【連載】男の業の物語 第七回『秘めたる友情』


最近あることで今は亡きかつての天才的経営者、リクルートの創業者江副浩正氏のお嬢さんと知り合った。そして思いも掛けぬことを彼女の口から直に伝えられ感動させられた。

江副氏は面識も無かったこの私のことを何故か強く敬愛してくれていて氏の書斎には私の著書の全てが納められていたという。

それどころか氏は私の住む湘南の逗子にわざわざ東京から居を移し、入り江の向かいの山の中腹にある私の家の見えるところに新居を建てて住まわれていたそうな。

それは東京の六本木に近い東洋英和に通っていたお嬢さんにすれば大迷惑な話で、今まで東京の実家から半時間で通っていた学校にはるばる逗子から二時間近くかけての通学となったそうな。彼女にしてみれば父親の人間道楽は大迷惑だったに違いない。

それにしても私が参議院から衆議院に転じて東京の選挙区を選んで東京に移居するまでの間、同じ逗子の町にいながら江副氏から声を掛けられたことはないし出会ったこともなかった。

いずれにせよ氏の私に対する思惑は一方的なもので、同じ小さな町に住みながら駅なり買い物に出た町中ですれちがったこともあろうが氏から声を掛けられるということなどありはしなかった。もしもそんな機会があったとしたならば二人の間に持たれたに違いない会話を想像すると胸の弾む思いがするのだが。

しかし直接出会うことのなかった私たちだが、間接に彼の並々ならぬ友情を感じさせられたことはあった。ある年の冬に思い立ちリクルートが経営するスキー場にあまりスキーの得意でない家内とでかけたことがある。

そして行った先のスキー場で私とたどたどしい家内が滑るルートをラッセル車が先導してコースをならして、家内にしてなおスムースかつ安全に滑りおおせることができたものだった。

そうした格段の差配に支配人に感謝したら本社から十分に気づかうようにとのことだった。それでもなおまだ私は迂闊にスキー場のオーナーたる江副氏について意識することがなかった。

私が江副氏の私に対する、敬愛の故だろう並々ならぬ友情について自覚したのは、はるか後日彼のお嬢さんに出会い彼の私に対する敬愛の情について縷々知らされてからのことだった。

ちなみに彼は私と直に出会い語り合うこともなく、私の全く知らぬ時と知らぬ所で急逝していたのだった。お嬢さんの話だと、旅先から戻った東京駅で転倒し頭を強く打っての急逝だったそうな。そのことをお嬢さんから直に聞かされた時、私に対してそれほど格段の友情を抱いてくれていた彼が、直に出会って名乗り合いもせずみまかってしまったことの意味合いを私なりの感慨で思い当て、いわばいまだ見知らぬ真の友人の秘めたる友情に思い当たり胸が熱くなった。

『そうか、そうだったからなのか』

私は思い当たり直にまみえることのなかった真の友人に感謝していたものだった。

それはかつて世間をさわがせ日本の政界を震撼させたリクルート事件についてのことだった。新興の企業リクルートの株式が公開されるという予測で、事前にそれを分け持って公開の際に高値で売って大儲けしようと企む政治家たちがリクルートに食いつき暴利を得ようとして暗躍し、それが発覚しての大スキャンダルとなった。時の総理大臣までがからみつき、それをかばおうとした優秀な官房長官までが失脚したものだった。

私のよく知るそろそろ大臣適齢期の男があまり人のなりたがらない労働大臣をしきりに希望する理由がわからずに質したら、労働問題に関わり深いリクルートにこの際食い込む所存だとぬけぬけ吐露していたものだ。

そして思い返してみれば中川一郎が怪死した後派閥を引き受け金に苦労していた私に、私に対してそれまでの心情を抱いてくれていたという江副氏から公開前の株についての何の持ち掛けもありはしなかった。持ち掛けられればいやしく飛び付いて私も政界の醜聞に名をつらねていたに違いない。

しかしあの一連の金に関する騒動の中で他の政治家たちには持ち掛け、彼等に恩を著させる姑息な作業にこの私だけには呼びかけることがなかったという事実の重さは、彼の私に対する、繰り返すのも面映ゆいが『敬愛』という友情がまぎれもない本物だった証しに他なるまい。

人生は他者との出会いによって形づくられていくが、出会いの功罪は多々ありはする。しかしすれ違いも人生の深い味わいに違いない。それにしても江副氏と私の目には見えぬ関わりはその最たるものであり、江副氏との一方的な関わりは私にとってはいくら惜しんでも余りあるものがある。

私に対して秘めたる友情を持ち続けてくれたあの天才と、せめて一夜でも酒をくみかわして話し合ってみたかったものだ。

第八回に続く
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石原慎太郎
石原慎太郎
Shintaro Ishihara 1932年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」により第一回文學界新人賞を、翌年芥川賞を受賞。ミリオンセラーとなった『弟』や2016年の年間ベストセラー総合第一位に輝いた『天才』、『法華経を生きる』『老いてこそ人生』『子供あっての親-息子と私たち-』など著書多数。
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