劇団員からジュンク堂名物店長に。福嶋 聡~元NHK記者・立岩陽一郎のLIFE SHIFT㉞

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米。巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストが、さまざまな人の人生、LIFE SHIFTを伝えていく。第34回は、大型書店「ジュンク堂」の店長、 福嶋 聡氏のLIFE SHIFT。

新型コロナの感染が止まらない。観光業界の支援のために行われた「GO TO トラベル」キャンペーンも、最もその需要が高いと見られた東京都民が外れるなど、なかなか厳しい状況だ。LIFE SHIFTと言って、この新型コロナほどあらゆる人にLIFE SHIFTを迫っているものもないだろう。今回は大規模書店の店長を主人公に、どのようなLIFE SHIFTを迫られたのか伝えたい。

7月23日 ジュンク堂書店難波店

福嶋 聡、61才。大手書店ジュンク堂の大阪・難波店の店長だ。後述するように福嶋は、メディアでは昔から知られた人物だ。既に定年を迎えたジュンク堂のサラリーマン店長だが、引き続き嘱託社員として1100坪、3000平米を超える大型の書店を仕切っている。福嶋を目当てに店に訪れる客もいる名物店長と言って良い。そしてその名物店長が嘱託となって最初に迎えた2020年、ウイルスが世界を覆う。それは書店を、名物店長をどう変えたのか?

GO TO トラベルが始まったものの私の住む大阪でも121人、全国で795人の感染者が出た翌日の7月23日、ジュンク堂難波店に福嶋を訪ねた。そして、新型コロナがニュースを賑わせ始めた頃の書店はどういう感じだったのか、先ずはそれを尋ねてみた。

「当初は、誰もどうして良いかわからないといった感じでした。東京の本社からは明確な指示はありませんでした」

店長推薦の棚の前で。どれも売れ筋ではないがこだわりの本。

ジュンク堂は神戸で始まり全国展開した大型書店だが、丸善と一緒になって以降、本社を東京の日本橋に置いている。

「東京で多数の感染者数が発表されていなかったということもあるのかもしれません」

今から思うと、「あれ、そうだったかなぁ?」という感じだが、確かに、東京で感染者が増えだしたのは、オリンピック・パラリンピックの延期が決まった後の3月下旬だった。当然、その前からジュンク堂書店内部では議論にはなっている。

端的に言えば、「休業するのか?」ということだ。これについては、本社からは、「館の判断に従え」という指示だった。「館」とは書店が入っているビルの管理者という意味だ。例えば、デパートに入っている店舗は、デパートが休業するなら休業しろということになる。ただ、福嶋の難波店は大型のオフィスビルに入っているので、「館の判断」がない。判断するのは店長となる、福嶋だ。

4月7日に緊急事態宣言が出ると、店のスタッフにも動揺が走る。スタッフが福嶋の判断を待つ。福嶋は、実は当初から、休業という選択はないと考えていた。それは、阪神大震災の時の経験から来るものだった。

「本はライフラインだ」

ライフライン=生活に不可欠な基盤のことだ。普通は水道、電気、通信などを指す言葉だが、福嶋は本もそうだと考える。あの震災の時、神戸で人々が再開した書店に詰めかけたからだ。

「本は人々の生活に必要だ。本はライフラインだ」

福嶋の思いは、このウイルスを前にしても揺るがなかった。しかし、ウイルスは未知なる脅威だ。少し考えた。

「ポイントは2つだと考えました。会社から休業補償は提示されていましたが。『減収は厳しい』というスタッフの声もあり、一方で、不安に感じるスタッフからは『本当に営業を続けるのか?』との声も出ていました」

で、福嶋はどうしたか。

「その間をとりました」

先ず、勤務時間を短くした。通常、10時~21時のところを、11時から19時に短縮。加えて、土日、祝日は休みとした。そして、「休みたい人は無理せず休んで欲しい。出勤するか休むかは、一切評価に影響しません」と伝えた。

大阪の繁華街にあるジュンク堂 難波店にとって、否、あらゆる書店にとって、土日、祝日は稼ぎ時だ。しかし、それを休みにした。そこは安全を優先させたということだ。GWは全て店を閉めた。

言われて見れば当たり前だが、閉店していても書店に仕事はある。日々、取り次ぎから本が大量に送られてくる。返品もある。多い時には一日に7~8000冊の本が送られてくる。それを閉めた店の中で、整理して並べる作業がある。

ジュンク堂 難波店は店長の福嶋を入れて社員(固定給)が4名、アルバイト(時給)のスタッフが60余名。ほとんどがアルバイトのスタッフだ。

「仕事はまったく変わりません。ジャンル毎に責任者を置いていますが、それもアルバイトの方がやっています。社員とアルバイトとは、時給と月給の違いくらいで、待遇にそれほど差はありません。今は社員へのボーナスもなかなか出ないし……」

ボーナスがないのは新型コロナの影響ではなく、昨今の書店が置かれている厳しい状況を反映したものだろう。

「休みたい人は休ませる」は徹底した。先が見通せない状況だ。当然、人数は少なくなるが、お客さんがどれだけ来るかはわからない。はたして緊急事態宣言が出た後に客足が書店に向くかもわからない。「本はライフラインだ」と、福嶋は思っているが、しかし正直言って、なくては生きていけない、というわけではない。

さてどうなるか……などと考える間もなく、レジの仕事が忙しくなった。レジはソーシャル・ディスタンスを確保するために、通常の半数に減らした。お客さんの間隔も開けないといけない。レジ待ちの長蛇の列ができる。

それを店長自らレジに立ってさばいた。5月の後半になると、休んでいたスタッフからも、「そろそろ出勤したい」との声が聞かれるようなった。6月1日、福嶋は時短を止めて、土日、祝日の営業も再開。スタッフも通常通りの勤務に戻した。

京大で芝居に打ち込んだ学生時代

福嶋の経歴を少し書く。兵庫県生まれ。1959年3月28日生まれ。県内の高校から京都大学文学部哲学科へ進学。しかしがり勉ではない。高校時代から劇団で活動する演劇人。大学で俳優の辰巳拓郎と同級生だったが、「彼の劇団はつかこうへい作品中心だったので、一緒に演劇活動はしませんでした」と話している。

大学では馬術部に入部。なぜ?

「馬に乗れれば映画の世界に行けるかも、と言った軽い感じでした。舞台では食えないのはわかっていましたから。役者なら映画、テレビに行かないと、という思いはありましたから」

基本的には就職という意識はなかったようだ。大学を卒業した後も、1年間は聴講生で残って神戸の劇団で芝居を続けていた。その劇団のお客さんの中に、書店の店長がいて、「ジュンク堂で働いたらどうだ?」と声をかけられたという。

「書店なら勤務しながら劇団もできそうだ……」

それだけの理由で就職。そして、書店員と劇団員の二足の草鞋となる。

「やってみたら、まったく苦にならないんです。劇団の脚本を書いていたので本は好きだし、劇団も大道具を運んだりと肉体労働。書物を大量に運ぶような身体を動かす仕事は全く苦になりませんでした。ただし、接客はできるか不安でした……」

ところが、案外と接客も楽しいことを知る。勿論、クレームも多い。特に店長になってからは、接客イコールクレームへの対応だったりする。しかし、それも外から見るほど苦にはならないという。

「クレームにも当然、理があるわけです。クレームで教わることも多いので、『なるほど、なるほど」と聞いているうちに、相手がだんだん疲れてくる……』

「クレームって、する方も疲れるんですよ」と福嶋は笑った。

劇団員として生きられないなら映画やテレビと考えていた福嶋。ところが劇団員のまま書店員となり、その後、書店の責任者になる。京都店、仙台店、池袋店、大阪本店と転々するうちに、劇団との関りはなくなっていった。その結果、書店の名物店長が誕生するのだから天職というのは、どうやって見つかるのかわからない。

ところで、それだけではなぜ福嶋が名物店長になったのかはわからない。

福嶋は、劇団に関わっていた頃、そのパンフレットにエッセイを書いていた。それが神戸新聞の文化部記者の目にとまり、神戸新聞にコラムを書くことになる。それは劇団の話ではなく、書店の仕事についてというものだった。それが'91年に「書店人のしごと」という本になる。

その福嶋にちょっとしたLIFE SHIFTが起きるのは2014年。ヘイト本についての議論が起きた時のことだ。ヘイト本とは、主に韓国、中国を悪しざまに語る本の総称だ。在日韓国朝鮮人をターゲットにしたものも含む。事実を無視した一方的な書き方が特徴なのと、やはり排外的であり差別的であることから、問題視されることが多い。

しかしヘイト本は確実に売れる。高齢者を中心に一定の支持層が存在するからだ。

福嶋は、ヘイト本とヘイト本批判の本を一緒に並べた。

「書店は民主主義のアリーナだ」

アリーナ。つまり戦の場だ。ヘイト本も置くし、ヘイト本を批判する本も置く。どちらも置くことで、読者がそれぞれ判断する。それが書店だ。福嶋はそう考えた。

しかし、これは様々な方面から批判を浴びることになる。その年の12月、大阪で開かれたヘイト本を議論するイベントで、客として参加していた福嶋に司会が発言を促す。議論するとは、つまりヘイト本を批判するイベントと言う意味だ。当然、ヘイト本を置く書店など許せないというのが会場の総意だ。

「勿論、私個人はヘイト本が好ましいとは思っていません。ただ同時に、私は書店とはどうあるべきかという考えも有ります。ヘイトの本も置くけど、ヘイト本を批判した『NOヘイト』も置く。それが書店です。書店とはそういうものです」

福嶋は持論を展開した。完全な「アウェイ」で、批判的な視線が四方から突き刺さることを覚悟した。だが、その率直な発言に拍手さえ起った。

「それは苦し紛れの弁明でした」

福嶋はそう振り返って笑った。ただ、その時は苦し紛れだったが、後になって考えると、実はそれは間違っていなかったと思うようになったという。福嶋は執筆にも力を入れていく。「書店と民主主義」(人文書院)で書店についての思いを「多様な意見を呑み込んだ多くの本たちが立ち並び、論点を『見える化』して、議論を創発する」場所であるべきと書いている。

とは言え、サラリーマン店長だ。そうそう自由に振る舞えるわけではない。しかし福嶋には強力なサポーターがいた。ジュンク堂の創業者の工藤恭孝だ。最初に本を出した時には「仕事もしっかりやれよ」と言っていた工藤が、徐々に福嶋の発信に理解を示すようになり、「あれはあれでジュンク堂の宣伝になっている」と言うようになったという。

レジで接客を行う福嶋。

2009年に難波店ができることになり、上司から、「お前は新規店作りの方が好きやろ」と言われて、初代店長となる。以後、定年後も店長を続けて新型コロナという未曽有の危機に対処する羽目になったということだ。

書店と新型コロナ

店長の仕事は大変だ。勤務管理は勿論、本の管理も重要な仕事となる。本の管理を見せてもらった。端末を叩いて、その日にどの本がどれだけ売れて、その本の在庫や発注状況を確認できる。それを確認して、各部門の担当者に状況を確認し、発注が必要なら発注するよう指示する。

一通り作業を見せてくれた上で、「という作業は、実は僕はあまりやっていないんです」と笑った。

「担当者にやってもらって、私は報告を受けることにしています」

では、何をしているのか? できるだけレジに立っているのだという。確かに、私が書店に顔を出すと福嶋はレジに立っている。そして普通に会計をしている。

「どういう本が売れているのか、その傾向なんかは、端末を見るよりレジに立っている方がわかるんです」

ここまで書いてこなかったことがある。時短をやった時期の売り上げだ。多くの客が足を運んだ結果、売り上げは通常の2倍になった日も何日かあるという。

そして、書店に限らずあらゆる業界にLIFE SHIFTを迫っているアフターコロナについては、こう言った。

「あまり変わらないじゃないか……そう思っているんですよ」

それは新型コロナで時短を強いられている時に売り上げが「通常の2倍」にまで上がったからではない。

「リアル書店……つまり実際の書店は、アマゾンなどのネット書店が出てきた時から先細りと言われてきたわけです」

実際に、そういう部分もある。今、日本で最も書籍の販売でシェアを持っているのはアマゾンだという。

「しかし、当初言われていたほど、リアル書店が壊滅的になったわけではありません」

一種の棲み分けが出来ていると福嶋は見ている。

「買いたい本がわかっている時は、ネット書店で購入するでしょう。しかし、実際には、どの本を買おうかと探すケースも多い。その時、ネットよりも、やはり書店に来るという人の方が多い」

それはレジに立っていての福嶋の実感だ。なるほど、それは理解できないわけではない。しかし、そこに新型コロナが加わった場合、どうなのだろうか? 福嶋に「更に状況は厳しくなるんじゃないですか?」と尋ねてみた。

「確かに、アメリカやイタリアの様な感染状況になれば、厳しくなるでしょう。そこは、感染状況次第としか言えませんが、仮にですが、仮に、今の状況のまま一定程度の感染者数で保たれるのであれば、勿論、感染防止などの手は打ちますが、人が書店に全く来なくなるという状況にはならないと考えています」

福嶋は店内で、著者を招いての講演会を開いている。その際は店長自らが司会を買って出る力の入れようで、私も二度ほど話をさせてもらっている。その講演会も再開させているという。

福嶋の話をきいていて、なるほどと思ったことがある。変えない。変わらない。それもまたLIFE SHIFTなのだと。なぜなら、それ自体が、世間の流れに逆らう動きだからだ。世間の流れに逆らう時、それは一見、動いていないように見えるが、止まっているわけではない。それは逆の方向に動こうとする強烈な意思と行動があるから、そこにとどまれるのだ。

福嶋の言葉に、それを強く感じた。

㉟に続く

立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPO「インファクト」編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。著書に「ファクトチェック最前線」「トランプ報道のフェイクとファクト」「NPOメディアが切り開くジャーナリズム」「トランプ王国の素顔」、共著に「ファクトチェックとは何か」「フェイクと憎悪」がある。
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