プロフットボーラー久保裕也「日の丸を背負うということ」BORDERLESS STRIKER 第6回

世代交代が進むサッカー日本代表において、24歳、久保裕也は間違いなくキーパーソンに挙げられるだろう。5年前から単身海を渡り、周囲に日本人がほぼ誰もいないスイス、ベルギーで武者修行を続ける道を自ら選択。なぜ、この男はあえて厳しい環境に身を置くのか。なぜ、この男は国境に捉われることなく成長を求める道を歩むのか。6月に開幕するロシアW杯を前に、苦悩し、進化し続けている若きストライカーが、その知られざる思いを「ゲーテ」だけに綴る連載エッセイ。  


「ワールドカップでゴールを決めることができたら、僕のサッカー人生も大きく変わる」

ワールドカップ、日本代表を初めて意識したのは、2002年日韓ワールドカップのときだった。僕は小学生でようやくサッカーの楽しさが分かりはじめたころ。日本代表の試合を夢中になってテレビ観戦していた。いちばん記憶に残っているのは、1試合目のベルギー戦で鈴木隆行選手がつま先でゴールに押し込んで得点したシーンだ。決して美しいゴールではなかったが、鈴木選手がとてもカッコよく見えたこと、スタジアムがものすごく盛り上がっていたことをよく憶えている。その観客の様子を見て「ワールドカップってすごいんだなあ」ということをぼんやり考えていた。

しかしその後、僕がワールドカップに出たいと思ってサッカーをしていたかといえば、まったくそんなことはない。中学、高校とそれなりの選手だったとは思うが、とても日本代表を目標にできるようなレベルではなかった。遠すぎてその姿すら見えない山は目標になりえない。僕の目の前にはいつも、サッカーが少しでもうまくなる、試合に出る、そしてゴールするという目標があった。日本代表の試合を見ても、どこか他人事というか、自分には関係のない世界のように感じていた。

それは2012年、高校生のとき初めてA代表に呼ばれたときも変わらなかった。試合に出ることはなく、練習に参加しただけだったが、他の選手との実力の違いを目の当たりにして、「もっとうまくなりたい」とは思ったものの「またここに呼ばれたい」とまでは思えなかった。そのくらい僕にとって日本代表もワールドカップも遠い存在だったのだ。

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その後、海外移籍を果たし、3年ほど前からは時々、代表に呼んでもらい、試合にも出るようになったし、予選ではゴールを決めることもできた。自分がそのレベルまで成長できたことは素直にうれしいと思うし、いまでは「代表に選ばれたい。ワールドカップに出たい」という気持ちも持てるようになった。代表チームで練習や試合をすることで他の選手から学べることも多いし、自分に足りないものも見えてくる。

合宿のミーティングのとき、ハリルホジッチ前監督が語った言葉で、より「ワールドカップに出たい」という気持ちは強くなった。

「サッカー選手にとってワールドカップの持つ意味は大きい。ワールドカップで人生最高の経験をする選手もいるし、逆に最悪の経験をする選手もいる。最高の経験をするためには、とにかく本気で戦い、そして勝つしかないんだ」

僕はまだ日本代表として、国の誇りを背負って戦うことの本当の意味を理解できていないかもしれない。もちろんオリンピックやワールドカップの予選の試合に出て、大きなプレッシャーのなかで戦う経験はしてきた。でもワールドカップの本大会は、それとはまったく違う雰囲気のように思える。その舞台で誇りを感じながら戦うことができれば、そしてゴールを決めることができたら、僕のサッカー人生も大きく変わるのではないだろうか。

ワールドカップまであと1ヶ月あまり。自分が代表に選んでもらえるのか、ワールドカップに出場できるかは、まったくわからない。いまは考えすぎても意味がないと思って、なるべく考えないようにしている。どんなに僕が願ったとしても、チームに必要ないと判断されたらそこまでだ。でもワールドカップが僕をどう変えてくれるのか、僕にどんな未来を与えてくれるのか、そんな「ワールドカップの向こう側」は、見てみたい気がする。もし出場できるとしたら、自分の持ちうるすべてを出し切り、サッカー人生をかけるような本気のプレーをする覚悟はある。

第7回に続く


第1回「ハングリーな環境で強くなりたい」

第2回「オフの時間の過ごし方」

第3回「マリ戦、ウクライナ戦を振り返って」

第4回「監督が誰であったとしても」

第5回「春だからこそポジティブに」

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Composition=川上康介

久保裕也
久保裕也
1993年山口県生まれの24歳。京都サンガF.C.のU-18に在籍していた2010、'11年と2種登録でトップチームに登録され、チームに帯同。高校3年だった'11年はJ2で10得点と活躍した。19歳だった2013年6月に単身欧州に渡り、スイス1部スーパーリーグのBSCヤングボーイズに移籍。昨年1月からはベルギー1部、ジュピラー・プロ・リーグのKAAヘントに所属し、移籍後7試合5ゴールの活躍でチームを上位プレーオフ進出に導いた。日本代表は、高校生だった'12年のキリンチャレンジカップでA代表初選出。昨年W杯最終予選では2試合連続ゴールを決めるなど、日本の本選出場に貢献した。
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