俳優・ダンサー森山未来の見据える先 ~滝川クリステル いま、一番気になる仕事~

2013年10月に休業、約1年にわたり、ベルギーやイスラエルに旅へ出たことは記憶に新しい。森山未來は根っからの表現者だ。演劇、ダンスというカテゴライズに縛られない表現者として、新たなステージへとひた進む。苦悩し、自分自身と格闘しながら見据える先にあるものとは──。

シンプルな感覚に従いあるがままの身体で表現する

滝川 俳優としてダンサーとして、身体性と演技力を備えた稀有(けう)な表現者という立場を確立されている森山さん。私も趣味の範囲ですがクラシックバレエやジャズダンスをやってきたので、踊りや身体表現にとても興味があるんです。ダンスは5歳から始められたそうですね。

左:森山未來 右:滝川クリステル「ひとつひとつの質問に丁寧に考え真摯に答えてくれる姿が印象的でした」。トップス¥39,000、スカート¥49,000(ともにleur logette/Bonjour S.A TEL:03-6412-7711)、ピアス スタイリスト私物

森山 もともとミュージカルをやりたかったんです。両親の影響もあるんですが、マイケル・ジャクソンやMGMのハリウッド・ミュージカルに憧れて、シアター系のジャズダンスなどを始めました。例えばフランク・シナトラの曲で踊るような。

滝川 カチッとしたスタイルですね。黒いスーツで......。

森山 そうそう、燕尾服とか着て。徐々に習うダンスの種類が増えていき、中学高校の頃には、ジャズダンス、タップダンス、クラシックバレエ、ストリートダンス、フラメンコと、1週間レッスンでびっしりでしたね。

滝川 5種類も同時に。混乱しませんか。私は高校でクラシックからジャズに転向したんですが、ごっちゃになりそうでなかなか勇気が出ませんでした。

森山 ミュージカルに必要だと思ったことを、ひととおりやっていた感じですかね。でもどれも突き詰めることができない矛盾のようなものも、確かにありました。特に今言ったような、型のハッキリした踊りは絶え間ない身体的訓練が必要ですし、年齢的な限界もあります。そもそも違う国で生まれたダンスを、体型も文化も異なる日本人の自分の身体で踊るということに、違和感も感じるようになっていて。さらに10代半ばからドラマや映画で芝居をさせてもらうようになると、だんだんスケジュール的にレッスンの時間が取れなくなり......。「踊らなあかん」と焦りながら、ブランクが怖くて踊れない。そんなもやもやした時期も4、5年ありました。

滝川 20歳前後の頃ですか。

森山 そうですね。でも2008年、24歳くらいで『RENT』というミュージカルに参加させてもらって、振付師の辻本知彦さんに幅広いスタイルの作品を見せてもらうなかでコンテンポラリーの概念に出合い、葛藤が大きく解消されたんです。

滝川 そんなに一気に?

森山 知るって大事ですね。コンテンポラリーダンスは決まった形があるものではなく、常に新しい表現を模索していくという「概念」から始まっています。そこで踊りに対しての視野がかなり開けて「どんな身体でもアプローチできる」「踊りにこだわらなくても生きていけそうだ」と気が楽になった。そしたら不思議と逆に、ダンスに回帰するような作品のオファーが増えていきました。

煮詰まったら最初に美しいと感じたところに戻る

滝川 無意識に流れを引き寄せていたのかもしれないですね。

森山 特に2012年にシディ・ラルビ・シェルカウイの振付作品『テヅカ TeZukA』に参加したことは、かなり大きな転機になりました。ラルビはダンサー個人から生まれる熱量のようなものをリスペクトしているから、自分から提案していかなければいけない。それまで与えられた振りを受けるだけだった僕は、最初はほとんど何も提案できなかった記憶があります。

滝川 ご自身のなかでは、どんな変化があったんでしょうか。

森山 自分の身体に対して、抵抗がなくなったというか。ちょっと抽象的な話になっちゃうんですけど、言葉と身体の関係性も、より有機的につながるようになった気がします。

滝川 ラルビさんとの出会いは本当に大きかったんですね。

森山 彼は意識的に効率よく作品作りをするので、それも勉強になりました。例えば連続する動きを考えている時、煮詰まることってあるじゃないですか。そこでラルビは立ち止まらないんです。潔く最初に戻って、違う道を探す。

滝川 最初に戻すんですか。

森山 そう、バサッと行くんです。悩んでひねり出したものの美しさもあると思うし、脱線の面白さももちろんあるんですが。でも煮詰まったということは、最初に美しいと感じたものから違うところに行こうとしている。だから、最初に戻る。そういうシンプルな感覚は結構、自分にもあるかもしれません。

滝川 同じ頃に『モテキ』や『苦役列車』と話題作に出演なさって、賞もたくさん受賞されて。

森山 そうですね。その2、3年は映像界隈でも、自分的にかなり面白いことができたと思っています。それで変な言い方ですけど、ちょっと満足しちゃったような部分もあって。切り口を変えないと、自分が楽しめなくなると思ったし、もう一度純粋にダンスに向き合おうと考えて、20代最後の1年間、海外に活動の場を移すことにしました。

演技とダンス、どちらが目指す方向に近いのか

滝川 大ヒット作が続いて国内でのオファーも多かったと思うのですが、思い切りましたね。

森山 僕はたぶん、飽きっぽいんですよ。でもそれでイスラエルに行って、改めて日本の特殊性のようなものを実感できたこともよかったです。クリステルさんは、基本的にはずっと日本ですか?

滝川 ほぼ日本です。森山さんは神戸ご出身ですよね。私も3歳でパリから戻ってきて、10年くらい神戸に住んでいたんですよ。北野町の異人館のあたり。

森山 あら。僕も一時期、北野に住んでましたよ。インド人が運営しているマンションでした。

滝川 国の違いにあまり垣根がない土地柄でしたよね。神戸出身ってそういう共通感覚があるようにも思うんですけど。1年の海外生活で、どんなふうに日本を捉え直したんですか?

森山 踊りでいうと、集団で動く強さはありますよね。我を出さない。日本の芸能のベースには、演者が器になって何かをおろしてくる感覚があると思うんです。能のような伝統芸能も、現代的なものも。個を隠すからこそ、集団のうねりのようなものも出せる。でも西洋の演者は、決して空の器にはなりません。僕の勝手な印象かもしれないけれど、実存主義的というか、我の強さ、個の立ち方がハッキリしている。だから「同じ動きをして」と指示されても揃わないし、揃わない面白さも彼らは理解しているんです。

滝川 現時点では、どちらが目指す方向に近いのでしょうか。

森山 決められないですね、行ったり来たりで。ただ結局のところ、個人が育ってきた環境や現在の生活、そのすべてが、意識するしないにかかわらず、表に出るものなんだろうとは考えるようになりました。存在自体が立ち方に直結するのであれば、いかに自分の立ち方を変えることなく、どこにでも立てるようになるか。つまり自分自身が面白い人間になるしかない。仕事として考えると、いろんなものを見たり遊んだり、24時間の全部が経費で落ちる感覚ですね(笑)。

滝川 経験がすべて糧になるのですね。表現として特に注目している分野はありますか?

森山 今引っ張られている感じがあるのは、舞踏です。日本から生まれた踊りなのに、国内よりも海外での評価のほうが高いけど。

滝川 確かにフランスにいると、舞踏についてよく聞かれます。

森山 専門の研究家もたくさんいますよね。イスラエルでもそうだったんですよ。舞踏ってすごく精神的な世界だけれど、ごく基本の型はあって。それはやはり日本の生活様式から生まれているように思うんです。どんな踊りの背景にも、風土に合った身体や美意識が必ずあるはず。そういう根底に流れるものに自覚的に触れて、自分の身体に入れていければと考えたりはしていますね。


Mirai Moriyama
1984年兵庫県出身。15歳の時に舞台で本格デビュー。以降『世界の中心で愛を叫ぶ』『モテキ』『苦役列車』等の話題作に出演。2013年10月から1年、文化庁任命の文化交流使として主にイスラエルのダンスカンパニーで活動。
http://www.miraimoriyama.com/

Text=藤崎美穂  Photograph=伊藤彰紀(aosora) Styling=吉永 希  Hair & Make-up=野田智子、須賀元子(森山氏)

*本記事の内容は17年10月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)

滝川クリステル
滝川クリステル
Christel Takigawa 1977年フランス生まれ。WWFジャパン 顧問。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問。一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表。現在、『教えてもらう前と後』(TBS系)でMCを務める。2018年、2度目となるフランス国家功労勲章「シュヴァリエ」を受章。インスタグラム:@christeltakigawa
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