水野正人 大きな視点を持ち、世界益、地球益で物事を考える

抜群のスピーチ力で世界を魅了した男東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会 副理事長/専務理事 水野正人。彼が語る「国際人の条件」。笑顔の裏には、熱い思いが隠されていた。

建前だけで喋っても物事が停滞するだけ

「ご覧のとおり、チビデブです」
 テレビ画面の向こうでスピーチをしていた男は、ダイナミックなジェスチャーとチャーミングな笑顔で抜群の存在感を放っていた。だから取材の部屋に入ってきた時、その小柄な体格に驚いた。
「失礼ながら……」と素直にその第一印象を伝えた時、返ってきたのが冒頭の言葉だ。
 腹回りを誇示するように撫で回し、ガハハと笑う。こちらも思わず笑ってしまう。たったひと言で、取材の場が男の“ステージ”に変わってしまっていた。
「僕のほうから、チビデブですとか、御曹司のおぼっちゃまですからって言えば、みんな気を遣わずにすむでしょ。最初から開けっ広げでいけば、相手も心を開いてくれる。日本人には本音と建前があるというけど、私は本音でコミュニケーションをしたいんです。建前とか形式というのは好きじゃない。みんなが本音で喋ったほうが建設的だし、物事の本質的な改善につながっていく。建前だけで喋っていても、停滞するだけですよ」
 東京オリンピック招致委員会の副理事長を務めた水野正人氏。9月にブエノスアイレスで行われたIOC総会でのスピーチでは、英語とフランス語を駆使、日本人離れした表現力を発揮し、東京オリンピック招致の立役者となった。
 スポーツメーカー「ミズノ」創始者の孫として生まれた水野氏の国際人デビューは、高校一年生の時だったという。
「初めての海外は、'59年にフィリピンで行われたボーイスカウトの世界大会で、44カ国から1万2000人以上が集まりました。2回目が大学1年生の時で、日本とドイツの青少年交換派遣に参加して、1カ月間ドイツを中心にヨーロッパを巡りました。その時パリで友達ができて、車に乗せてもらったら、前の席でガールフレンドとチューチューやってる(笑)。その愛を交わす言葉がめちゃくちゃきれいだったので日本に帰ってからフランス語の授業を取ったら、教室は女性ばっかり。先生を見ずに、後ろばっかり見ていたから、結局フランス語は中途半端になりましたね(笑)」
 外国生活への憧れから、大学卒業後に留学。本格的な国際人になるべく、第一歩を踏みだした。行き先は、アメリカ・ウィスコンシン州のカーセージ大学理学部だった。

人の役に立つことが自分の喜びになる

 「私が留学した'66年といえば、日本の一般家庭ではまだテレビや冷蔵庫が夢の家電だった時代。映画『三丁目の夕日』そのものですよ。物質文明の中心だったアメリカへの憧れはかなり強く、留学するならアメリカという気持ちでしたね」
 4年間の留学生活で外国人とのコミュニケーションの基礎を学んだ。
「英語で『Thank you』って言うと、『My pleasure!』と返ってくる。つまり相手の役に立つことは、自分にとって喜びなんだと。それまでの私は、人を助けるのは、役務とか責任みたいに考えていたんだけど、そうじゃないんだと気がついた。人の役に立つことが自分の喜びにつながる。20歳過ぎてそんなことに気づくのは遅いといわれるかもしれないけど、それからは人のために何かをすることが喜びに変わりました。これは、今でも変わっていませんね。うちのワイフがちょっとしんどそうやなと思ったら、『皿洗うで』って。人のためになることなら、できるだけやるようにしています。嫌がってやるほど面白くないことはない。だから何でも、やるんだったら喜んで。アメリカでの4年間で学んだ一番大きなことは、このことかもしれませんね」

 英語、フランス語だけでなくドイツ語やスペイン語も話せるという水野氏。その語学力もこの時期に身につけたのか聞いてみると……、
「いやいや、私の語学力なんて今でもいい加減なもんですよ。ただコミュニケーションというのは、お互いわかり合うということ。語学が基本なのは間違いないけど、それよりも大切なのは積極性とか、明るさとか、快活さ。言葉なんて、なるべく短く、わかりやすく言えば、伝わるものです。難しい言葉で、長く、いいセンテンスで物を言おうとするから、肝心のことが伝わらなくなるんですよ。英語では主語の次が述語。一番大事なことを先にポンと言うでしょ。最初の言葉さえ聞けば、あとは付け足しを言うてるわけ(笑)。だけど日本語は違う。最後まで聞かんとわからんのよ。本当にこの人はイエスなのか、ノーなのかいうのは、ジーッと聞いて、最後まで聞かないとわからない。それでは、相手も疲れますよね。先に大事なことを言うのがコミュニケーションのうえではかなり大切だと思いますね」

 確かに、改めてブエノスアイレスでの水野氏のスピーチを聞いてみると、わかりやすい言葉を選び、必要なことだけを伝えている。名スピーチと評判になったのは、そこに水野氏の豊かな表情が加わるからだ。
「普段どおりやっているだけで、あの時だけニコニコしているわけではないんですよ(笑)。これはきっと、お坊ちゃまで生まれて、レールの上に乗っかって、何の苦労もなく、ここまで来たから、そのおかげでしょ(笑)。あまり自慢できるもんではないんですけど」
 表情をクルクルと変えながらとにかくよく笑い、笑わせてくれる。口調が完全に関西弁なので、高尚な漫談を聞いているような気分になる。
「まさにね、相手とボケとツッコミができるようになるか、それがポイント。一番コミュニケーションの取れる状態というのは、お互いに軽い冗談を言い合えるという仲なんですよ。相手を理解して、このくらいの冗談なら通じるんじゃないかということを考えながら話していくと、お互いをもっとわかり合える。でもよく理解していない相手にボケたら、逆鱗に触れるようなことにもなりかねない。私もね、相手を笑わせるつもりで言ったことで怒らせてしまったことが何度もあります(笑)」
 笑いにくるんではいるが、その奥には、日本そして世界への熱い思いが見え隠れする。「国際人に必要なものは何だと思いますか?」。そう質問すると、意外な答えが返ってきた。
「今の若い人に必要なのは、“宇宙観”です。私は子供のころ、うちの親父の天体望遠鏡で星を見ていて、いろんなことを考えました。地球には、たまたま本当に空気と土と水というものがバランスよくあって、300万年前ぐらいに、最初の人類が誕生したわけです。そこからひとりずつ人類が増え、行く先々で肌や目や髪の毛の色が変わり、それぞれの土地で生活してきた。人類には長い歴史があるなんていう人がいるけど、そんなの宇宙から見たらほんの短い時間でしかない。それなのにいまだに国益だなんだと言う人たちがたくさんいるでしょ。そんな小さなことばかり考えていたら、ほんまに世界のバランスが崩れちゃいますよ。今考えなければならないのは“地球益”。これからの若者には、宇宙観を持って、地球そのものの未来について考えてほしい。その手始めとして、世界へ行って、世界を見て、そしてそのなかで日本がどのように発展していくべきかを考えるようにしてもらいたいですね」

日本のためではなく世界のための五輪

 水野氏らの尽力で勝ち取った2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、世界、そして地球について考える最高のきっかけになりそうだ。
「今まさに7年間の旅が始まったんです。ただオリンピック・パラリンピックが無事に開催されればいいという話ではない。そこから新しい社会が始まらなければならないんです。それを考えながらこれからの7年間を過ごしてほしい。大事なのは、7年後ではなく、その先。『ああ、いいオリンピックできました』だけでは、何も意味がない。オリンピックは、たまたま日本でやりますが、これは世界のためにやるんです。招致委員会の竹田恆和委員長がいつも言っていますが、世界にとっていい模範となるオリンピックを開催しなければならないんです。世界の方々から、『日本でやってよかった』『学ぶことが多かった』と言われるように頑張らなければならないですね」
 水野氏のように大きな視点を持ち、世界のため、地球のために、「My pleasure!」と動く。それこそが真の国際人といえるのだろう。


Mizuno's Rules スピーチ3つの流儀

いつも笑顔で快活にグローバルの場でのスピーチに必要なのは言語力だけではない。日本人でも外国人でも、こちらが明るい笑顔で接すれば、悪い気持ちはしない。自分から心を開き、相手が自然と心を開くのを待つ。

笑いを取り入れる
適度に冗談を入れ和ませる。相手を理解し、笑いのツボがわかるようになれば、こっちのものだ。ただし距離感を間違えると、相手を怒らせてしまうことにもなりかねないので注意。

まず結論から伝える
英語の表現では、まず結論があり、そのあとに理由などを述べる。まず理由を並べて結論が見えない日本的な話し方はNG。自信を持って、まず結論。当然、短く簡潔に話すことを心がける。

Masato Mizuno
1943年兵庫県生まれ。甲南大学卒業後、米ウィスコンシン州カーセージ大学に留学。帰国後ミズノに入社し、'88年に3代目社長、2006年に会長に就任。'11年に同職を退任し、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員としての活動を開始。副理事長として招致活動を支えた。環境問題にも精通。'03年には藍綬褒章を受章。

Text=川上康介 Photograph=鈴木拓也 Illustration=AVE ATSUSHI

*本記事の内容は13年10月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい