【起業家インタビュー】ジーンクエスト・高橋祥子「ゲノム解析が私たちの未来を変える」

唾液を送るだけで生活習慣病やがん、糖尿病など、約300項目の疾病・体質リスクにかかわる遺伝情報の解析をしてくれる。そんな夢のような遺伝子解析サービスを個人向けに提供しているのが、ジーンクエストの代表取締役・高橋祥子さんだ。「ひとりひとりが自分のゲノム情報を把握し活用できる社会へ」。生命科学の研究者であり、経営者でもある高橋さんに話を聞いた。


自分の遺伝情報を知り、病気の予防に役立ててほしい

ジーンクエストが提供しているのは、一般消費者向けの大規模な遺伝子解析サービスです。まずは遺伝子解析キットを購入、自宅に届いたキットで自分の唾液を採取して弊社まで返送していただきます。後日ウェブ上にて、生活習慣病などの疾患リスクといった約300項目の疾病・体質リスクにかかわる遺伝情報の解析結果をお知らせするという仕組みです。

この遺伝子検査で具体的にわかるのは、がんや2型糖尿病、アトピー性皮膚炎、骨粗鬆症など多くの病気リスクに関する情報のほかに、アルコールに強いかどうかや痛みの感じやすさ、記憶力や乳糖耐性、骨密度といった遺伝的体質の傾向などです。

病気の発症には遺伝的要因と環境要因のふたつがあり、このサービスはあくまで遺伝要因側のリスク傾向をお伝えするものにすぎません。環境要因については食事や運動などの生活習慣を変えることによって改善することができる。つまり、病気の発症を自分の努力によって予防できるからこそ、事前に遺伝的要因を把握し、それに役立てていただきたいのです。

健康リスク・体質の遺伝的傾向と祖先のルーツを知ることのできる。(「ユーグレナ・マイヘルス遺伝子解析サービス」¥29,800)。 唾液サンプル郵送後、4~6週間で解析し結果を通知。 問い合わせ先はhttps://myhealth.euglena.jp/

ビジネスと研究のシナジー効果を高めていく

私は学生時代、東京大学大学院で遺伝子解析を活用した生活習慣病予防のメカニズムについて研究をしていました。そこで研究を重ねるうちに、「研究者として生命科学分野をさらに発展させていきたい。そしてその研究成果を社会に還元し、より豊かな世界をつくっていきたい」という想いを抱くようになり、2013年6月にジーンクエストを起業、翌'14年からサービスを開始しました。

ジーンクエストは日本やアジアの人たちを対象とする科学論文を情報の根拠としているため、アカデミックな知見から信頼性の高い情報を提供することができるのが、サービスの大きな特長といえます。また、事業と同時に大学や研究所、製薬会社などとも遺伝子について共同研究を行っているので、研究成果の更新に伴い提供するメニューを無償で追加するしくみも取り入れています。

個人向けの遺伝子解析サービスを提供しながら、同時に遺伝子情報に特化した社会的研究を行うことができる。こうしたビジネスと研究のシナジー効果を生みだしていくことで、生命科学の分野の研究を加速させ、サービスと研究のよい循環ができるのです。

社会人を経験したことがない状況での起業だった

私は大学でずっと研究に従事していたので就職をしたことがなく、社会に出た経験がない状態でジーンクエストを起業しました。「まあなんとかなるだろう」と思っていましたが、頭で考えるのと実際にやってみるのではやはり大違い。業者とのやりとりやウェブサービスのつくり方、営業のやり方、ビジネスマナーなど、本当に何も知らなかったので苦労は多かったですね。それに、私のやろうとしたことはすでに市場がある分野ではなく、日本ではまったく新しい先駆的なビジネスだったので、一からビジネスモデルから立ち上げなくてはなりませんでした。

遺伝子解析サービスを提供することに対しても周囲から、「危険なのではないか」「なんだかよくわからなくて怖い」といった批判的な意見も多く寄せられました。しかし、学問の世界では植物学、生物学、医学など、あらゆる領域において遺伝子解析は基本的な知識・技術として確立されていて、当たり前に活用されているものでした。当然、研究者であった私にとって、遺伝子とは身近で慣れ親しんだ存在だったのです。

ですから、起業して遺伝子解析事業を始めた時、これほど世間では遺伝子のことが正確に知られていない、未知のものとして敬遠されているのかと驚きました。2003年にヒトゲノムがすべて解析されてから、解析技術は飛躍的に進歩し、さまざまなデータが取得できる時代になって久しい。研究者の立場からすれば、それを使ったソリューションや健康管理の技術が登場するのは当然のように思えます。ですが、一般社会ではそういった情報への理解が追いついていない。生命科学の進歩はとてつもなく早く、新しい技術が次々と生まれていくのに対して、それを社会がうまく活用することができていない。テクノロジーと社会、その間に存在するギャップはとてつもなく大きいと感じましたね。

でも、正しい知識を持っていただけさえすれば、社会は変わっていくと思うんです。たしかに遺伝子検査の分野は業者によって解析結果にもばらつきがあり、すべてが信頼に足るものかといったらそうではありません。病気のリスクに関してもあくまで統計的な確率であり、100%の情報ではないので、結果にばかりとらわれすぎてしまわないように、客観的にとらえることが重要です。また、遺伝子情報とプライバシーに関する問題について、現在では法律に定められていないことも大きな課題といえるでしょう。

しかし、遺伝子情報が持つポテンシャルは計り知れません。テクノロジーがさらに進歩し、倫理的法律的な問題も解決されれば、オーダーメイドの医療・予防法が選択できるようになり、医療費の抑制や医療改革にもつながると思います。

遺伝子解析サービスは、日本人にとってまだまだ馴染みがない。私たちの当面の目標は、遺伝子検査市場を拡大させることです。日本人及びアジア人の遺伝子情報データベースを構築し、ゆくゆくはアジア最大の遺伝子検査企業となることを目指しています。また、当社に蓄積される遺伝子情報は、他業種とのさまざまな商品やサービスにも応用が可能です。遺伝子の個人差を考慮した新サービスを生みだし、社会全体に遺伝子検査を受ける価値を提供していきたいと考えています。

その第一歩として、ジーンクエストは‘17年からユーグレナと提携を始め、私自身も今年、ユーグレナの執行役員となりました。ユーグレナはミドリムシの大量培養技術を中核事業としてヘルスケア事業、エネルギー・環境事業を展開しているバイオベンチャー企業です。ヘルスケア事業強化に向けて遺伝子解析などのバイオインフォマティクス領域に着目していると聞き、ジーンクエストの持つ遺伝子解析サービスのノウハウやシステムが提供できると思いました。また、ジーンクエストにとってもユーグレナと一緒に仕事をするようになったことで、健康食品などに関心のある、健康志向の高いシニア層にもサービスを知ってもらう機会もぐっと増えました。今年の3月には、生命科学データプラットフォーム「ユーグレナ・マイヘルス」を立ちあげ、遺伝子解析をはじめとするパーソナルヘルスケアのソリューション提供を開始しています。

私自身も、ジーンクエストでサービスを提供することに加え、書籍を執筆したり、いろんなところで遺伝子に関する講演等をさせていただいています。多くの人たちに正しい遺伝子の知識を持っていただいた上で、遺伝子研究の成果の恩恵を受けられる社会の実現を目指して、これからも活動をしていこうと思っています。

●愛読書
『宇宙の扉をノックする』リサ・ランドール(NHK出版)
宇宙物理学の話ですが、科学とはそもそも何であるかを説いてくれていて、大きな影響を受けています。

●座右の銘
“万物静観すれば皆自得す”
中国の詩人・程明道の言葉で、「改めて見ればすべてのものはただそこにある状態としてある」といった意味。行き詰まったときにこの言葉を思い出して、俯瞰して状況を見れば原点に帰ることができます。

Shoko Takahashi
1988年生まれ。ジーンクエスト代表取締役、ユーグレナ執行役員バイオインフォマテクス事業担当。京都大学農学部を卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中の2013年6月にジーンクエストを起業。翌’15年に博士課程修了、農学博士号を取得。’18年4月より、ユーグレナの執行役員バイオインフォマテクス事業担当に就任。受賞歴に経済産業省「第二回日本ベンチャー大賞」経済産業大臣賞(女性起業家賞)、第10回「日本バイオベンチャー大賞」日本ベンチャー学会賞など。著書に『ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか?』
GENEQUEST
2013年に設立。「遺伝子の研究を推進し、正しい使い方を広め、人々の生活を豊かにすること」をミッションに掲げ、個人向けに疾患リスクや体質などに関する遺伝子情報を伝えるゲノム解析サービスを展開している。
https://genequest.jp/


Text=山内宏泰 Photograph=太田隆生