サッカー日本代表新監督の行方 元NHKスクープ記者 立岩陽一郎のLIFE SHIFT 第8回

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米、巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストが綴るエッセイ。第8回は「クリンスマン日本代表監督」報道について思ったこと。

はたしてやめるべきは西野監督なのか?

「またか……」

スポーツニッポン紙が7月4日に伝えた「日本、16強導いた西野監督退任 後任は前ドイツ代表監督クリンスマン氏決定的」を読んで、そう思うと同時に、暗い気持ちになった。

その記事によると、「W杯で16強入りした日本代表の次期監督として、前ドイツ代表監督のユルゲン・クリンスマン氏(53)の就任が決定的となった」という。

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「1次リーグを突破した西野朗監督(63)に続投要請する方向で調整を進めていたが、並行して外国人監督もリストアップ。1勝1分け2敗で、退場者を出した10人のコロンビアにしか勝てなかった結果を疑問視する声があり、風向きが変わった」という。

私は以前にも書いた通り、サッカー通ではない。中学でサッカーをやっていたという経験しかなく、Jリーグや世界の強豪チームをフォローしているわけではない。ワールドカップに関心を持っているという程度の人間だ。

ただ、この連載で、20年前、日本が初めてワールドカップに出る時に駐在先のイランで取材をした経験を書かせてもらっている。今回はその落とし前を書きたいのだが、残念ながら、それは前回同様、日本サッカー協会への不信でしかない。

クリンスマン氏については、私のレベルでも現役時代を知っている。その後にドイツ代表の監督になり、最近では米国チームをワールドカップで率いたことでも知られている。

まだ西野監督が帰国もしていない段階で、この記事が出ているということに極めて強い不快感を覚えた。結果的に誤報となりそうだが、その後の報道を見ると、少なくともクリンスマン氏に協会が接触していたことは間違いないようだ。金銭的な合意に達しなかったとの報道もある。

それを考えると、この報道には、クリンスマン氏云々よりも、西野監督続投論を帰国前に消したいという協会側の意図を見るのが正しいように思う。

勿論、報道によれば、西野監督の任期はワールドカップの終了までということになっていたということだが、しかし、これが即ち続投を否定するものということではないだろう。

結局、西野監督が帰国時の会見で「(今大会終了までという)任期を全うした」と述べるわけだが、しかし、この会見では、本人はそれ以上のことは話していない。続投を否定する言葉を本人が口にしたということではない。ところが、同席した日本サッカー協会の田嶋幸三会長が、「慰留はしない」と述べて、監督の交代を事実上、明言してしまう。

その時に西野監督の顔の表情が変わったわけではないが、なにかスッキリしない。そもそもこの田嶋会長は解任したハリルホジッチ氏を代表監督に選んだ責任者じゃないか。

スポーツニッポン紙が書いた、否、敢えて言えば、協会がスポーツニッポン紙に書かせた「クリンスマン氏決定的」に、もう少しこだわってみたい。金銭的に折り合っていれば、この記事は正しかったかもしれず、田嶋会長も、「99%ない」……つまり「1%」は可能性が有ると言っているからだ。

ベルギー戦を見終わった7月3日の明け方、私は通常のジャーナリストとしての業務の一環として欧米のメディアのチェックをしていた。その時、ポーランド戦の時とは打って変わって日本チームを賞賛する多くの記事を目にして勇気づけられた。例えば、辛口の英国の新聞などが乾選手を絶賛するなどしている。

ただ、1つ、違和感を覚えるコメントをBBCスポーツで見つけた。それが実はクリンスマン氏のコメントだった。

それは次の様なものだった。

"Japan will regret the last two minutes because they threw everything forward and they were a little bit too open at the back," said BBC One pundit Jurgen Klinsmann, a former Germany international. "In the 94th minute, the players are tired and they are thinking about extra time, and that is when mistakes happen."

訳するとこうなるだろう。

「日本はそのラスト2分間を後悔するだろう。なぜなら、彼らは全てを前線に投入し、後ろが少しオープンになっていた」

BBCスポーツによると、クリンスマン氏はもう一言言っている。

「最後の94分で、(日本の)選手たちは疲れていた。そして、延長戦について考えた。その時にミスが起きた」

つまり、クリンスマン氏はアディッショナル・タイムでの日本チームの攻め続けた戦法は失敗だったと話しているのだ。

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ひょっとしたらそうなのかもしれない。しかし、私には、最後に攻め続けてカウンターで失点した日本代表を責める気にはなれない。

何度も強調するが、私はサッカーの素人だ。だから、この点を私はプロに尋ねた。

当日に放送された毎日放送「ちちんぷいぷい」で、元日本代表の前園真聖氏とやり取りをさせて頂いた時の事だ。

前園氏に、素直にその疑問をぶつけてみた。

前園氏の答えは明快だった。

「うまく時間を使って延長にもっていくという選択も有ったと思う。でも、西野さんはそういう選択はとらなかった。延長になると選手の疲労もあるし、やはりこの90分で決着をつけるという覚悟だったと思う。結果的にはカウンターを受けて失点してしまうわけですが、その勇気を私は尊重したいと思います」

「我が意を得たり」だ。

スタジオに一緒にいた元代表の加地亮氏も同じ意見だった。私よりはるかにサッカーに詳しいスタジオのゲストもみなさん同じ感想を口にしていた。

読者の皆さんはどうだろう? あの攻撃の結果受けたカウンターによる失点を責めることは可能だろう。しかし、最後まで攻め続けた選手、それを指示した西野監督を責めるだろうか?

そもそもポーランド戦では、その消極的な姿勢が世界の批判を浴び、日本でも私を含めて多くの人を少なからず落胆させてのではなかったか?

ハリルホジッチ監督の解任で急きょ大役を担った西野監督だが、その西野ジャパンはチームとしての結束が強かったと誰もが言い、新聞もテレビもそれを報じている。

私はこの「ちちんぷいぷい」の別の回で、前園さんに、この点についても尋ねたことがあった。それはコロンビアに勝った喜びに沸くスタジオでのやり取りだった。

「前園さん、なんでチームは1つになれたんだと思いますか?」

前園氏は、自身が西野監督の下でブラジルに勝った経験にも触れて次の様に話した。

「普通、監督は自分のやり方を押し付けるものです。特に、西野さんは急きょ監督になったので、そうした方が早い。でも、西野さんは先ず選手と話して、選手が何をしたいのか徹底的につめるんです。それで、チームが、『この監督とやろう』と結束したんだと思います」

勿論、クリンスマン氏の指摘は正しいのかもしれない。ただ、ハリルホジッチ監督の解任理由は誰が正しかったかではなく、選手との意思の疎通だったと記憶している。だから思うのだが、このクリンスマン氏の指摘が仮に正しかったとしても、こういう言い方をするリーダーの下で、選手は心を一つにできるのだろうか?

この大会に出ていた選手の何人かは主力して次の大会にも召集されることが期待されている筈だ。そういう選手は、この大会を教訓にすることは有っても、ポーランド戦の戦い方、ベルギー戦の戦い方を失敗だと思って戦うわけではないだろう。

はたして、そういう点を協会は考えたのだろうか?帰国時の記者会見で西野監督の続投が無いことを明言した会長はどうなのだろうか?

代表監督を務めた岡田武史さんが、自分がチームを指揮している時、勝っても喜ばない日本人関係者が多いと述懐している。そういうある種の妬みのようなものが、実は日本のサッカー界には有るのだという。こういう話を耳にしてしまうと、「はたして、西野監督は本心から監督を辞めたいと思っているだろうか?」と疑問に思ってしまう。

少なくとも、西野監督に続投する意思がないかどうかは、西野監督本人に語ってもらいたかった。隣から会長がしゃしゃり出て話すことだろうか? そこには、代表監督に対する敬意というものが感じられなかった。

その後スポーツ紙各社は、森保一コーチを軸に調整と報じている。49歳という年齢を考えれば、8年から12年はやれるだろう。西野ジャパンを支えたスタッフという継続性からも悪い選択ではないだろう。

普通に考えて、ころころ監督がかわる代表チームが強くなるとは思えない。アギーレ氏から始まりハリルホジッチ氏、そして今大会時だけという意味不明な西野監督……まったくもってよくわからない。

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はっきり言おう。辞めるべきは西野監督なのか? ということだ。どちらかと言うと、会見で西野監督の右隣(向かって)にいた人間こそ辞めるべきではないのだろうか?

スポーツ新聞の記者とは、本来はそういう部分にこそ切り込むべきだろう。そこから掘り出したネタこそが本当の特ダネというものだ。協会の意のままに書く記者は、リーク情報は貰えるだろうが、それだけのことだ。

仮に、その情報が正しかったとしても、そんな記者が書いた記事は特ダネではない。更に言えば、そんな記者ばかりでは、日本のサッカーが良くなるなど幻想でしかない。

第9回に続く


立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPOを運営「ニュースのタネ」の編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。『トランプ王国の素顔ー元NHKスクープ記者が王国で観たものは』などの著書がある。近著は『トランプ報道のフェイクとファクト』。
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