なぜ永井謙佑は、また日本サッカーのスターダムに戻れたのか?【FC東京躍進の理由①】

現在、Jリーグで優勝争いをしているFC東京。史上最高の観客動員数も記録するなど、ここ数年で激に進化し続けているのはなぜか。その鍵を握り、FC東京を支える各分野のプロフェッショナル6人にインタビューを行い、躍進の秘密を解き明かしていく。一人目は現場代表として、永井謙佑選手が登場。


優勝するためにFC東京への移籍を決意!

永井謙佑がFC東京に加入したのは、2017年、まもなく28歳の誕生日を迎える頃だった。

「シンプルに、優勝したかったんです。年齢を考えればフルに動ける時間にも限りがあるし、そういうことも考えながら。FC東京はJ1で優勝できるチームだと思っていたし、いい選手もそろっていました。やっぱり、魅力しかないですよ。首都・東京にあるクラブで、東京駅からどこへでも行けるし、飛行機も飛んでいるし、だから移動がめちゃくちゃラクで(笑)」

加入3年目の2019シーズン。年齢はいよいよ30代に突入したが、ピッチを離れればいつもニコニコと、時折ぼーっとしている(ように見える)"天然キャラ"は若い頃から変わらない。いやむしろ、そこに十分なキャリアが積み重なった今となっては、独特のマイペースさがトップアスリートとしての“余裕”にさえ映る。今から7、8年前、「50m5秒台のスピードスター」の触れ込みでブレイクした永井だが、今はなんとなく、あの頃とは雰囲気が違う。

もちろん国内最速レベルのスピードに陰りはなく、すなわち今が、円熟期の真っただ中だ。優勝争いを演じるFC東京では不動の2トップの一角を担い、全34試合中30試合を消化した時点で29試合に出場。チーム内2位の9得点。今年6月には4年ぶりに日本代表に招集された。

「『また日本代表に』という強い気持ちは、実はあまりなかったんです。今のチームには若い選手がたくさんいるから、まさか自分が選ばれるなんて思っていなかった」

では、なぜ、永井はまた日本サッカーのスターダムに戻ることができたのか。その背景に、FC東京の快進撃があることは間違いない。

長谷川スタイルの鉄則は、永井自身の成長も促した

長谷川健太監督が就任した2018シーズン。その練習初日のことを、永井ははっきりと覚えている。

「一発目から、マジで怖かったですよ。練習を何度も止めて、『なんでもっと寄せないんだ!』って。ベテランも若手も、全員怒られました。でも、それを繰り返していくうちに覚えるんです。いいことと悪いことのラインを。相手に対してはここまで寄せる。守備の時はここまで絞る。その“ここ”というラインが大事で、今となっては自分たちで『ヤバい』と気づけるようになりましたから。健太さんに指摘される前に、自分たちで修正できる」

1年目の2018シーズンは6位。後半戦の失速が悔やまれたが、それでも前2017シーズンの13位と比較すれば大きなジャンプアップだった。2年目の今シーズンは前半戦から首位に立ち、終盤戦を迎えた今も優勝争いを演じている。急成長の原動力となっている"長谷川スタイル"について、永井はこんな言葉で説明した。

「まずは、シンプルに戦うこと。それから、みんなが本気でチームプレーに徹すること。それができないと試合で使ってもらえないから、いつの間にかそれがチーム全体にとっての"当たり前のこと"になるんです。そうなると、誰が出場しても同じサッカーができるようになりますよね。健太さんが来てから、みんなの集中力が1段階上がった気がします。FC東京って、ポテンシャルがあるのにどこか暗い若手が多かったんですよ。でも、最近はみんなギラギラしている。それが嬉しい」

堅守を特長の一つとするスタイルにおいて、相手ボールの際に仕掛ける"前線からのプレス"はチームの生命線だ。永井のスピードは、攻撃よりむしろ守備に生かされていると見ることもできる。

「"相手に寄せること"は健太さんのサッカーにおいてすごく大事な要素です。FWである僕たちの仕事は、相手がイヤがる間合いまで入っていって、ミスを誘うこと。僕はその先頭にいるから目立つんだと思いますけど、僕が寄せて、それだけでボールを奪えることなんてない。だから、大事なのは“後ろ”なんですよ。後ろの選手たちが僕の動きにちゃんと反応してくれるから、相手を追い込んで、ボールを奪ってチャンスを作れる」

戦うこと。それから、チームプレーに徹すること。長谷川スタイルのそうした鉄則は、30歳を迎えた永井自身の成長も促している。今になって振り返れば、FC東京に加入する前の永井は、サッカー選手として少し中途半端な状態にあった。

「小さい頃からずっとサッカーをやってきて、オリンピックに出たいという気持ちがかなり強かったんですよね。それを2012年のロンドン大会で実現して、その後についての明確なビジョンを持てなかった。振り返ると、思うところはあります。“オリンピック以後”の時間の使い方は、ちょっともったいなかったなって」

ロンドン五輪でベスト4進出の立役者になった永井は、2013年1月にベルギーのリエージュ、同年8月に名古屋グランパスへと移籍を繰り返した。しかし大きな期待とは裏腹に結果を残すことはできず、次第に日本代表からも遠のいていった。

「アルベルト・ザッケローニさんが監督をやっていた頃の日本代表って、ポゼッションスタイルだったじゃないですか。だから、自分がそこに呼ばれるイメージが沸かなかったし、正直に言えば、目標にもならなかったんです。自分のプレースタイルや能力は自分が一番よくわかっているから、『俺じゃないな』って」

でも今は、日の丸を背負って戦うことの面白さを肌で感じている。

「すごく楽しいですよ。だから、できれば続けたい。でも、正直に言えば、『しがみつきたい』とか、『何としても代表に』という思いをモチベーションとしているわけじゃないんです。ただ一生懸命に、淡々とやって、あとは結果として選ばれるかどうか。そもそも、自分の場合は個人的にめちゃくちゃ点を取っているわけでもアシストしているわけでもないから、チームのこの成績があってこそなんですよね。“FC東京にいる今の自分”だから呼んでもらえているわけで、そうじゃなければたぶん呼ばれない。だから、チームとして今の位置をキープできるように頑張らないと」

ちょっと謙虚すぎでは? そう伝えると、永井はニヤリと表情を崩した。

「めちゃくちゃ言われます。『もっと貪欲になれ』って。そりゃあ、たまにはそうなる時もあるけど、結局、誰かが点を取る時は誰かが汚れ役をやってくれているわけですからね。周りがやってくれているから、自分もやる。それに、さっきも言ったとおり、自分のことは自分が一番よくわかっていますから。シュートのパンチ力とか正確性とかを考えると、『この角度は俺じゃムリ』と思うことのほうが多い(笑)。だから、わざとGKが弾くようなコースにシュートを打つんです。そのこぼれ球を、たぶん誰かが決めてくれる。もともとそういうタイプ? たぶん、そう……いや、どうですかね?(笑)」

Jリーグは残りもう数試合。いよいよ優勝争いが決着する。

「長いアウェイゲームのロードがあって、やっとホームに戻ってこられる。もしその時に優勝争いをしているなら、たぶん優勝できると思いますよ。8試合も連続でアウェイゲームを戦うと、気づくんです。ホームゲームでファン・サポーターのみなさんからもらえるパワーが、いかにデカいかってことに」

②に続く

Kensuke Nagai
1989年広島県生まれ。Jリーグ・FC東京所属のフォワード。 U-19アジア選手権にて、大会得点王。 ユニバーシアード・ベオグラード大会にて、大会得点王。ロンドン五輪で、ベスト4進出に貢献。日本代表、国際Aマッチ 10試合、3得点(2019年10月末時点)


Text=細江克弥 Photograph=鈴木規仁