宇宙飛行士になれなかった高松 聡がロシア「星の街」で見出した新たな夢とは?

宇宙飛行士を目指した写真家・アーティストの高松 聡が初の個展を表参道のSPACE FILMS GALLERYで開催中。その名も「FAILURE」。「失敗」というタイトルをつけた理由とは――。

一般人は足を踏み入れられない「星の街」とは?

大人を童心に返らせたり、逆に、少年を大人へと成長させたり……。

宇宙という壮大な存在は、人を自在に操る力がある。

クリエイティブ・ディレクターとして広く知られる高松 聡もまた、宇宙に憧れ、挑み、翻弄されてきたひとりだ。

その高松が、宇宙と深く関わってきた軌跡として、このたび個展「FAILURE」を開く運びとなった。

表現者として初めて迎えた個展という晴れの舞台である。しかしながら、展名に「Failure=失敗」などという言葉を掲げるとは。少々奇異に思えるが、それは高松の座右の銘「Failure is not an option」からとったもの。失敗という選択肢はない、といった意になるこのフレーズは、あのアポロ13にまつわる言葉として広く知られているものだ。

個展会場には膨大な写真作品が展示されており、その被写体はロシアにおける宇宙開発の拠点「星の街」の光景。ここに滞在して宇宙とのより濃密な関わりを目指していた高松は、ある大きな「失敗」に直面してしまう。それが作品制作の動機となっており、タイトルも「FAILURE」となったのである。

そこにはどんな経緯と想いがあったのか。そして、一般人は足を踏み入れることもままならない「星の街」の写真展を、高松聡はいかにして実現させたのだろうか――。

高松聡の半生はずっと「宇宙」の二文字とともにあった

NASAの有人宇宙船「アポロ11号」が月面に着陸したのは、6歳のときだった。

テレビ中継された一部始終を観て、興奮した。以来、夢を訊かれれば「宇宙飛行士になる!」と応えるようになった。

筑波大学に通っていたころ、JAXAの宇宙飛行士募集が告知された。すぐに応募要項を取り寄せるも、裸眼視力が条件を満たさず、涙を呑むことに。

心機一転、広告業界へ飛び込んだ。大手広告代理店の電通で仕事に打ち込み、トップクリエイターとして名を馳せ、カンヌ金賞など数多くの国内外の広告賞も受賞した。しかし、宇宙への想いが褪せることはなかった。

その熱い想いと知見を活かし、万難を乗り越えて世界初の宇宙空間ロケを敢行。大塚製薬ポカリスエット「宇宙CM」を制作した。日清カップヌードル「NO BORDER」「FREEDOM」でも宇宙をテーマにしたシリーズを手がけ、大きな反響を得た。

仕事を通じて、宇宙との関係は深めることができた。しかし、充実感はあったが、どこか不完全燃焼な気分も残った。やはり自分が宇宙に行きたい……、そんな気持ちが募るのだ。

そこで、決意した。2015年から、民間人では日本初となるISS(国際宇宙ステーション)滞在を前提とした宇宙飛行士訓練を、ロシアの宇宙飛行士訓練センター「星の街」で受けることにしたのである。

英国の歌手サラ・ブライトマンのバックアップクルーとして、8ヵ月間・800時間の訓練に挑むことになった。日本を代表するクリエイターとしてそれまで稼いだ貯えは、宇宙へ向かう燃料に消えたのである。

座学、実技、体力トレーニングなど毎日8時間に及ぶプログラムに加えて、繰り返される試験への予習復習……。「星の街」での日々は濃密だった。高松は当時をこう振り返る。

「その頃、僕は52歳。心身ともになかなか過酷でした。サバイバル訓練から同乗者とのチームワークづくりまで、本当に幅広いことに次々とチャレンジしていかなければならなかったので。

思いのほか大変だったのは記憶科目でした。宇宙船ソユーズ内に付いている、ありとあらゆるスイッチの意味と使用法、使用手順を覚えなければなりません。酸素タンクはどこにあってどう動かし、それが動かないときはバックアップがどこにあるか。はてはエアコンが故障した場合はどうするか、トイレのタンク交換の方法も……。ありとあらゆることを頭に叩き込んでいきます。スイッチについている単語はもちろん、講義やテキストは、当然ロシア語です。

それでも、この歳になっても日々初めての経験ができたり、自分を極限まで追い込む体験は新鮮でした。まだここまでできるんだ……、と知れたのはうれしくもありましたね」

宇宙への夢を少しずつ具現化していく毎日は、労多しといえども充実していた。

ところが、である。ある日を境に状況は一変してしまう。

バックアップクルーという身分と立場が、何の前触れもなく失われてしまうこととなってしまったのである……。

どんなプロジェクトにもトラブルはつきもの。とはいえ、高松 聡の「宇宙への路」に巻き起こったのは、あまりに想定外の出来事だった。

ある日突然、サラ・ブライトマンが自身の訓練離脱と飛行辞退を申し出たのだ。

メインクルーが訓練途中で抜けてしまうとは、前代未聞の事態。影響は、高松の身にも降りかかる。「バックアップする相手がいなくなったのだから」との理由で、クルーから外されてしまうこととなった。

まさに不可抗力。思うところはさまざまあったが、高松は交渉の末、最後まで訓練を続けさせてもらえることになった。

8ヵ月の全課程を終え、すべての試験を好成績でパスし、めでたく卒業証書を手にすることができた。

ただし証書には、宇宙飛行士に認定するという文言は書かれていなかった。バックアップクルーという立場を失ったゆえだ。

「一連の出来事はショックでした。宇宙飛行士になるという小さい頃からの夢が挫折してしまったわけですから。でもこの不測の事態は、自分の本当にやりたいことは何だったのか。考え直すきっかけを与えてくれることにもなりました」

夢は絶たれ、大きな失敗を経験することとなった。だが高松は、挫折の時をただ事態を嘆くだけで過ごしたわけではない。失った夢の代わりとなる、新しい夢を見出すことに繋げたのである。

それはどんなものか。地球に居ながらにして、宇宙にいるのにほぼ等しいビジュアル体験を提供しようというプロジェクトだ。

星の街で多くの宇宙飛行士と接する中で、高松はひとつの気づきを得ていた。彼らの話しぶりからして、「宇宙から地球を見ること」は、誰にとっても巨大なインパクトを与えると確信したのだ。ならば、その視覚体験を地上で何とか再現できないものか……。実現すれば、たくさんの人の意識変容を促せることになるはず。

自分ひとりが宇宙へ行くというのは、あくまでも個人の夢であり、自身の喜びに留まってしまう。だが、地球上で宇宙的視覚を体験するしくみをつくり出せるとしたら、その実現は多くの人が共有する夢となる。時代や社会を根本から変える力にもなり得る。そう考えたのだった。

現状、宇宙から発信されている情報は、かなり限られたものだ。宇宙に持ち出されている映像・写真装置は最新最良のものとは言い難い。それで、宇宙船やISS(国際宇宙ステーション)で撮られた映像や写真はきれいで感動はするものの、ひと目で人生観が変わるほどのものとはなっていない。ひとえに、本気で視覚体験再現を志していないゆえ。

「具体的には映像で24K、写真だと6億画素くらいで宇宙からの光景を撮影して、それを数十メートル単位の巨大スクリーンで視聴したら、きっと人の意識は変わります。これなら誰もが観たい・体験したいものになる。『宇宙飛行士になりたい!』というシンプルで、少年時代から変わらなかった夢はいったん潰(つい)えたものの、生涯をかけて追求できるクリアな夢を新たに得られたのは幸いでした。皆と共有できる宇宙の夢の実現に、これからは邁進していきたい」

今回の初個展で展観できる写真群は、高松がロシア・星の街で訓練に励んでいた際に撮られたもの。

夢を追い、失い、再発見した思い出の土地の様子が、克明に写真に収めてある。

これは新たなミッションに賭ける表現者の第一歩にして、再始動宣言のようなもの。宇宙に関わるすべての事物に注がれる、高松 聡のどこまでも澄んだ視線。それを清々しい写真群から感じ取りたい。

Satoshi Takamatsu
1963年栃木県生まれ。’86年筑波大学基礎工学類を卒業後、電通入社。営業として10年以上勤務した後、2002年にクリエイティブ局へ。05年電通を退社し、クリエイティブエージェンシーground、宇宙映像制作会社SPACE FILMSを設立。主な作品に、スカイパーフェクTV!、アディダス、、日清カップヌードル「NO BORDER」「FREEDOM」など。大塚製薬ポカリスエット「宇宙CM」で世界初となる宇宙ステーションでのCM撮影を敢行した。

FAILURE
会期:9月27日(日)まで
時間:11:00~19:00
会場:SPACE FILMS GALLERY
住所:東京都港区北青山3-5-6 青朋ビル 2F
TEL:03-6434-9029
休み:月曜
http://spacefilms.jp/

Text=山内宏泰 Photograph=高松 聡