「捜査にかかわる」という東京医科大の安易な逃げ道 ~ビジネスパーソンのための実践的言語学②

最近、説明や謝罪時の、違和感のある言葉遣いが話題になりがちだ。当コラムでは、実際の発言を例にとり、公私の場で失敗しない言葉の用い方を考える。ビジネスパーソンのための実践言語学講座、いざ開講!


「捜査にかかわることなので、コメントを差し控えさせていただきます」ーー東京医科大学 行岡哲男常務理事

いまどきベタなサスペンスドラマでもありえないような汚職事件が起きた。7月4日、東京地検特捜部が受託収賄罪で逮捕したのは、文部科学省の現職の科学技術・学術政策局長、佐野太容疑者。私立大学支援事業で有利な扱いを受けたいという東京医科大学の依頼に応じ、次期事務次官ともいわれていた“文科省のエース”が、あろうことか税金を使って息子を裏口入学させたのだ。官僚のモラル低下や少子化時代の大学運営について、あらためて考えさせられるきっかけとなりそうだ。
 
この逮捕を受けて、贈賄側の東京医科大学が記者会見を行ったのは、6日夜。会見を行った行岡哲男常務理事は、東京地検特捜部から贈賄の疑いで取り調べを受けている大学の2トップ、臼井正彦理事長と鈴木衛学長が同日に辞表を提出し、受理したと発表。捜査を受けている事実を認めたうえで、「多大なる心配と迷惑をかけ、おわびする」と謝罪を行った。

企業や団体、組織において不祥事が発覚した場合、記者会見で最低限行うべきは、「謝罪」「事実関係の説明」「対応策の発表」の3つだ。しかも極力迅速に、かつ誠実に行わなければ、ボヤのような不祥事であったとしてもどんどん炎上してしまうことになる。ましてや今回のような最初から炎上必至の案件については、初期対応がかなり重要となる。

逮捕から2日後の会見は、スピーディとはいえないまでも遅すぎるということはなかった。1時間40分以上にわたった会見を見る限り、行岡常務理事は事件についての「謝罪」と影響を受けた可能性のある受験生と在校生に対する「対応策の発表」については、冷静かつ誠実であった。しかし会見でもっとも重要な「事実関係の説明」については、煮えきれない対応が目立った。

行岡常務理事が会見で数え切れないほど口にした言葉が「捜査にかかわることなので、コメントを差し控えさせていただきます」というもの。「2トップは贈賄の容疑を認めているのか?」「(浪人生だった佐野容疑者の息子は)前年も受験したのか?」「入試委員会の責任者は誰なのか?」「入試の採点はどのように行われたのか?」といった事件に関する質問を「捜査にかかわる」というひと言でシャットアウト。報道陣から「これでは会見の意味がない」「そんなことも言えない理由がわからない」と言う声も飛び出すこととなった。

この「捜査にかかわることなので」というコメントは、とても便利だ。そこには、「私は誠実に答えたいのだが」という“枕詞”が隠れている。いきりたった報道陣もさすがに捜査の邪魔をするわけにはいかないから、剣を鉾におさめざるをえない。しかし多用するのは危険だ。不都合な質問から逃げるため、事実関係を隠匿するために、捜査を利用している印象を与えてしまうからだ。

同じようなコメントで世間をいらだたせたのが、森友学園との国有地取引に関する決裁文書改ざん問題で証人喚問に立った佐川宣寿・元国税庁長官だった。彼は問題の核心に迫る質問については、「刑事訴追の恐れがある」として、衆参あわせて約4時間の喚問で50回以上も答弁を拒否。不誠実きわまりない印象をのこした。

事実関係の詳細の公表を差し控えてほしいという捜査機関からの要請は、実際にあるだろう。捜査や裁判の素人にとっては、発表していい事実関係の選別がむずかしいのも理解できる。それでも不祥事への対応でもっとも重要なのは、誠実であることだ。正直に説明責任を果たすことは、組織や自分自身を守るうえで、個人が持つ武器であり、大切な権利だ。その重要性は、捜査機関の要請をも上回ると考えていい。

高度に発達した現代の情報化社会において、隠蔽は成立しにくい。それは、限られた関係者の間でだけ行われたはずの今回の裏口入学がこうして表沙汰になったことでもわかるだろう。であるならば、最初からすべてを正直に語ることが“火消し”するための最善の初期対応だ。むずかしいことを言っているわけではない。仕事、ビジネスの場においても、悪いことや間違ったことをしたときは、すぐに「ごめんなさい」と言い、言い訳をせず、誰かのせいにせず、「もう二度としません」と言えばいい。それだけのことなのだ。

「捜査にかかわることなので」という言葉は、一時的な回避にしかなりえない。マスコミも世間も意外としつこい。捜査が終わったころに、また答えを求められることになるだけだ。そしてそれをしなければ、ずっと不誠実のレッテルがついてまわることになる。東京医科大の行岡常務理事は、会見のなかで「今回明らかにできなかったことも、捜査の進展によって随時説明していく」と語っていた。ぜひそうしてほしいし、そうするべきだろう。

佐川前長官は、不起訴処分になった。ほとぼりが冷めたころに、どこかに天下りするような話がついているのかもしれない。それでも彼は、いまも、そしてこれからも、まるで犯罪者のように人目を気にして生きていくことになってしまったのではないだろうか。すべてを正直に、誠実に語るという権利を放棄したツケは、自分で払わなければならないのだ。


Text=星野三千雄 Photograph=朝日新聞社/Getty Images