなエントランスでは、長さ17メートルもある『情報満載ライブショー モーニングバード!』の垂れ幕が彼を迎えてくれた。4日から司会を務める朝の情報番組の告知だ。垂れ幕の写真の羽鳥は、これから毎朝コンビを組む女性アナウンサー、赤江珠緒と並んで、拳を固く握りしめている。
「バード」とは、日本テレビ時代の先輩アナウンサー、福澤朗に命名された羽鳥のニックネーム。『モーニングバード!』は、自分の名がつく初めての番組だ。そこにもテレビ朝日の歓迎と期待のほどが表れている。
 この日は番組リハーサルと記者会見。会場である収録スタジオに入ると、100人を超える記者が集まっていた。
「気負わず、狙わず、出すぎず、そして引きすぎず、というモットーで、やっていきたいと思います」
 心構えを正直に語り、目線を上げると、記者席の後方にずらり、新しい番組スタッフが並んでこちらを見ていた。スタッフはこの日も追い込みで作業をしているのだろう。まともに睡眠もとらずに、女性ですらお風呂に入れていないはずだ。
「これから、この人たちと一緒に頑張っていくんだ」
 この時、いよいよ新たな一歩が始まることを実感する。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
 心のなかで記者席の向こうの新しい仲間たちに挨拶をした。記者会見では、何よりもこの番組スタッフを意識して、自分の本気を伝えようと思って話していたのだ。

続けたかった『ズームイン』。でも……許されなかった。

 日本テレビの社員アナウンサーだった羽鳥の退社が発表されたのは1月24日。社長の定例記者会見の席だった。同時に『ズームイン!! 朝!』から30年以上続くズームインの歴史も幕を下ろすことが伝えられた。
「40歳という人生の節目に自分の可能性を試してみようと思い、決断しました。体力もあって、いろいろ動けるうちに挑戦してみようという思いがあります」
 この時の羽鳥の公式コメントである。しかし、独立を噂され続けて、なぜこのタイミングなのか。公式コメントが理由のすべてなのか。羽鳥にたずねた。
「40歳の節目に再出発しようと思ったのは事実です。多くの方に独立を勧めていただく状態があと何年あるのか――。それを考えたら今しかない、と」
 もっと働きたい、多くの番組にかかわりたい、という思いが飽和状態になっていたという。
「局内にはまだまだやりたい番組がたくさんあり、誘ってもいただき、でも、就業規則による時間規制でできない状況が何年も続いていました。フリーならば、もっと自分の可能性に挑戦できます」
 羽鳥慎一というアナウンサーにとって、仕事はイコール人生といっていい。羽鳥には特に趣味というものもない。ファッションにも無関心。外出時には妻が用意する服をそのまま身に纏うほど。彼には仕事しかないのだ。
 入社1年目からリポーターとして参加し、メイン司会を8年間務める『ズームイン!! SUPER』はどんな立場になっても続けたかった。図々しく思われるのも覚悟のうえ。そのためには、条件面はすべて局の提示を受け入れる気持ちを周囲にも伝えていた。しかし、その願いは届かず、視聴率が好調だったズームインの打ち切りまで決定した。
「ズームインはやれない。番組そのものがなくされる。あれで、はっきりと退社を決めました」
 退社報道から後は、アナウンサーになって以来、いや生まれて以来、最も苦しい日々が続く。やりきれない思いを抱きながら、愛するズームインの司会を続けた。バッシングの記事を掲載する週刊誌がさらに追い打ちもかけた。そんな時期に、テレビ朝日からオファーが来る。しかも、朝の帯番組だった。
「時間帯が重ならないとはいえ、すぐに他局の朝の帯をやっていいのか――」
 悩みに悩んだ羽鳥を決心させたのは、テレビ朝日の誠意ある誘いと周辺にいる人たちの後押し。そして、何よりもズームインのスタッフの励ましだった。
「番組がなくなり、僕は他局の司会になるのに、ズームインのスタッフは応援してくれました。本当に嬉しかった」

プロ野球の実況をしたくてアナウンサーになった。

 羽鳥がアナウンサーとして日本テレビに入社したのは'94年。志望動機は「プロ野球の近くで仕事をしたいから」だった。
「プロ野球選手は子供の頃からの夢でした。でも、中学、高校と野球部で、プロになる力がないとはわかっていました」
 高校では神奈川県大会の4回戦まで突破した。4回戦で強豪、横浜高校に負けている。アンダースローのピッチャーだった羽鳥は、後にプロ入りして横浜ベイスターズで首位打者になる鈴木尚典と対戦している。
「鈴木選手とは5打席対戦して2三振を奪ったけれど、ヒットも3本打たれました。僕が3年で彼は1年。なのに、自信を持って投げた内角の膝元の球もきれいにさばかれた。明らかに力が違いました」
 アナウンサーになればプロ野球の実況ができる。それが志望動機だった。1ヵ月間だけアナウンス学校に通い“傾向と対策”を知り、民放キー局4社を受けた。最初に採用通知をくれたのが日本テレビだったのだ。
「僕が社会に出た'90年代は、プロ野球中継は圧倒的に日本テレビが多く、希望どおりの進路に進めました。嬉しかったですよ。幸運を感じました」
 ところが、入ってすぐの新人研修で、コテンパンに。
「入社時は、君は最高だ!と言ってくれたのに、研修ではゴミみたいに扱われましてね(笑)」
 発声練習では、腹から声を出して目に見えない「蝋燭の火を消せ」「花瓶を割れ」と言われた。
「何度やっても、火は消えていない!と叱られる。でも、実際には蝋燭なんてないし、どうしていいかわからないんですよ。一日中、アー! アー!と声を出し続けて、おかしくなりそうになりました(笑)。当時、局があった市ヶ谷で同期の藤井貴彦君と、毎晩酒をあおった」
 それでも間もなくズームインの事故と火事のリポーターになり、毎晩深夜の街を走り回った。
「火事を察知して現場に急行するんですけれど、消防車よりも先に着いて、今消防車が到着しました!とリポートして叱られたり。無我夢中でした」
 ズームインは日本テレビの看板番組のひとつで、徳光和夫、福留功男、福澤朗と、局を代表するアナウンサーがメインキャスターを引き継いできた。羽鳥がその『ズームイン!! SUPER』のバトンを福澤から受け取ることになったのは、'03年2月のこと。
「その年の1月に、当時の演出の佐藤一さんと、チーフプロデューサーの城朋子さんに、麹町の『登龍』というチャイニーズレストランに呼ばれたんです。ロケの打ち合わせと言われて」
 登龍は、局から近いものの、めったに出入りしない高級店。いったいどんな大きなロケなんだろう──恐る恐る出かけた。
「次のズームインの司会者を羽鳥さんにやってもらいます」
 その食事の席で、前触れはまったくなく言われた。
「えっ、僕がですか!? まさか次のクール、4月からですか?」
「いえ、来月からです」
「えっ、1ヵ月ないですよね?」
「はい。以上です」
 言い渡された。
「びっくりして、その夜の料理は前菜のクラゲ酢を食べたことしか憶えていません」
 ただ、番組を佐藤一と一緒にやれることは救いだった。
「それ以前、僕が『ズームイン!! サタデー』の司会をやる時に、うまくいかなかったら一緒にやめよう、と言ってくれたのが一さんだったんです」
 ズームインの司会になる時も、いかにも佐藤らしい励ましの言葉をくれた。
「誰も期待なんてしてないから、気負わずにやれよ。そもそも前任者の3人が凄すぎたんだ」
 番組の司会を担当する記者会見は地味に行われた。
「会見は局の会議室でした。取材記者は4人くらいです。福澤さんの時には、記者の方、何十人もいましてね。あの時とはずいぶん違うなあ、と(笑)。でも、過度なプレッシャーを感じなくて済みました。今思えば、僕には幸運が続いた。何千倍という倍率をパスして日テレに入社できたのも、ズームインの司会をやれたのもね。前任の福澤さんは僕より6歳上です。ちょうどいい年齢差でした。もっと離れていても、もっと近くても、やれなかったと思います」


絶好調!|『モーニングバード!』の仕事現場を追う

5:30
テレビ朝日入り

ニット¥52,500、パンツ¥42,000(ともにタイ・ユア・タイ青山 TEL:03-3498-7891)、ブルゾン¥598,500(キートン フリーダイヤル:0120-838-065)

 起床は4時30分。以前より2時間遅くなった。春を迎え、明るくなり始めた街を六本木へ。集合時間は6時だが、早めに入る。

6:45
スタッフ、出演者と打ち合わせ

 局内の大テーブルを囲み、スタッフや赤江やレギュラーゲストたちと進行や内容の確認を行う。

7:45
スタジオ入り

 局の4階にある『モーニングバード!』のスタジオに入る。衣装とメイクを再確認して臨戦態勢に入る。

7:50
スタッフと最終打ち合わせ

 番組直前、変更事項はないか、急に入ってきたニュースはないか……など、スタッフとの最終確認。

8:00
本番スタート

 初回のオープニングは、大胆に局の外からスタジオへ歩いて、2回目はセットの紹介からスタートした。

9:55
番組終了

 約2時間の番組を終了すると、羽鳥、赤江、メインスタッフが集まって反省会を行い、翌日へ反映。


台本には書かれていないトークを大切にしたい。

 当時、ズームインの司会に決まり引き継ぐまでの1ヵ月弱、羽鳥は番組スタート時からのビデオをひたすら観続けた。この体験がアナウンサーとしての今日のスタイルの礎になっている。
「福留さんと福澤さんは、野球にたとえるとピッチャー型。自分のペースで発言を“投じ”ます。一方、徳光さんはキャッチャー型。周囲の発言を“受け”て、会話の相手を活かします。各地方局のアナウンサーと延々フリートークをしたり、桜をネタに10分以上話す日もありました。時代が違うので、もちろん同じことはやれません。でも、台本にないトークがズームインの原点だとは感じました。自分もキャッチャー型だと思います」
 その徳光からはこんなアドバイスももらった。
「新しい面白いことをしようなんて考えるな。アナウンサーの基本、ニュースをきちんと読むことを意識しろ。野球にたとえると、最初から切れのいい変化球は必要ない。まずは力一杯ストレートを投げて、少しずつスピードと精度を上げる。変化球が生きるのはそれからだ」
「視聴率は気にするな。でも、視聴者の声は気にしろ」
 それが、『モーニングバード!』スタートの記者会見で言った「気負わず、狙わず、出すぎず、引きすぎず」というスタンスにつながっているのだ。

トップス¥3,465、パンツ¥4,515、レギンス¥4,935、スニーカー¥9,345(すべてアディダス ジャパン フリーダイヤル:0120-810-654)

 3ヵ月くらいして、ご本人も視聴者も忘れたあたりで自分のトークに織り込んでみると、スタッフにほめられてね(笑)」
 現在の羽鳥にとって最も参考になるのは、上田晋也だという。
「上田さんの持ち味は、目上の人や大物に対しても失礼なもの言いができること。いらねえよ、帰れよ……と。他の人に言われたら腹が立つ台詞も、上田さんならば楽しい空気が生まれる。常に相手をリスペクトしているから、言われたほうも嫌な気持ちがしない。『モーニングバード!』では、『バーズ・アイ』という僕がロケをするコーナーをやりますが、どの世代のどんな職業の人と向き合っても、相手の目線をきちんと意識して話せるようにしたいですね」
 羽鳥が思うキャスターの理想形は古舘伊知郎だという。
「『報道ステーション』の顔で、プロレスやF1の実況の第一人者で、『紅白歌合戦』の白組司会者を3年やり、『夜のヒットスタジオ』をやって、『おしゃれカンケイ』を成功させた。報道、スポーツ、音楽、バラエティ、すべての分野で個性を発揮してきました。本当に凄いことです」
 こうしたビッグネームのキャスターやタレントには、現場で接すると、共通の資質がある。
「キャリアが途切れることなく、第一線で活躍し続ける方は、全員威張っていません。タモリさんも、ビートたけしさんも、さんまさんも、尊大な態度がない。どんなスタッフや共演者とも同じ目線になって、相手の話をきちんと聞きます。そこは、みごとに共通していますね」

特別な趣味はない。すべてが仕事へつながる

 番組チェックは毎日の習慣だが、基本的に仕事をあまり仕事と感じていないという。フリーになり、よりいっそうの自己管理のため、ジム通いを始めた。

持ち味は機動力と行動力。徐々に視聴率を上げたい。

 4月4日にスタートした『モーニングバード!』の、初回の視聴率は7.5%だった(ビデオリサーチ調べ。関東地区)。同じ時間帯ではNHKの『あさイチ』に次ぐ数字。『スッキリ!!』『とくダネ!』『はなまるマーケット』と強力な番組が並ぶなか、順調なすべり出しだ。
「高視聴率はやっぱり嬉しい。だけど、それでも気負わず、内容も数字も少しずつよくなっていってくれたら、とは思います。実は、独立に際して宮根誠司さんに相談した時も、焦るな、と言われました。朝は出かける前の習慣で観ている視聴者が多いから、すぐに数字は動かない。だから、視聴率を気にしすぎるな、と。宮根さんのおっしゃるとおりだと思いました」
 今後はもっともっと機動力を活かしていくつもりだ。
「僕と赤江さんが同じ時間帯の他局の先輩方に負けないのは、機動力と行動力だと思うんです。だからどんどん街頭へ出ていこうと思っています。その結果、視聴者に『モーニングバード!』を観ると朝から元気になれる、と感じていただきたいですね」


Shinichi Hatori
1971年埼玉県出身。アナウンサーとして日本テレビに入社、『ズームイン!! SUPER』などを担当。現在は『情報満載ライブショー モーニングバード!』(テレビ朝日)『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ)などに出演。

Text=神舘和典 Photograph=清水 尚

*本記事の内容は11年4月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい