FC東京監督・長谷川健太の戦う集団を練り上げる再生請負人の手腕とは?【インタビュー】

かつての名アタッカーが、今や日本サッカー界屈指の“勝てる監督”である。FC東京を率いて3年目。チームは着実な成長を遂げ、昨季は2位にまで浮上した。長谷川健太は、なぜ勝てるのか。リーダーとしてのポリシーとその手腕に迫った。2019年12月に取材し、雑誌『ゲーテ』5月号に掲載した独占インタビューを公開する。

本気で優勝を狙うFC東京が指名した「勝てる指揮官」

首都・東京をホームタウンとするプロサッカークラブ「FC東京」は、2020年、J1リーグ開幕戦を勝利で飾り、念願の初優勝に向けて最高のスタートを切った。

このチームを率いる指揮官は、日本サッカーのオールドファンなら誰もが知るレジェンド・長谷川健太である。現役時代、日本代表の一員としてあの“ドーハの悲劇”のピッチに立った名アタッカーは、引退後に指導者に転身。’13年から率いたガンバ大阪で日本人監督として史上初の国内3冠を達成するなど、いくつものタイトルを獲得してサッカー界屈指の名将となった。

一方のFC東京はここ数年、毎年のように優勝候補の一角に挙げられながらも、最終成績はいつも中位。’15年に年間4位となったが、それ以外の年は10位前後をウロウロ。首都・東京を本拠地とするプライドとして、常に優勝争いを演じるクラブでなければならない、そんな意気込みとは裏腹に、「強いはずなのに勝てない」というレッテルが定着し、’17年はついに13位にまで順位を落とした。

FC東京は、なぜ勝てないのか。その答えをどうしても見つけられずにいた’18年、クラブは長谷川に指揮権を託した。本気で優勝を狙うなら、優勝の味を知る監督を招かなければならない。フロントの想いは明らかだった。

チームの成長はピッチ外にも表れている。2019シーズンのFC東京は、3万人超の平均観客動員を記録。Jリーグ屈指の人気クラブだ。

長谷川の就任以降、FC東京は急成長を続けている。チームの雰囲気は明らかに変わった。快速FWの永井謙佑はこう振り返る。

「監督が来たことによって、チームがグッと引き締まりました。健太さんは、勝ち方を知っている監督だと思います」

大事な局面、大事な試合で勝てない“ぬるま湯体質”は、そうして少しずつ変化していく。勝利を貪欲に追い求め、練習場にさえ漂うギラギラ感。それが試合結果に表れないはずがない。

1年目の’18シーズンは前年の13位からジャンプアップして6位でフィニッシュ。2年目の’19シーズンは開幕直後の快進撃で首位に立ち、最後まで優勝を争った。最終成績は、15年ぶりの優勝を成し遂げた横浜F・マリノスと勝点6差の2位。しかしその当時を振り返る指揮官の表情は晴れやかだった。

「自分のなかで相当悔しかったのか、逆にすぐに頭を切り替えて『次の1年で勝つための方法』を考えられました。疲れ切って何も考えたくないと思うシーズンもあるけれど、今シーズンは“あと一歩”だったから『次こそ』という気持ちになる」

プロサッカークラブの監督とは、悔しさと向き合い続ける仕事だ。言葉は続く。

「勝ち負けがあるスポーツで、最後に勝つのは本当にわずかな人だけ。僕自身、39歳で監督になってからずっとこの仕事を続けているけれど、勝って終わった年は2度しかない。それ以外はずっと悔しい想いをしてきたわけですから」

それでいて、なぜモチベーションを維持して戦い続けられるのか。

「エネルギー源はふたつ。ひとつは悔しさ。悔しい想いをしないと人もチームも強くならないから、どんな結果でも冷静に受け止めて『もう一度あの勝利を』と心を燃やす。もうひとつは、勝利の味。一度でも優勝したことがある人なら、誰だって『もう一度あの景色を見たい』と思うものなんですよ」

2020シーズンはACLにも出場(再開は未定)。国内王者とアジア王者を同時に目指すハードな戦いが、すでに始まっている。

最も大切なことは信念と熱。そして情のコントロール

Jリーグで監督を務められるS級ライセンスの保持者は約700人。しかし“優勝経験者”はごくわずかしかいない。

もっとも長谷川には、かつて「シルバーコレクター」と呼ばれた時代がある。清水エスパルスを率いた’05年からの6年間、3度の決勝ですべて敗れて準優勝に終わった。

「清水を離れてからの2年間、いろいろな指導者と話す機会がありました。ある方に言われたんですよ。『長谷川君はそのままでいい。十分にわかっていると思う』と。その言葉でモヤモヤが吹っ切れた。小手先の変化に解決策を求めていたけれど、そうじゃない。自分を信じて、それを貫けばいいんだと」

ガンバ大阪では’13年にJ2を制し、翌’14年はリーグ、ナビスコカップ、天皇杯の国内3冠という快挙を達成。’15年のリーグ戦は2位に甘んじたものの、天皇杯を連覇。長谷川は自らの力で「シルバーコレクター」のレッテルを剥がした。

優勝経験のある監督は、本当に優勝する方法を知っているのか。そう問いかけると長谷川は、また少し笑った。

「それを知っていたら誰も苦労しないよね。もちろん僕自身もそんなことは知らない。ただ、どういうチームが勝つチャンスを“掴めないか”は何となくわかる。自分の経験を踏まえて」

昨シーズンからキャプテンを務めている東慶悟選手。長谷川健太体制の屋台骨として、チームを支える。

FC東京を率いて3年目。今シーズンも信念を貫き、自身のなかにある熱を伝える。

「監督にとって一番大切なのは、『信念』であると僕は思います。その信念に従って、勝ちたい、優勝したいという本気の熱を、いかにして選手たちに伝えるか。ひとりの人間としては、一緒に仕事をしたことを少しでも『よかった』と思ってもらいたい。それは僕自身の弱さなのかもしれないけれど、根底にはそういう思いがあるんです」

選手に対する心情を「弱さ」と表現する理由について聞き返すと、そこには在籍選手30人を超えるチームのリーダーとしての葛藤があった。

「人と人の関係では必ず“情”は生まれるけれど、それは“信念”の対極にあって足を引っ張りかねない。情に流されてベストな選択ができないなら元も子もなくなってしまいます。でも、情を完全に排除することはできない。義理人情を大切にする“浪花節”も我々日本人には必要だと思うから、うまくコントロールすることが大切なんです」

目指すスタイルは「アグレッシブ」。頭のなかにある“形”をチームに落としこむことは、過去2年で十分にできた。あとは完成へと導くだけだ。

「アグレッシブなスタイルを目指す理由は、僕自身が一番ワクワクするから。僕自身のサッカー観でもあるとも言えるかもしれません。勝つためには点を取らなきゃいけない。点を取るためには“いい守備”をして、相手の守備が整う前に攻めなければならない。自分のサッカーは勝利から逆算したもの。勝利のために戦う集団を作りたい」

最後に聞いた。長谷川にとって「監督」とは。

「マネージャーであり教育者であり、エンタテイナーでもある。いずれにしても、大切なのは信念と熱意です。このふたつがなければ、人に何かを伝えることはできません」

長谷川が率いるFC東京は、それ以前にあった「なぜか勝てない」体質から完全に抜けだそうとしている。

「王者になるためには立ち止まってはいられない。チームをより活性化させるため、今季もチャレンジをしていくつもりです」

’19年に足りなかった“あと一歩”。それさえ埋めれば、最高の勝利がはっきりと見える。

Kenta Hasegawa
1965年静岡県生まれ。’91年から清水エスパルスでプレイし、日本代表としても活躍。’93年のW杯予選“ドーハの悲劇”をピッチで経験した。現役引退後は指導者となり、ガンバ大阪時代には日本人監督として史上初の国内3冠を達成。2018年からFC東京の指揮を執る。

Text=細江克弥 Photograph=太田隆生、Getty Images