【連載】男の業の物語 第十一回『遊びの神髄』


騒がしくない遊びなど面白くもありはしまいが、遊び好きの私が今まで体験した最高の大騒ぎはなんといってもリオのカーニバルでの一番贅沢な行事、リオ市長主催の市立劇場での舞踏会だ。 

これは滅多に参加はできぬ、入場料が一九六〇年当時ですでに一万円もするもので、それも厳しい条件がついている。男も女も礼装、さもなくば凝った仮装でということだ。

仮装もなまじなものでは入口に並ぶ審査員たちに、第一近くに詰めかけた野次馬たちのブーイングで追い返されてしまう。 

私はスクーターのキャラバンの途中だったからタキシードなんぞ持ち合わせもなく、知り合いの外交官の奥さんの着古しの赤いお召しの着物を着込み、紙の鬘を被って出かけたものだった。それでも本物の日本女と見込まれ入口の前で着物をまくって脛を見せ、見物人たちに「俺は男だぞ」と見得を切ってみせたら大喝采で、新聞に写真まで載せられた。

舞踏会が始まったらこれはもはや手の付けられぬ乱痴気騒ぎで、やってきていたアメリカの超グラマー女優のジェーン・マンスフィールドが取り囲んだ男どもに身ぐるみはがされ超ボインのオッパイをさらけだされ、逃げ帰った彼女はホテルで着替えて出直し、中二階の誰も近寄れぬ個室のテラスの縁に腰掛け騒ぎを眺めおろしていたものだ。

会場は乱れに乱れて誰かが舞台の袖に巻き込まれている引き幕を強引に開いて中をさらけ出したら、中にくるまって立ったままセックスをしていた裸のカップルが飛び出してきたものだ。 

その内、私は隣の席のイランの年配の外交官と仲よくなり、年配のその男がもてあましている若い女房と懇ろとなり、くたびれてテーブルの下で座り込みアイスクリームを嘗めている亭主に代わってサンバの相手を務め、年寄りの亭主にあきたらぬ様子のかなり見栄えのいい彼女と次の日のデイトの約束を交わしたりしたものだ。そして彼女は約束どおり次の日の午後三時に私の部屋にやってきたものだが。

出来事は舞踏会の後に起こった。夜が明けホテルに帰るべく止めていた車に乗って出ようとしたら、なんと私の車の前の芝の上で誰かが抱き合っていちゃついている。クラクションを鳴らして注意したら男が起き上がり、

「俺たちはせっかく楽しんでいるのだから、お前がバックして出ていけ」

と怒鳴り返してきたのには恐れ入った。

さらに事はその後ホテルに戻る途中のコパカバーナの海岸で起こった。私の前を走っていたシボレーのインパラのコンバーチブルが突然止まり、降り立った明らかにあの狂った舞踏会帰りのイブニングドレスの女がつかつかと海に向かって歩き出し、履いていたハイヒールの靴を車に向かって投げ込むと、なんとそのまま海に入っていき酔い醒ましに泳ぎ出した。そしたら連れの男もまた着ていたタキシードのまま、彼女を追って海に飛び込み泳ぎ出したものだった。 

私はハンドルを握ったまま唸り声を洩らしながら、贅沢な礼装のまま冷たいコパの海の水を浴びてはしゃいでいる二人に眺め入っていた。

「これが本当の遊びだ、これが遊びの神髄だ」

自分にそう言い聞かせながら何か美しい夢を見ているような気分で、その二人に見入っていた。

日本に帰ってからもあの時目にしたものの印象は鮮烈で、よしそれならばこの俺とても、と思い立ち、ある時気の合った女友達に洒落たドレスを贈り、それを着込んだ彼女と当時日本では一番豪華な横浜のナイトクラブに私もタキシードを着込んで出かけたものだった。 

そんな二人を迎えて見知りのクラブの、横浜の夜の世界では知らぬ者のいない大ベテラン支配人の名物男のジョージ浜中が何を察してかウインクし慇懃に二人を迎え、最上の席まで案内してくれたものだったが。 

しかし私がもう一度見ようとしていた夢はその後簡単に破れてしまった。 

しばらくして私たちの近くの席に一見してその筋の者とわかる下品な男たちが二人、それぞれかなり客ずれした強かな商売女と座り込んだ。

そしてよく見たら男たちの内のひとりが何のためにか、帽子ならぬナイトキャップを被っているのには驚かされた。 

 そんな相手をしげしげ眺め直し、 

「ああ、俺はやはりこの国に戻ってきたのだなあ」 

と思いながら、何故あの時自分も車から降りて昼間でも寒流のせいで冷たいリオの海で借りた着物のままあの二人と一緒に泳がなかったのか、ひどく後悔していた。

第十二回に続く
第十回はこちら


石原慎太郎
石原慎太郎
Shintaro Ishihara 1932年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」により第一回文學界新人賞を、翌年芥川賞を受賞。ミリオンセラーとなった『弟』や2016年の年間ベストセラー総合第一位に輝いた『天才』、『法華経を生きる』『老いてこそ人生』『子供あっての親-息子と私たち-』など著書多数。
気になる方はこちらをチェック