エンタメ業界もキャッシュレス化される ~素人目線 松浦勝人の生き様~


アーティストの価値を、数値化して可視化する

6月の株主総会での承認を経て、僕は会長になった。社長業というのは、事業だけでなく、経理や総務、人事といった間接部門も見なければならない。そのなかで、会社の組織構造を大きく変え、新社屋へと建て替え、ロゴを変え、タグライン(企業理念)を再定義してきた。それらをやりながら、同時に新規事業も考えるというのはさすがに時間が足りない。だから、既存事業に関しては新社長に任せ、僕はこれから新規事業を生みだすことに専念する。

僕としては、音楽プロデューサーに専念していた頃の、専務という肩書に戻ってもいいのだけど、会社的にはそうはいかないという。会社も30年が経ち、平成も終わり、小室哲哉さんも安室奈美恵もいなくなる。このタイミングで会長になっておかないと、この先、もうタイミングがなくなってしまうと思った。CEO(最高経営責任者)であることは変わらないし、CEO直属の直轄本部が、僕直属であることも変わらない。 

新規事業のアイデアはいくつも頭のなかにあるけど、以前から考え続けているのが、アーティストの価値を数値化し、可視化する仕組みのこと。そして、仮想通貨取引のように売買できるようになったらどうだろう。面白いことが起こるのではないか、ということ。

デビューしたての新人の価値はまだ0に等しい。しかしそこに投資をし、アーティストが成功すれば、価値は何万倍にもなる。ベンチャー投資も、事業内容だけでなく、社長の〝人〞を見て投資を決めるようなところがある。〝社長〞に投資していいのなら、〝アーティスト〞に投資してもいいんじゃないか。

もちろん、僕たちにとってアーティストは貴重な財産。その価値を毀損(きそん)するような仕組みであっては意味がない。具体的にどんな仕組みに落としこんだらいいんだろうか。僕の頭のなかで、仮想通貨やブロックチェーン、キャッシュレス決済という言葉がぐるぐる回っている。

『お金2.0』の著者であり、メタップスの社長である佐藤航陽さんとお会いする機会があった。メタップスは「プリン」というQRコードを利用したキャッシュレス決済を運営している。使ってみて、面白いと思った。お店の支払いに使えるのは当然として、個人同士でも簡単にお金の受け渡しができる。

例えば、友達とご飯を割り勘で食べた時、ライブ会場で友達にグッズを買ってもらった時など、手元に小銭がなくても、アプリ上で簡単に支払ができる。個人間で簡単に電子マネーをやり取りできる時代になるということが、強く僕の頭に残った。

実は、もともとCEO直轄本部から「キャッシュレス決済をやりたい」というプレゼンはあった。いろいろと議論を重ねながら、これが形になって、子会社「エンタメコイン」を設立することになった。

僕らのお客さんである音楽ファンは10代が多く、クレジットカードを作ることが難しい。だから、チケットやグッズを買うのも、朝早くから並ぶ。寒い冬の朝でも、暑い夏の炎天下でも。これはなんとかしたかった。

エンタメコインでは、専用アプリのなかから、コンサートのチケット、グッズ、音楽配信などが、電子マネーで購入、支払いできるようになる。さらに、コンサートに行けなくなったら、チケットを定価で公式転売できる仕組みも入れる。政府は、キャッシュレス決済比率を2025年までに40%に高めるという目標を掲げている。その通りいけば、エンタメ業界もキャッシュレス化されていく。

その時、他社の決済システムを利用すると、決済手数料を取られることになる。この手数料が増え、いつか利益を圧迫する。だから、自前のキャッシュレス決済を持つ必要がある。と、考えるのが普通の企業。

もう一度エイベックスの中心に戻る

僕らは、アーティストのファンが何を買っているか知りたい。そのデータの活かし方も普通の企業とは違っている。「この集団は、このジャンルの商品を買っているので、その商品を販売し、広告を配信しよう」と、考えるのが普通の企業。

僕らは、既存の商品を持ってくるのではなく、アーティストにオリジナル商品を作ってもらう。でも僕らが言ったところで、アーティストは自分が好きなものでないと、作らない。以前、浜崎あゆみが尻尾のキーホルダーをつけたら、街を歩いている彼女のファンがみんな尻尾をつけたことがあった。浜崎あゆみに尻尾をつけることができるのは、彼女自身だけ。それがわかっているから、ファンがついてくる。普通の企業は、尻尾のキーホルダーは作れても、浜崎あゆみオリジナルの尻尾は作れないし、彼女につけてもらうこともできない。こうして流行を生みだせるのは、コンテンツとアーティストを持っているエンタテインメント企業の強み。

そこから先の、アーティストとファンの絆を強める仕組みもすでに開発に入っている。具体的にはまだ、話せないのだけれど、一方で個人的には決まってなくても、プロジェクトを外に話しちゃうって作戦もありかも、と思う気持ちもある。「会社1.0」の発想でいけば、新規事業は内容が固まってから、公式発表をするのが常識。でも、今回僕たちは、中身がまだ決まっていない部分を残しながら、エンタメコイン設立の発表をした。エンタメコインの事業を実現するには、パートナーが必要。そのパートナーが決まっていない段階で、「子会社設立」「利便性を高める決済手段を提供」ということだけを発表した。

でも結局、僕たちのキャッシュレス決済の中心になるのはコンテンツとアーティスト。僕たちは、決済事業をやって儲けたいわけじゃない。中心にあるコンテンツ、アーティストの価値をさらに高める仕組みのひとつとして、決済手段を作る。中心にあるのがコンテンツとアーティストであることはずっと変わらない。僕は、社長業から解放されて、そのエイベックスの中心にもう一度戻っていく。

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Text=牧野武文Photograph=有高唯之

松浦勝人
松浦勝人
エイベックス代表取締役会長。1964年神奈川県生まれ。日本大学在学中に貸しレコード店の店長としてビジネスを始め、以降、輸入レコードの卸売り、レコードメーカー、アニメやデジタル関連事業などエンタメに関わるさまざまなジャンルに事業を拡大し続ける。
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