武豊アブミプロジェクト連載③ G1レース当日控室で武豊が試したプロトタイプ1号の評価は?

ジョッキーにとって、騎乗時に足を踏みかける「アブミ」は極めて重要な仕事道具。しかし、武豊曰く「30年前から何も変わってないし、俺もそんなに気にしたことなかった……」。それが昨秋、 ゴルフクラブブランド「MUQU(ムク)」のアンバサダーとして名古屋の工場を訪れた際に、ふと閃いた!  「そんなに気にしたことはなかったとはいえ、どこかで気にはなっていた。何とかならないかな?」と。30年のジョッキー人生を懸けた一大プロジェクトをゲーテWEBが独占でお届け。第3回はプロトタイプを試した武豊の評価。

問題は山積みだった。

2019年11月下旬、愛知県にあるMUQUアイアンの製造メーカーであるMS製作所を訪ねた武豊。

現在愛用中のアブミの改良点を技術者と話し、その試作品のテストは、12月1日の中京競馬場の現場にて、と決まった。年末ダートレースの風物詩、G1チャンピオンズカップの開催日だ。

中京競馬場で開催されたG1レース「チャンピオンズカップ」。(一番右に写る)武豊はインティに騎乗して3着。  写真:山根英一/アフロ

しかし、問題は山積していた……。

武豊が求めていたアブミの数は約30個。ひとつの究極のモノを作る(MS製作所は自動車関連企業であり、金型作りのプロ集団である)製造メーカーではあるが、量産型の製造業ではない。

技術者:「30個ですか……。全部同じ製法で、ですかね? それとも金型から鋳造的なことなのか。金属積層(俗に言う3Dプリンター)はどうですか?」

迫田副社長:「確かに……。とりあえず武さんに試してもらう試作品を、1週間で仕上げるにはそれしかないかも。数の問題は、またあとで考えるとして、まずは、ベースを決めないと。それで武さんにOKをもらわないと何も始まりませんよね」

チャンピオンズカップの数日前、発案段階からともにプロジェクトを進めてきた筆者に武豊から電話がかかってきた。

武豊:「どう? 間に合いそう?」

小林:「ハイ! 大丈夫です、MS(製作所)さんが頑張ってます(笑)」

武豊:「じゃあ、レースの合間かレース終わりか分からないけど、木馬(あとでジョッキーが練習やフォームチェックなどで使うモノと判明)があるから、そこでまず試そうよ」

木馬?ってなんだ……。

遊園地の木馬は知ってるけど、騎手の乗る木馬って、そんなのがあるのか?

小林:「トレセンの調教とか、実際の馬じゃなくて大丈夫なんですか?」

何も分からない筆者は聞くしかなかった。

武豊:「調教の時の追い方と、実際のレースは違うし、木馬の方がいろんな姿勢も試せるし、あと、自分の鞍もあるしね」

トレセンにおける調教は、自分の鞍ではないことを初めて知った。

つまり自分の馬具じゃないから、試そうにも試せない、ということだ。

武豊:「OK、じゃあ競馬場で。楽しみだね。よろしくね」

レースを終えた馬が引き上げる検量室前。ジョッキーは慌ただしく30分後のレース準備に追われる。  

その日、武豊は9レース(12レース中)に騎乗すると当日の新聞で知った。レースとレースの合間は30分、試せる時間などない。最終12レースが終わってからになりそうだ。

検量室付近でウロウロしている筆者を見つけ、おもむろに「おっ、じゃあコッチに来て」と武豊は言う。

ついさっきまで9レースに乗り、最終12レースが終わってすぐ、である。

馬の感触も冷めやらぬまま、乗り味が残ったまま、噂の木馬へ。

「……、………」

「………、……」

技術者たちは緊張の面持ちで、武豊の最初の一言を待つ。

武豊:「いいね!すっごく良い!!」

筆者を含めスタッフ一同は顔を見合わせ安堵した。

踏んだ感じで違いが分かる。

筆者が口火を切った。

小林:「ホントですか?大丈夫ですか?」

武豊:「ウン、すっごく良い。踏んだ感じで違うもん。分かる」

違いを試すため、さきほどまでレースで使っていたアブミを右足に、左足に今回の試作品をはめている。

何度も鏡を見て、自前のムチで木馬を叩きながら、手綱も入れる。

そしてまた、鏡を見て騎乗フォームを試す武豊、時間にして10分ほど。

武豊:「体重もしっかり乗るし、すっごいスムーズ、いや……良いワァ」

"19年11月下旬にMS製作所でミーティングした際、武豊から2つの注文を出されていた。

ひとつはアーチの部分の改良、もうひとつは踏みしろ(足の母子級が乗る部分)の改良。

武豊がしきりに「いいね!乗りやすい!」を連呼したのには、この踏みしろ部分の、わずか数ミリの改良(詳細は話せない)があった。

武豊:「全然違うもん、乗った感じですぐに分かった。〇〇の××部分を数ミリ変えただけですよね?」

技術者は喜びながら答えた。

技術者:「ハイ!武さんの〇〇をミリ単位で変えたのもそうですし、コンピュータで重心配分や力の加わり方なども分析しました」

武豊はポツリと、場を和ませるように言った。

武豊:「30年……。俺、何やってたんだろ……(笑)」

右足はさっきまで使っていたアブミ。試作品を作った技術者とその違いを確認している。

持ち込んだ試作品は、金属積層(3Dプリンター)によるもの。

試作品と言えども、その仕上がりに武も驚いていた。

武豊:「コレが完成品?」

小林:「いえ……。違います。まだ製品化される前なので、塗装もしてないですし、すごい金属感が出ちゃってますよね……」

武豊:「カッコいいけどなぁ(笑)、こういう素材感のままっていうのも……」

そうはいかない。確かに生モノ感はあるけど、あくまで試作品である。

安全性の担保が重要だ。

そして、まだやることがある。

強度テストだ。

日本のモノ作りにおいて、自動車関連企業としては、安全性を担保できない製品を、武豊に渡すことはできない。

何億円という馬にも騎乗し、変わりのいない競馬界の至宝ジョッキーに、何かあったら取り返しがつかない……。

Made in Japanで製作する以上、モノ作り大国の意地とプライドにかけて、一切の妥協はしない。

武豊:「年内とか? 年明けぐらいには、製品は出来上がるの?」

小林:「……(笑)無理です、それは。まず、数も用意しなきゃいけないですし、強度テスト的な、引っ張り検査的な、製品テストをやらせて下さい」

武豊:「そっか……。まっ、そうだよね」

残念がる武豊だが、このアブミプロジェクトの一丁目一番地「壊れちゃいけない」と自身が言っていたフレーズを説明し、納得してもらった。

武豊:「でも……。早く1セットでもできたら連絡してね」

30年待った時間もあるが、でも、1ヶ月でも早く、1週間でも早く欲しい。

稀代のアスリートがだだっ子のように待ち望んでいる、自身のオーダーアブミ。

もうしばらくの辛抱だが……。

2019年の年末。製造方法について、技術者たちの議論は紛糾していくのだった。

④「モノ作りの匠と乗り手の匠、製造方法めぐる議論」(3月2日掲載)に続く

Yutaka Take
1969年京都府生まれ。17歳で騎手デビュー。以来18度の年間最多勝、地方海外含め100勝以上のG1制覇、通算4000勝達成など、数々の伝説的な最多記録を持つ。2005年には、ディープインパクトとのコンビで皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制し、史上2例目となる無敗での牡馬3冠を達成。50歳を迎えた2019年も、フェブラリーステークス、菊花賞を制覇。昭和・平成・令和と3元号同一G1制覇を達成した。 父は元ジョッキーで調教師も務めた故・武邦彦。弟は元ジョッキーで、現調教師の武幸四郎。  

Santos Kobayashi
1972年生まれ。アスリートメディアクリエイション代表。大学卒業後、ゴルフ雑誌『アルバ』の編集記者になり『Golf Today』を経て独立。その後、スポーツジャーナリストとして活動し、ゴルフ系週刊誌、月刊誌、スポーツ新聞などに連載・書籍の執筆活動をしながら、映像メディアは、TV朝日の全米OP、全英OPなど海外中継メインに携わる。現在は、スポーツ案件のスタートアッププロデューサー・プランナーをメイン活動に、PXG(JMC Golf)の日本地区の立ち上げ、MUQUゴルフのブランディングプランナーを歴任。