パティシエ 小山 進 路地裏のゴジラ!? Rozillaがオープン!ワクワクしなけりゃ 仕事じゃない!

兵庫県の住宅地、新三田にある「エスコヤマ」には、名物小山ロールを求めて、数多くの人が集う。2月4日、この地にチョコレートの新店がオープンした。パティシエの小山進と左官職人の久住有生そして建築・インテリアデザイナー橋本夕紀夫、3人の「24時間仕事バカ!」が力を結集し、作り上げたお店には男のロマンが凝縮されていた。

走り続ける決意の証がショコラトリーだった

 2013年1月、兵庫県三田市のホテルで、「パティシエ エス コヤマ」の新年会が開かれた。その会の冒頭で、従業員や関係者およそ300人を前に、小山進は1通のメールを読み上げる。2011年に小山と同じ京都府出身の世界的指揮者・佐渡裕から小山宛に送られたものだ。
 このメールは小山がパリで開かれた「サロン・デュ・ショコラ」で、最高位の「5タブレット+☆」という参加者250名のうち12名だけに与えられる栄誉ある賞を、初参加の日本人として初めて受賞した直後に届いたものである。
「ほんとうにすごい受賞、おめでとうございます。お互い、自分でいうのもなんですが、勉強をやり続ける努力を世の中から求められる人生になりました。しかし、常に世界最高峰を求め続けられるということは、どれだけ光栄なことでしょう。疲れた時は一緒に一杯のみましょう。トップを走る者だけが語れるものがあると思います。ほんとうにめでたい。ブラボー」
 受賞後、いの一番に届いたのが、このメッセージだったのだ。新年会での小山の話は続く。

完成!2013年2月4日、立春の日にオープンしたショコラトリー「Rozilla」。土や石、樹木などが調和した秘密基地のような建物だ。

 「僕は、このメールをいただいた時に、新しいチョコレートの店を作ろうと決意したんです。それも、今まで誰も見たことのないものを作らなければいけない。どんなことも、おおよそうまくやれる年齢にはなりました。けれど、努力しなくっちゃ前に進めない。次のステージに行こう、ずっと走り続けようと覚悟を決めたんです」

 京都・油小路五条という街中に生まれた小山は、幼い頃の自分のことを「はみ出し者だった」と評する。小学校から高校卒業まで、常に言われたのは「落ち着きがない」ということ。だが、そんな小山を、専門学校卒業後に入った神戸の「スイス菓子ハイジ」の前田昌宏社長はすぐに受け入れ、「今のままでええ、その代わり徹底的に得意技を磨け! 圧倒的に、人に何も言わさないくらいがんばれ」と諭し、子供のようにかわいがってくれた。小山は、この励ましに応えるべく、目の前の仕事に没頭し、人とは違う個性を発揮して認められ、本店のシェフパティシエ、商品開発部長など要職につき、走り続けた。当時から、小山のスタンダードは、「どんなことも普通の人が1やるなら、その倍をやること」だった。
「絶対にNOとは言わなかった。どんな仕事も楽しんだ者勝ちだと思っていました」

エスコヤマを一躍有名にした“小山ロール”/ロールケーキブームの火付け役ともいわれる「小山ロール」は、1日1600本も売れるという大ヒット商品。試作を続けること3年、小山はいっさい妥協のないロールケーキをつくり上げたのだった。

大人が本気で楽しむ場所「Rozilla」の誕生

 2011年のサロン・デュ・ショコラでの受賞から1年3カ月、「走り続ける」と決めた小山の決意は、確実にカタチになっていた。2012年の「5タブレット+☆」2年連続受賞という快挙もそのひとつだが、1500坪というエスコヤマ敷地内の一角に、「今まで誰も見たことのない」ショコラトリースペースを誕生させたのだ。
 石を積み上げた小高い丘のような店舗は、まるで遊園地のアトラクション。「中はどうなっているんだろう、どんなショコラが食べられるのだろう」と、子供だけでなく大人も、心が弾むような建物だ。
「このショコラトリーのテーマは、“大人が本気で造る秘密基地”です。僕が子供の頃に京都の路地裏で、友達とやっていた仮面ライダーごっこや怪獣ごっこが原点。自由で無限に広がる路地裏のクリエイションをカタチにしようと思いました。それと、もうひとつは、エスコヤマのコンセプトでもある『産地から起こるものづくり』。カカオは、土や太陽や水によってつくられている。そういう根本的なものをこの場に来ていただいた方に感じてほしいと思ったんです」
 中に入ると、洞窟の入り口を思わせる流線状の細い道が続く。「この先にはきっとお楽しみがある」と、ときめく空間だ。そこを抜けると、高い天井や、風で削られたような波打つ土壁が出現。泥団子の壁が面白い球形のカカオバーやガラス張りのボンボンショコラブース、ワインセラーかと見まがうカカオセラーなど、随所に自然の恵みがもたらす陰影、少年が夢見た理想郷的な楽しみがちりばめられている。確かにこんな建物は誰にでも造れるものではない。が、小山は、「単に遊び心があるものを造るだけでは、人は来てくれないと思っていました。世の中に認めてもらうには、きちんとした技術が伴っていないとダメ。僕がこうやって続けていられるのは、確かな技術と遊び心のバランスを考えるというか、その感覚が今の時代にちょうど合っているからなんじゃないかなあ」

「パティシエ エス コヤマ」/ あえて都心から離れた三田に店を構えた。緑豊かで自然を感じられる場所だからこそ、お菓子だけでなく四季の移り変わりも伝えられる。連日、開店前から行列ができる。

攻めて攻めて進む
男たちの仕事が調和する

 そういう意味では、この建物も、ものすごく遊んでいるように見えて、実は最高峰の技術を結集したものなのだ。設計は、ザ・ペニンシュラ東京の内装なども手がけた橋本夕紀夫が手がけ、自然の営みを表現する土壁や床は、左官の第一人者久住章の長男・久住有生が、そして庭作りは、小山が絶大な信頼を寄せる庭師の松下裕崇が担当した。
「いろいろな分野のプロフェッショナルと仕事をしていると、本当に勉強になります。僕以上に僕が作りたいものを本気で考えてくれる人がいっぱいいて、それぞれの分野の最高技術を駆使してくれる。彼らに共通する点は、いたってシンプルなこと、そして期待に応え続けてくれること。人の予想をはるかに上回る提案をしてくれること。彼らがよく使う言葉は『めっちゃええやん!』。今回の現場でこの言葉を何回聞いたことか。できないとは絶対に言わない。だって、ある意味、ここは男同士の勝負の場ですから」
 カカオ豆の発祥の地、アステカの自然の景色をとりいれた壁を作りたいと小山から相談された久住有生は、どう発想すれば小山の思い描くものを作れるかと考えたそうだ。そこで作戦会議と称し、父・章が手がけた修善寺の温泉宿に、小山、松下とともに訪れることとなった。

2012年のサロン・デュ・ショコラに出品し、最高位「5タブレット+☆」を獲得した小山のショコラ「degustation No.5 2012」。それぞれに使うカカオ豆など素材の持ち味を引きだしながら、香りや味わいなど全体を調和させた小山らしい作品。他にはない日本的なアイデアと味わい深さに審査員も舌を巻いた。パッケージのデザインにも小山の意見が深く反映されている。1.L'aube(夜明け)、2.ふきのとう(Fukinoto)、4.日本酒(Sake japonais)、5.NINJA~忍者~。

 お互いにさまざまなアイデアを出し合いながらも最終的にはアステカもいいが日本もいい。日本の自然や土壁のよさを知っていることこそが肝心だという結論に達したそうだ。そして、そんな発想をデザインに落としこめるのは、橋本夕紀夫しかいないと話がまとまり、翌日、東京にある橋本の事務所を訪ねたのだ。
「まるで嵐のように始まった」と橋本は言う。「話を聞いても最初はイメージが浮かびませんでした。彼らの熱い気持ちは伝わるんだけど、カタチが見えてこない。そんな時に小高い丘のようなラフなスケッチを見せられて、なるほどこういうことかと思ったら、そこからドドーッと巻きこまれるように走りだしたんです。建築物を造るっていう感覚じゃなくて、子どもが自然とたわむれるというか……。ただひとつ思ったのは、決してまがいものを造ってはいけないということでした」
 久住も、当初は行きつ戻りつしながら完成へとこぎつけたと、今回のプロジェクトを振り返る。
「左官職人は本来、調和のとれるように前に出すぎず、脇役でいることが多いんです。でも、ここではそんなことを考える必要もない。みんなが攻めて攻めて進みながら、気がついたら調和のとれたものができあがっているんです」
 ガラスのショーケースの土台になる版築(はんちく)を作った時も、あとから壁や天井ができていくうちに、これでは調和がとれないと思うようになり、迷わずその場で崩したそうだ。「満足できないものを残したくないという気持ちからですが、実はこれはよくあることです」
 自身が作った版築を久住が崩すのを目の当たりにした小山は、そのひたむきな姿勢に胸がいっぱいになったという。
「そこまでやってくれるんだ、という感じでしたね。久住さんの本気が伝わってきました」

通称カカオバー。洞窟のようになっており、やや腰を屈めないと入れない、秘密の空間。

誰もできないことをする。そこに男の進む道がある

 そんなプロたちとともに作りあげた「Rozilla」は、文字どおり、小山にとってかけがえのないものになったとともに、また次のステージへ進める一歩になった。
「僕が自分の仕事を通じて部下に見せたいのは『続ける』ってことです。どうやったら楽しく続けていけるかということを、これからの若い人たちにも知ってほしいし、伝えたい。例えば、僕は数年前に、体力も大切だと思ってジョギングを始めたんですが、意外にも、夏の炎天下でのジョギングが一番続くんです。誰もそんなことできないだろうってことをやり遂げたことで自分を褒めてあげられるから。それがまた明日のやる気にもつながる。Rozillaもまさに僕にとってはそんな場所で、ここまでお金や時間、最高の技術を結集ささせて遊び場をつくる奴はいないだろうと思うわけです。でも、このRozillaがあるおかげで、僕らは生涯少年でいられるんです」
 Rozillaがオープンしたその日、2階部分の庭に穴を掘り、タイムカプセルが埋められた。中には、Rozilla建設に関わった男たちの、未来の自分へのメッセージが入っているという。目を輝かせタイムカプセルを埋める男たちは、本当に本当に楽しそうで、なんだか羨ましくなるほど……。
 10年後に、このタイムカプセルが掘り起こされるその日まで、彼らは今と同じように仕事を楽しみ、また新たな「遊び」を見つけているのだろうと思うと、どうせなら、こんな生き方をしなきゃ「人生もったいない」と思えてくる。

「Rozilla」の全貌

「遊び心」とプロの「技」がクロスするとこんなすごいものができあがるのだと驚かされる。全体のフォルムやスペース感、インテリアのすべてが完成されている。

1.美しいショコラが並ぶショーケース。サロン・デュ・ショコラに出品されたものをはじめ、世界中から取り寄せたカカオでつくられた渾身の作品ばかりだ。2.高い天井に波打つ壁、自然風景を思わせる店内に陰影を大切にした照明が映える。中央には、ガラス張りのボンボンショコラブースが配される。3.「Rozilla」とは、小山が幼い頃に過ごした京都の路地裏とゴジラを合わせたもの。何事も真剣に楽しもうとした子供の頃の記憶を掘り起こす場所だという。4.大きな時計のオブジェは、カカオの歴史を表したもの。アステカから現在までの時間の流れを時計の歯車を模すことで表現している。5.アステカ文明の資料などから、久住が自らデザインし、土を盛る、削るなどの工程で仕上げた陳列棚の扉。繊細な技と技術が際立っている。
Rozilla
住所 兵庫県三田市ゆりのき台5-32-1 TEL:079-564-3192
営業時間 10:00~18:00
休み 水曜(祝日の場合は翌日)http://www.es-koyama.com/
Susumu Koyama
1964年京都府生まれ。「スイス菓子ハイジ」を経て2000年に独立。「サロン・デュ・ショコラ」で2年連続アワードを受賞するなど国内外で話題に。著書に『丁寧を武器にする』(祥伝社)がある。

Naoki Kusumi
1972年兵庫県生まれ。左官職人。3代続く左官の家に生まれ、23歳で「久住有生左官」を設立。歴史的建造物や文化財の修復から、商業施設や住宅など幅広い分野で左官工事を行う。また、海外からの依頼も数多くこなす。

Yukio Hashimoto
1962年愛知県生まれ。建築・インテリアデザイナー。JCD優秀賞など受賞多数。ザ・ペニンシュラ東京の内装、東京スカイツリー内オブジェなど数々の作品を手がけるなど国内外で活躍。

Text=中井シノブ Photograph=黒瀬康之、鞍留清隆

*本記事の内容は13年3月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい