【知られざるヒーロー列伝】横綱7人を輩出~トレーニング界の伝説、遠藤光男 第3回~

すごい男がいたもんだ! 話を聞きながら、昔流行した、ビールのコマーシャルのワンフレーズが、脳裏をかすめた。 遠藤光男氏、75歳。戦後、黎明期の日本ボディビル界を語る上で欠かすことのできない人物であり、まだ方法論が確立されていなかったウェイトトレーニングに、独自の合理的なメソッドを導入した、パイオニア的存在でもある。ここに示すのは、そんな知られざるヒーローの物語。

エンドウジムのチーフトレーナーを務める長男・克弘氏(左)、ジムに通い詰める高吉氏(右)と3ショット

三島、勝新も驚く酒豪っぷり

昔、赤坂にニューラテンクオーターというお店がありましてね。力道山が刺された店です。あそこに、知り合いと何度か飲みに行ったことがあるんですよ。あるとき、店に入ってしばらくしたら、がやがやと20~30人、映画のスタッフらしき人たちが入ってきた。その中に、勝新太郎さんと三島由紀夫先生もいたんです。

20、30メートル離れていたんですけど、「あっ、遠藤君! こっちおいでよ。一緒に飲もうよ」と、三島先生に呼ばれて行ったんですよ。隣に座ると、「君、酒飲めるか?」と聞かれて、「飲めます」と言って、ボトルを1本一気飲みしたんです。びっくりして「やっぱり君はすごいな」と言われました。「ごちそうさまでした」と言って、自分の席に帰ってきたんですけどね。勝新さんもびっくりしてましたね。

もともと酒は強かったですよ。今は歳だから抑えていて、週末に軽く飲む程度ですけど、昔は朝昼晩、40年間飲んでいました。でも、どこもカラダを壊さなかったですね。だって、お相撲さんを連れて飲み歩いていたんですから。力士を酔っぱらわせて、タクシーで部屋まで送ってったものです。

角界とも親交を深め、横綱7人にトレーニングを教える

相撲界との付き合いもずいぶんありました。毎月いろんな部屋から、50人ほど力士が私のジム来ていましたよ。巨砲を筆頭に大鵬部屋、片男波部屋、出羽海部屋……、15部屋ぐらいの力士が来ていましたかね。部屋ごと、弟子が全員来ているようなケースもありました。井筒部屋はほとんど。逆鉾、寺尾、鶴嶺山の井筒3兄弟、現・陸奥親方の霧島も来ていたし。今、部屋持ち親方になってる中のだいたい3分の1は、私がトレーニングを教えた人たちですから。

霧島(現陸奥親方、中)、逆鉾(現井筒親方、右)とちゃんこをともにする遠藤氏(左)

最初はね、関取になる前の連中が来始めたんです。相撲が好きだったものですから、力士がきたら、トレーニングの仕方を教えてあげていたんです。それが口コミで広がって。ジムのそばに自宅があったころ、よくお相撲さんを連れて帰って、うちの女房が食事作ってごちそうしてましたよ。今から思うと、たいしたもんだなあ、と頭が下がりますけどね(笑)。

今だから言うんですけど、ジム開いてから、お相撲さんはみんな会費は「タダ」でやってました。家族には言っていなかったんだけど(笑)。それが30年続いたわけでしょう。お金に換算したら、1億越えてるんじゃないですか。相撲界にいっぱいタニマチいますけど、私みたいな応援の仕方したのは誰もいないはずです。

モンゴル出身の力士もほとんど来ましたよ。最初は旭鷲山と旭天鵬がきて、そのあとに、朝青龍と朝赤龍、日馬富士、白鵬、鶴竜……。私が教えた力士は、横綱に7人なっていますよ。まず、今の八角理事長の北勝海。それから旭富士。そしてやめちゃったけど、双羽黒、北尾だね。それからモンゴルの4名ですね。

力士にとって、なぜトレーニングが必要なのか?

そうですね、私も彼らに言うんですけど、相撲は技術を磨くための稽古。トレーニングというのは身体を鍛えるためのものだと。体力と技術がひとつになって初めてパフォーマンスが上がるんだと。そういう教え方をしてたんですね。
力というのは使い方でしょ。身体を鍛えて、力が強くなって、その力を活用するには技術がないとできない。だから技術と体力は一体化して初めて競技力が向上する。

体力がついて、たとえば立ち合いでぶつかって、押されたのが止められるようになったとか、土俵際で残れるようになったとか、そういうのが自分たちでわかってくると、一生懸命やるようになってくるんです。

第4回に続く

Text=まつあみ靖 Photograph=吉田タカユキ

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遠藤光男
遠藤光男
1942年東京都生まれ。日本ボディビルディング界の第一人者で、24歳だった'66年のボディビル・ミスター日本となる。翌年に東京・錦糸町で遠藤ジムを開き、その年にはモントリオールで開催された世界選手権で3位に。三島由紀夫や勝新太郎とも親交があり、大相撲界、プロレス界など幅広い人脈を誇る。
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