【連載】男の業の物語 第十六回『男の約束』


人は人同士の関わりの中のしがらみでいろいろな約束を交わすものだが、いったいその内どれほどのものが約束通りに果たされるものだろうか。いざとなればさまざまな理由で約束は反故にされてしまうものだ。 

ギリシャ古典話をもとにした太宰治の小説『走れメロス』のように暴君の前で立ててみせた親友との約束を果たすために、約束の時間に間に合うために血反吐を吐いて昼夜を厭わず長い道程を走りきって約束を果たしたメロスのような男はこの今の世では希少なものだろう。 

恋人同士がまた明日も会おうと誓ってする指切りは他愛なく微笑ましいが、大方の約束なるものは積もってもすぐに消える淡雪みたいなものだ。

しかし男同士の約束はものによっては『走れメロス』のように命がけのものもあり得る。という自覚のもとに私が主唱し命名までした、当時の絶対金権支配政治に反発して立ち上がった同志の「青嵐会」の発足は、私が言い出し同志に血判を強いたものだった。誰も刀なんぞ持ち合わせていないから短刀の鯉口を切って、中身をのぞかせ指を当てて血をしたたらせての所作の代わりに、何段かに折れてその度新しい刃で指が切れるような文房具の薄い剃刀を用意しておいたものだった。 

しかしそれだけでも怯えて、自分で自分の指を薄く切るという所作を恐れて、血判などするのは野蛮で嫌だと脱会した国会議員が四人もいたものだ。 

ちゃちな血判の儀式だったが、この現代においては絶大の効果があって三十数人の結束は固まって、以降金権政治の首魁田中角栄総理が強引に唱えて進めた中国との片務条約は全員徹底して反対したもので、後に聞けば中国の最高実務者の周恩来首相が「日本にはまだ日本人らしい日本人が残っているものだなあ」と感心してくれていたそうな。加えて「誰がつけたかは知らぬ、あの『青嵐』という言葉は中国語の中でも最も美しい言葉だ」と賞賛したらしい。私が言い出し仲間を説いて血判まで構えた青嵐会は志ある政治家としての幾許かの約束は履行できたといえるにちがいない。

後日、端からまだ若い貴方がよくまあ青嵐会などという暴挙を組み立てましたなと言われたが、実はその原点はあの『忠臣蔵』にあった。

私にとって『忠臣蔵』は最高の暗黙の約束の履行劇といえる。江戸城の松之廊下で最後に堪忍袋の緒が切れて刃傷に及び、即刻隔離され一方的に切腹させられ遺言も残せずに憤死した主君の無念を思い量って、家老の大石内蔵助以下の四十七人の侍が互いに言葉にはひと言も出さず互いの胸と胸で計り合い、今は亡き主君と心の絆で言葉も文字もなしに交わした男同士の仇討ちの約束を、身を隠し名前も変え、長年の末に果たし切る。

こんなに痛快で胸に響く劇はめったにありはしまい。 

これは単なる復讐劇ではなく、四十七人の男たちが主君との黙約を果たすために肉親を偽り、恋人までもだまし、己の夢も捨てて大それた約束を果たしたのである。

あの元禄のふやけた時代に突然現出した、命がけで約束を守り緩み切った公儀に真正面から人間の誠の矢を放って公儀の額を射抜いた男たちの強烈な約束の履行は、大きな津波のように当時の人々の心を動かし、彼等の男ならではの誠意と勇気にまつわるさまざまな余談まで派生させ、『忠臣蔵』の芝居の本題を支えるいくつもの美しい余話を生み出している。 

例えば浪士の討ち入りを待ち、討ち入りの夜、壁越しに明かりを掲げて彼等を助けた吉良邸宅の『隣の殿様』とか『俵星玄蕃』の物語等々事欠きはしない。

それは皆、見事に果たされた男の約束への共感だった。

第十七回に続く
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石原慎太郎
石原慎太郎
Shintaro Ishihara 1932年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」により第一回文學界新人賞を、翌年芥川賞を受賞。ミリオンセラーとなった『弟』や2016年の年間ベストセラー総合第一位に輝いた『天才』、『法華経を生きる』『老いてこそ人生』『子供あっての親-息子と私たち-』など著書多数。
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