日本列島を震撼させた2つの事件に遭遇した日本バスケ界のキーパーソン【東京五輪の現場から⑤】

54年ぶりに東京に五輪が戻ってくる2020年。本連載では、オリンピック担当として東京五輪に向けた取材を続けるスポーツニッポン・木本新也記者が現場の生の声を届ける。メダルを目指す選手のスペシャルな思考や、大会開催の舞台裏とは――。第5回は、ハイジャック事件と地下鉄サリン事件という2つの大事件に遭遇した日本バスケットボール協会の東野智弥技術委員長(49)について。

NBA選手続出で注目される日本協会を牽引  

1999年7月23日。午前11時23分羽田空港発、千歳空港行のNH61便に搭乗していた。離陸直後、1人の男が大声を張り上げて立ち上がり、客室乗務員に包丁を突きつけた。人質1人が死亡したハイジャック事件に直面。副操縦士が犯人を取り押さえて午後0時14分に羽田空港に緊急着陸するまでは生きた心地がしなかった。

'95年3月20日。午前8時過ぎに日比谷線の電車に揺られていた。毎日の通勤路だが、たまたま普段より5分ほど早く家を出ていた。霞ヶ関駅を過ぎたあたりで、緊急停車。すぐ後ろを走る列車でオウム真理教によるサリン事件が発生していた。奇跡的に難を逃れたが、事件を知った時は、しばらく鳥肌がおさまらなかった。

日本列島を震撼させた2つの大事件に遭遇したのは、日本バスケットボール協会の東野智弥技術委員長(49)である。

「ハイジャック事件の時は飛行機がジェットコースターのように乱高下して、家のベランダに干してあった洗濯物が目の前に見えました。地下鉄でサリンの袋が置かれたのはいつも私が乗っていた車両付近。つくづく今の命は生かされた命だと感じます」

死を強く意識する経験を重ねたことで、生きる意味を大切にするようになった。現在は日本バスケットボール界の強化部門トップの立場で、競技力向上のためにまい進している。

現職には'16年6月に就任。最初の仕事は低迷する男子日本代表監督の選定だった。「92年バルセロナ五輪以降の五輪経験者」を条件に監督候補をリストアップ。早大大学院時代の'11年に「男子アルゼンチンバスケットボールの強化・育成に関する研究」の論文を発表していた経緯もあり、ロンドン五輪4強の実績を持つアルゼンチン人のフリオ・ラマス氏にターゲットを絞った。即座にアルゼンチンに飛び、ラマス氏が指揮するクラブの練習や試合を追い掛け、熱烈にラブコール。日本代表の試合の映像を送り、意見も求めた。妻子の誕生日にはプレゼントも用意。持ち前の行動力で、招聘(しょうへい)に成功した。

'16年9月にはNBAで実績のある佐藤晃一氏をスポーツパフォーマンス部会の部会長として招いた。ウィザーズのリハビリコーディネーターやティンバーウルブズでスポーツパフォーマンスディレクターを務めた人材を登用し、世界と戦うためにフィジカル面を見直した。映像分析の担当も2人から5人に増員。選手には試合前にマッチアップする相手が「右に抜くのが好き」「左が好き」「1ドリブルしてから何かする癖がある」などの細かい情報が提供される。

NBAのチーム関係者とも良好な関係を構築

NBAウィザーズに入団した八村塁を訪問

日本のパスポートを保持する海外在住選手の情報も積極的に集め、新戦力発掘のキャンプも実施。八村塁(22)の所属するNBAウィザーズ、渡辺雄太(25)の所属するNBAグリズリーズ、馬場雄大(24)の所属するNBA下部Gリーグ・レジェンズの練習や試合に何度も足を運び、持ち前の社交的な性格でチーム関係者と良好な関係を築いた。日本代表の活動期間にNBAクラブがこころよく選手を送り出してくれる裏には、東野技術委員長の存在がある。

昨年、男子日本代表は21年ぶりにW杯予選を突破。アジア予選を勝ち抜いたことが評価され、開催国枠付与による44年ぶりの五輪出場が決まった。着実にレベルアップしているが、昨夏のW杯本大会は5戦全敗。米国で奮闘する八村、渡辺、馬場の成長や、ロシター・ライアン(30=宇都宮)とエドワーズ・ギャビン(32=千葉)の日本国籍取得など好材料が多いとはいえ、世界との距離を埋めるのは容易ではない。

五輪でメダルを狙う女子日本代表は2月の五輪予選で1勝2敗と苦戦。開催国枠で五輪出場が内定している中で、五輪本番に向けて課題を残した。東京五輪で新種目として採用される3✕3(3人制バスケ)の男子は開催国枠を付与されているが、女子は予選を勝ち抜く必要がある。

東京五輪だけでなく、その先を見据えた育成部門もカバーする東野技術委員長の仕事は山積みだ。スケジュールはぎっしり詰まり、完全なオフは年に数日しかない。移動時間を利用して自らプレゼン資料を作成するなど多忙を極めるが「バスケのために働くことが楽しくて仕方がない」と少年のように目を輝かせる。生かされた命は愛するバスケとともにある。

Text=木本新也