アルピニスト・野口 健が心を整える最果ての地の旅

アラスカなど最果ての地を好んで旅する、アルピニスト・野口 健氏。人間の開発が及ばぬ"穢れなき世界"で過ごすことは、生きていることを実感する特別なひと時だ。


旅で自分を見つめ直す

豪華なリゾート地を目指すばかりが、ラグジュアリーな旅ではない。アルピニストの野口健氏の旅のキーワードは“最果て”だ。

「富士山清掃など同じ活動を長く続けていると、当初の感動は薄れて、マンネリ化に心がもやっとしてきます。そんな時にエメラルドの海を見て心が晴れるという人もいますが、僕はダメ。逆に、アラスカのポイント・バローのような最果ての地に身を置くと、ごまかしのない自分の本心と向き合うことができます」

ポイント・バローの景色は、お世辞にも美しいとはいえない。空は雲に覆われ、海は灰色に染まり、風は身を切るように冷たい。

「でも、その風が妙に心地いい。穢れのない純粋な風とでもいうのかな。ポイント・バローの風に打たれると、汚れる前の無邪気な自分を取り戻せる気がします」

そう話す野口氏の行動は、常に振り切れている。アフリカではウォーキングサファリに参加。クルマやバスの中から風景を眺めるのではなく、自分の足で大地を歩く。

タンザニアでウォーキングサファリを行った。何時間も息を潜めて動物の出現を待つ緊張感がたまらない。「同行した娘は、『動物の顔つきが、動物園で見た時とまったく違う』と驚いていました」

「空を見上げるとハゲタカが旋回している。おそらく、その下ではライオンが仕留めた獲物を食べていて、ハゲタカは食べ残しにありつこうと待っているのです。そんな光景を目の当たりにしていると、野生の動物がいつ襲ってくるかわからない緊張感が込み上げてきます。アフリカの大地は"生き死に"が身近に感じられる場所といえますね」

定期的に通う断食には、1日9杯のニンジンリンゴジュースの食事を続けるという、ストイックで知られる道場を選んだ。

ヒマラヤなど低酸素の環境に長期間滞在すると血液はドロドロになり臓器がダメージを負う。「石原慎太郎さんに紹介された伊豆のヒポクラティック・サナトリウム。1日9杯のニンジンリンゴジュースの食事を続けます。キツい分、寿命が延びたと実感しますね」

「2、3日目から体に力が入らず、思考もふわっとしてきます。でも、体験後は血液すべてが入れ替わり、身体の隅々まで浄化された感覚になる。昔の僧侶は奥深い山に入り、断食生活を送って、悟りを開きました。断食には、道に迷ったときに、何かを見出す効果があると感じます」

なぜ、野口氏は極限に挑むような旅や体験を繰り返すのか? 

「2011年にケガをして以来、8000m級の山から遠ざかっています。でも、もう一度、挑戦したい。8000m級の山は、人間が宇宙服や防護服を着けずに行けるギリギリ限界の世界。生身の姿で最も宇宙に近い場所へ行く、あのわくわく感を再び手に入れたいですね」


Ken Noguchi
1973年ボストン生まれ。’99年、7大陸最高峰世界最年少登頂記録(当時)を25歳で樹立。富士山の清掃活動など、環境問題にも積極的に取り組む。


Text=川岸 徹