建築家 隈研吾×westbank イアン・ガレスピー 新国立とともに、力を入れている仕事に密着! 挑戦意欲を掻き立ててくれる街、バンクーバーだ

開幕まで3年余りとなった2020年東京オリンピック・パラリンピック。そのメインスタジアムとなる新国立競技場の設計を担当し、今、世界で最も注目を集める建築家が隈研吾氏だ。ハワイでの出合いからバンクーバーでの大規模なプロジェクトなどwestbank 設立者イアン・ガレスピー氏との関係に迫る。

 小学4年生の時に、前回の東京オリンピックで水泳競技が開催された代々木競技場を目の当たりにして「建築家になりたい」と思ったという隈氏。それだけに、新国立競技場建設にかける思いは強い。

「競技場は、僕の事務所のすぐ近くなんです。故ザハ・ハディドの設計案を見た時、正直、彼女は競技場が造られる場所のことをよく知らないんだろうなと感じました。あの威圧的な建物は、外苑前という場所に似合いません。結果、設計の見直しになり、ご縁あって僕が引き受けることになった。あの場所にふさわしい、親しみに満ちた公園のようなスタジアムを造りたいと思いました」

ウェストバンクは1992年創業。バンクーバーに本社を構える。オフィスやレジデンスを中心に不動産開発を手がけ、アメリカ、カナダのほか、日本、中国などアジアにも進出。 写真はウェストバンクのオフィス。アート作品が飾られたギャラリーのような空間で、ふたりはアイデアを練り上げる。ガレスピー氏に寄り添うのは、社員の愛犬のニーナ。

仕事を受けるかどうかは「人」と会って決める

 競技場建設のために書いた設計図は約4000枚。試行錯誤を繰り返し、スタジアムの最上部に誰もが自由に入れる1周850mの回遊路を設置するなど、斬新でいて、親密さに溢(あふ)れる工夫を盛り込んだ。

 19年11月の新国立競技場完成に向けて多忙な日々を送る隈氏だが、抱えている仕事はこれひとつだけではない。隈氏の元には、世界中から仕事のオファーがひっきりなしに届く。仕事を引き受けるか、断るか、その判断の決め手になるのは「人」と「場所」だという。

「最近はコンドミニアム設計のオファーが目立ちます。世界中の不動産がコンドミニアムを建て、それに建築家の名前をつけて高く売る。そんなオファーのメールが山のように送られてきます。けれど、利益優先タイプの人と仕事をしても、面白いものはできません」

 隈氏が理想とするディベロッパー像は、「最高のアーバンプランナー」。建物を商品として売ることが目的ではなく、人々の生活のプランニングを優先するような人物。そんな人と、最高の仕事をしたい──。

 隈氏が、北米を代表するディベロッパーであるウェストバンク社設立者のイアン・ガレスピー氏と出会ったのは、ハワイで進行中だったプロジェクトがきっかけ。ガレスピー氏から「設計をお願いできないか」という手紙を受け取った隈氏は、即座にハワイに出向き、ガレスピー氏という人物像をその目で見た。

「ディベロッパーらしくない人だなというのが、イアンに対する第一印象。発注者と受注者という間柄ではなく、話し合いを重ね、一緒に何かをつくり上げていこうとするスタンスが気に入りました。今もそうですが、彼はディベロッパーではなく、一緒にコラボレーションするアーティストだと感じています」

バンクーバーを変貌させる、 ウェストバンクの仕事。/隈氏が設計を手がけた高層レジデンス「Alberni by Kengo Kuma」。大胆な曲線を取り入れたフォルムが美しい。

 結局、ハワイでのプロジェクトは実現にはいたらなかったが、その後もふたりの交流は続いた。そして、ガレスピー氏から、バンクーバーでの大規模なプロジェクトのオファーが届いた。

「まずはバンクーバーという都市に、強い興味を持ちましたね。というのも、近年までアメリカやカナダの都市はモータリゼーションに支配されていた。それが今、意識が変わりつつある。クルマを捨てて、歩いて楽しい街を造ろうと、多くのディベロッパーが21世紀型の都市計画に乗り出しています。バンクーバーという都市は、大都会に暮らしながらも海に面し、自然豊かな山岳地帯に近く、スキーをはじめとしたスポーツも楽しめる。21世紀の理想の都市像を実現できるのではないかと期待しているんですよ」

 ガレスピー氏と隈氏はバンクーバーにて、多彩なプロジェクトを進めている。オフィスビルやレジデンス、ミュージックホール、レストランのほか、ウェストバンクの本社1階に位置する"スタバ"を世界中のどこにもないデザインにするという。「スターバックスの本社がびっくりするくらい、実験的なデザインなんですよ。カーボンファイバーという素材を前面に押し出し、誰も見たことがないスタバを造り上げます」

1903年建造の「ウッドワーズ」は、長らく廃墟と化していた所をウェストバンクがホームレスのシェルター、大学のキャンパス、保育園、スーパーマーケットなどを作り、一帯地域を再開発により蘇らせた。

日本人建築家の優れたインティメートな空間造り

 2020年冬に完成予定のラグジュアリー高層レジデンス「Alberni by Kengo Kuma」も隈氏が設計を担当。緩やかな曲線を描いた40階建てのタワーには188戸の住居に加え、商業施設やレストランが入居予定だ。

「このタワーでは、今までやったことのない挑戦をたくさん試みます。例えば、フロアごとに異なる床の形。高層ビル建築には基準階という考え方があって、通常の高層建築物では3階以上は同じ形のフロアを積み上げていくのが常識です。でも、今回はその慣例を打ち破ります」

 建物の設計では、現地の法律や環境、コストなどによって、思わぬ制約がかかることがある。今回のレジデンスでも、調整が必要な箇所が発生した。

今年初め、ウェストバンクのオフィスビルの19階に、隈氏設計の茶室が完成した。ウェストバンクとの共同プロジェクトの象徴ともいえる存在で、今後はミーティングなどに活用されるという。

「本当は、バルコニーの天井に木材を使いたかったんですよ。でも、メンテナンス面の制約により、実現は難しくなった。そこで、木材に替わる素材を探し、アルミに木目の模様を直接プリントする技術に出合いました。もう、本物の木材と見紛うほどの精度です。建築に何かしらの制約はつき物。そんな時、その制約をうらめしく思うのではなく、逆にアイデアが磨かれたというふうに捉えたいなと、常に心がけているんです」

 現在の隈氏の仕事は、海外が6割、日本国内が4割。世界各都市を転々と移動する日々を送り、移動による機内泊は年間200泊になることもあるという。だが、そんな毎日を、隈氏は「楽しい」と話す。

ウェストバンクが主導で、ジャパン・アンレイヤードを開催した/ウェストバンクと隈氏が率いる"KKAA"が、日本の建築、デザイン、カルチャーを紹介する展覧会「ジャパン・アンレイヤード」を、バンクーバーのラグジュアリーホテル「フェアモント・パシフィック・リム」にて開催。ホテルのエントランスには、隈氏が設計した「浮かぶ茶室」

「海外での仕事は、本当に楽しいですよ。日本は、他人の目がいろいろとうるさいですからね(笑)。それに海外のディベロッパーは、日本人建築家へのリスペクトがとても高い。特にイアンは、僕のアイデアを深く理解し、尊重してくれます。僕が考える日本人建築家の特徴は、インティメートで優しい空間造りに長けていること。もともと日本は土地が狭く、資源も乏しい国。だから、日本人建築家は素材選びやディテールへのこだわりによって、小さい空間をリッチな場所に生まれ変わらせる努力を積んできました。その努力が、今、高く評価されていると感じますね」

 常に新しいことに挑み続ける隈氏の原動力とは何だろうか。

「知らない人に会うことですね。僕とまったく違う体験をしている人と話をしたり、一緒に仕事できたりすることが、すごく幸せです。バンクーバーでの挑戦も、僕とイアンのアイデアを融合させ、面白いものを生み出していきたいです」

右:Kengo Kuma
1954年横浜市生まれ。79年東京大学大学院工学部建築学科修了。木材を巧みに使うデザインが高い評価を集め、日本建築学会賞受賞(97年)、アメリカ建築家協会ベネディクタス賞(同年)など、数々の賞を受賞。新国立競技場の設計でも話題に。

左:Ian Gillespie
1961年生まれ。92年に、不動産開発事業を行うウェストバンクを設立し、オフィス、レジデンス、ホテル、大規模複合施設など、さまざまな分野の物件を手がける。アジアにも進出し、東京、香港、上海、シンガポールなどにオフィスを設置。

Text=川岸 徹 Photograph=GION

*本記事の内容は17年2月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。 14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)