MGC優勝の中村匠吾選手が大切にしている亡くなった恩師の言葉~ビジネスパーソンの言語学62

最近、説明や謝罪時の、違和感のある言葉遣いが話題になりがちだ。当コラムでは、実際の発言を例にとり、公私の場で失敗しない言葉の用い方を考える。ビジネスパーソンのための実践言語学講座62、いざ開講!


「町野先生からもよく言われていたんですけど、激流を流れる中の木の葉のごとくうまくレースを進みなさいと」―――マラソンの東京五輪代表選考会「MGC」で優勝、五輪出場を決めた中村匠吾選手が高校時代の恩師の教えを明かす

マラソン五輪代表を賭け、本番とほぼ同じコースでの一発勝負。初開催となったMCGは、予想以上にスリリングでドラマティックな戦いとなった。日本記録保持者の大迫傑選手や前記録保持者の設楽悠太選手らが注目を集めるなか、優勝を飾ったのは“伏兵”の中村匠吾選手だった。

設楽選手の驚異的な飛び出しにも集団内での駆け引きにも動じず、自らの走りを貫いての勝利。それを支えたのは、2012年に亡くなった三重県の上野工業高校時代の恩師、町野英二先生の言葉だったという。

「町野先生からもよく言われていたんですけど、激流を流れる中の木の葉のごとくうまくレースを進みなさいと。木の葉が流れる中、川にぶつかる、石などがあってもぶつかることなく最後の最後までうまくレースを進めて、最後のポイントのところで勝負しなさいって。今回は本当にそういう町野先生の教えっていうのをうまく実践できたレースだったのかなというふうに思います」

本人も語っているが、恩師の言葉はまさにこの日のレースを予想していたようなものだった。暑さに強いといわれる中村選手だが、それでも残暑の東京のコンディションは厳しかった。先行する設楽選手を追っていた36キロ時点ではコース脇に寄って嘔吐するアクシデント。だがそれすらも木の葉はするりと通り抜けた。

「昨年のマラソンでも経験していたので焦りはなかった。40キロが勝負だと思い、先に吐いたことで楽になった」

マラソンという競技が人々の心を掴むのは、そこに人生の縮図が見えるからだ。どんなに力のある選手でも絶対はない。スピードだけでも勝てない。勝負どころを誤ると取り返しがつかない。厳しい練習を重ね、自分を制し、苦しい中でも冷静さを保つことのできる人間だけが栄冠を手にすることができる。恩師の言葉は、ランナーだけでなく、すべての人生にあてはまる名言といえるだろう。

大迫選手や設楽選手が注目されることを、「自分はプレッシャーなく挑める」とポジティブに考え、それを自らの力に変えた中村選手。まさに激流に逆らうことなく、流れをとらえたからこその勝利だった。だが、ここから先には、さらなる激流が待っている。自国開催の五輪という大きな舞台を控え、彼自身が大きなプレッシャーと戦わなければならない。だが、そんなときでも恩師の言葉を胸に、木の葉のごとく進み続けてほしい。そこにはきっと明るい未来が待っているはずだ。

Text=星野三千雄 Photograph=Getty Images


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