なぜ「獺祭」はここまで有名になったのか?【旭酒造社長インタビュー前編】

市場規模が縮小し続けている日本酒業界において、内外で異例とも言えるヒットを飛ばす純米大吟醸「獺祭(だっさい)」。その蔵元である旭酒造の桜井一宏代表取締役社長へのインタビューを前・後編の2回にわたって掲載。前編では旭酒造が掲げる酒造りの本質について話をうかがった。


親から子へ継承される味へのこだわり

大学の卒業後、桜井さんが家業を継ぐ決意を固めたきっかけは、東京の街ではじめて知った実家の“味”であったという。

「大学で東京に出てきてからお酒を飲むようになって、さすがに高いお店に行く機会もありませんから、それこそ酔うために飲んでいた日本酒の味が染み付いていて、自宅から送られてくるお酒を気にも留めていませんでした。ところが卒業後、六本木にある会社に就職して、近くの飲食店に飲みに行ったらうちのお酒が置いてあって、とても驚きました。何よりも感動したのは、他の日本酒と飲み比べて引けを取らないどころか、格段に美味かったことです…。そこから『自分は思い違いをしていたのかもしれない』と思うようになって企業研究をしてみたところ、日本酒の業界自体は右肩下がりなのに、うちの会社は業績を伸ばしていた。父に『会社へ戻してください』と直談して、今に至ります」

山口県岩国市週東町獺越にある旭酒造の本社。

今や世界にまでその名が轟く銘柄となった「獺祭」。これまでの成功への道のりは、チャレンジの連続であり、決して平坦ではなかった。

「一般の方にまでブランドを知ってもらえるようになったきっかけは、5~6年前に『カンブリア宮殿』などのTV番組で紹介していただいたことかもしれません。『エヴァンゲリオン』の劇中でひっそりと登場していたりと、ほかにもそれらしい話がいくつかあります。知名度が上がって嬉しかったのは、確かiPhone4か4Sが発売した頃、『獺祭』と打って変換できるようになっていたことです(笑)。それまでは携帯とパソコンを買ったら真っ先に辞書登録をしていましたから不思議な気分でした。今でこそ『いいネーミングだね!』と言っていただける機会が増えましたが、一昔前は百貨店の売り場に立っていると、『字が読めない』『変わった名前』だと言われることがとても多く、その理由から8割ぐらいの人に立ち去られてしまったり、悔しい思いをした時期がありましたね」

一度聞いたら忘れない「獺祭」というブランド名には、旭酒造の酒造りに対する確固たる信念が込められている。

「『獺祭』の名は、弊社の所在地である獺越の地名から一字とって名付けられたものです。そもそも獺祭の意味は、獺には捕らえた魚を並べる習性があって、その姿がまるでお祭りのように見えたことから、詩や文を書くときに資料を並べることを指すそうです。日本文学に革命を起こした正岡子規が自らを獺祭書屋主人と号したように、我々は"酒造りは夢創り、拓こう日本酒新時代"というキャッチフレーズを掲げ、『獺祭』というブランドが誕生しました」

ブランドの名を世に知らしめた定番、精米歩合23%の「獺祭 純米大吟醸 磨き二割三分」

革新し続けることで紡がれていく伝統

旭酒造の社運を賭けたイノベーションは、先代にあたる現会長の桜井博志さんの代からはじまった。

「父は美味しい酒をつくるということに対して、社内の誰よりも真剣に考えている。それでいて、柔軟性があるから、新しいことへのチャレンジに抵抗がない。駄目だったらやめればいい。大事なものさえ失わなければ当たってみようという考えがある。そこからより良い方法を探すことで結果的に道が繋がっていく。『獺祭』はいくつかあるブランドのうちのひとつでしたが、誕生から30年以上が経ち、売れていく銘柄を押し続けていった結果、『獺祭』だけが残りました。いくつものブランドを展開することは商売上のメリットがあると思いますが、一方でひとつに特化することで習熟できる強みが必ずあります。我が会社は完全に後者のタイプです」

旭酒造会長・桜井博志さん

職人技だけで酒を造る杜氏制度を廃止するなど、時には「慣習」というルールをも打ち破る。

「会長である父と同じように、私が酒造りにおいて最優先するのは、お客様に美味しいお酒を提供することです。日本酒の業界には、古くからのやり方を守ることの延長線上に理想の酒造りがあると思われている節がありますが、我々はあらゆる可能性を試していきたいと考えています。その時代に適したやり方を取り入れることで日本酒の伝統を守り続けたい。『獺祭』には、そんな私たちは想いが込められているのです」

後編に続く


Kazihoro Sakurai
1976年山口県生まれ。早稲田大社会科学部卒。2006年、旭酒造に入社。2010年より取締役副社長として海外マーケティングを担当。2016年9月、代表取締役社長に就任、4代目蔵元となる。


Text=戸叶庸之 Photograph=吉田タカユキ