メディカルノート梅田裕真「失明するかもと言われ、"10年"の生き方を考えた」<前編>

大学4年生にして著名なヘッジファンドでキャリアをスタートした梅田裕真。そもそも医師を志していたという彼が、なぜ投資家として成功をつかむことができたのか? 現在はエンジェル投資家として起業をサポートする一方、自らが100%コミットする医療と患者をつなぐITサービス会社「メディカルノート」を設立。学生時代にスタートした投資家人生から、現在の起業家として生きる日々まで、梅田裕真の人生に迫った。


社会勉強として株式投資に挑戦

株を始めたのは、高校時代です。当時、僕は医者を志す理系人間だったので、経済の仕組みをよく知りませんでした。そこで、株式投資を始めれば、社会がどのように回っているのかを理解できるだろうと考えた。利益を出すという目的ではなく、あくまで勉強の一環として株を始めたんです。

とはいっても、最初はどの株を買ったらいいのか、見当もつかない。選ぶ基準もまったくわからない。そこでシンプルに、自分が知っていて、好きな会社の株を買おうと思いました。選んだのは、スクウェアというゲーム会社。スクウェアのゲームが好きでしたから。でも、当時はITバブルがはじけた直後。株価が上がる要素は、まったくありませんでした。それがまったくの予想外、スクウェアはエニックスと合併し、株価は高騰しました。

大学を受験する頃には、投資資本が100万円を超えていました。もともと、将来は医者になりたいと考えていましたが、文系の経済学部に進むのもありだと思うようになっていました。医者として社会の役に立つことも素晴らしいが、経済を学び、資本主義社会の中に世の中をよくする仕組みを作ることも可能なんじゃないかと。日本のお金の生産性を上げたい。そんな思いから、慶應大学の経済学部へ進学しました。

大学では投資に明け暮れる毎日でした。経済学部に進んだのだから、投資をしなければ意味がない。サークル活動や遊びにはまったく興味がなく、1日24時間中、17時間は勉強していましたね。勉強の内容は、不動産の鑑定法やテレビの作り方など、ありとあらゆること。さまざまな事業が社会においてどんな意味を持つのかを知らないと、投資なんてできません。まずはミクロを学び、その後で「この事業によって社会はどうなっていくのか」というマクロ的な視点で投資を考えるようになりました。

そのおかけで、世界を広く見られるようになりましたね。僕には、お金を儲けたいという気持ちはまったくありません。お金は単なる手段でしかない。その手段を使って社会の構造をどう変えていくかが重要。社会の変化に対する好奇心が、僕の投資の本質ですね。

緑内障により、仕事への意識が変化

大学3年の秋、就職活動を始めた頃にひとつの出来事がありました。目の調子が悪く、医者にかかると、「緑内障だ」と診断されました。医者は「緑内障は10年で失明するケースもある」と言う。もちろん、その医者は確実に失明すると言ったわけではなく、そうなることもあり得るというひとつの例として挙げただけですが、その「10年」という数字が深く心に刻まれた。あと、10年なのかと。

緑内障によって、仕事への考え方が大きく変わりましたね。日本の伝統的な年功序列タイプの会社に就職することは無理。30年かけて、キャリアを積み上げていくことなんて、できないですから。もっと素早く結果が出せる世界を目指さなければいけないと思いました。

大学4年の時に、著名なヘッジファンドからチャンスをもらえました。プロの投資家としてチャレンジしてみないかという誘いです。ヘッジファンドに興味はありましたが、新卒の採用はほとんどなく、投資銀行での経験を経て、次のステップとしてヘッジファンドに行く人が多い。僕は「もっと投資の幅を広げたい」「グローバルな投資を経験してみたい」と思っていたので、好奇心を強く刺激されました。誘ってくれた会社にお世話になることに決めたんです。

投資を成功させるには、人が考えないところまで考え、情報をインプットしていくことが重要。いま、グローバルで何がどのように動いているか。そうした時代のなかで、経営者はどんな人で、どんなことを考えて会社を運営しているのか。意思決定はどんな流れで動いているのか。ありとあらゆる情報から、投資先を見極めていくのです。

入社後の3年は日本での勤務。その後、2010年にシンガポールへ渡りました。仕事の内容や生き方は、海外でもほとんど変わりませんでした。「世界だろうと、日本だろうと、投資の本質は変わらない」ということが、実感できたのがよかった。

語学はそれほど得意ではありませんが、不便には感じませんでした。そもそも僕は、コミュニケーションが得意じゃないんですよ。日本でもあまり友達がいないのに、人口500万人の国で、大の仲良しなんかできるわけがないだろうと(笑)。相手に興味がないのに、無理して話すことはないと思っていましたね。

「次の10年」を考えるためヒマラヤへ

投資の仕事は順調でした。誰にも負ける気はしないという自信もありました。でも、学生時代から10年以上マーケットを見続け、投資家として生きていることに、正直、疲れました。ルーティンワーク化する毎日に飽きがきていたんです。

緑内障の病気は進行がなく、症状が悪化することもありませんでした。「10年で失明するかもしれない」という不安は薄まり、同時に「次の10年」が見えてきました。そこで、自問自答です。「お前は次の10年も同じことをやるのか」と。

2012年12月、その答えを見つけるために、ヒマラヤへ行きました。正確に言うと、ネパールのアンナプルナというヒマラヤ山脈に属する山群です。そこは、インターネットの電波が届かない世界。もし、登山の最中に仕事が気になって、ネットを見たくなるようだったら、今の世界に留まろう。電波がなくても平気だったら、新たな道に進もうと決めました。

結果、電波がないことは、全く気にならなかった。2013年1月、ヘッジファンドを辞めて、帰国しました。

後編へ続く


Yuma Umeda
1983年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。学生時代から株式トレーダーとして有名になり、大学4年生からヘッジファンドにジョイン。エンジェル投資家として活動したのち、病院以外で信頼できる医療情報を得られる場がないという課題感のもと、メディカルノートを設立。「医療と人がITでつながる世界」の実現を目指し、サービスの拡大に取り組んでいる。
https://medicalnote.jp/


Text=川岸 徹 Photograph=太田隆生