白血病からの復活を期す池江璃花子の現在地と確固たる目標【東京五輪の現場から】

約1年の延期が決まった東京五輪。本連載では、まだまだ先行きが見えない中でメダルを目指すアスリートの思考や、大会開催に向けての舞台裏を追う。

ささやかな喜びを抱きしめる日々

1ヵ月ほど前からウクレレにハマっている。スピッツの名曲『チェリー』を演奏できるようになることが目下の目標だという。練習中もプールサイドで、笑顔が絶えない。

「普通に生活できることが本当に幸せ。プールでおしゃべりしながらトレーニングできるようになった時に幸せを感じました。今は心から楽しんで泳げている」

白血病からの復活を期す競泳女子の池江璃花子(20=ルネサンス)が2024年パリ五輪を目指して、確かな一歩を踏み出した。

7月2日に'19年12月の退院後、初めて練習を公開。新型コロナウイルスの影響で代表取材者以外はオンラインでの対応となる中、約2時間で3000メートルを泳いだ。6月から師事する西崎 勇コーチ(41)のもと、同じルネサンスに所属する'16年リオデジャネイロ五輪代表の持田早智(20)、山本茉由佳(20)とのグループ練習。「皆と泳ぎ始めた時は練習に全然ついていけなかったけど、差がなくなってきた。日に日に力はついている」と手応えを感じている。

昨年2月に白血病を公表。同12月に退院し、今年3月に406日ぶりにプールに入った。コロナ禍で、3月下旬からは本格的な練習を控えていたが、緊急事態宣言の解除後から徐々にトレーニングを再開。現在は月1回の通院治療を継続しながら、週4回のペースで泳いでいる。「最初に白血病と言われた時は治療で髪の毛が抜けると知ってショックを受けました。抗がん剤治療は知っていたけど、ここまで吐き気があるとは思っていなかった。毎日、1日に何度も戻しました。お見舞いに来てくれる家族や関係者の方に支えられました」と闘病生活を振り返り「今は1ヵ月に1回の治療。薬も減っていて安定しています」と視線を上げた。

入院中は体を動かせなかったが、長所は失われていない。身長1メートル72に対し、両腕を広げたリーチの長さは1メートル86。一般的に身長とリーチは、ほぼ同じとされるが、10センチ以上も差がある。リーチの長さと、その腕をしなやかに動かせる肩の可動域の広さが、長水路(50メートルプール)と短水路(25メートルプール)を合わせて計18種目で日本記録を保持するダイナミックな泳ぎの原動力。「1年以上まったく体を動かさずベッドの上で生活していたが、肩の可動域は変わっていなかった。そのおかげもあってうまく泳げている」と説明した。

得意泳法のバタフライは「泳ぎが複雑なので腕と足のタイミングは今も試行錯誤している」と言うが、他の3泳法は全盛期の感覚を取り戻しつつある。

「今(の実力)は自分の中学生の頃ぐらいだと思う。中学1、2年生ぐらいまで戻りつつあると思っているので、早く高校生ぐらいまで戻せたらいい」

初めて日本記録を出したのが、中学3年時に出場した'15年W杯東京大会の100メートルバタフライだった。本格練習再開から間もないが、そのレベルにあと一歩に迫っている感覚がある。

復活ロードを順調に進んでいるが、目標は変えていない。

「東京五輪が1年延びたことで(出場を)期待されるが、あくまでも目標は'24年(パリ五輪)。今は土台をしっかりつくりたい。'16年(リオ五輪)に出たが、その1回では絶対に終わらせたくない。また五輪で活躍したい」

10月に開催予定の日本学生選手権(2~4日、東京辰巳国際水泳場)での約1年9カ月ぶりのレース復帰を当面の目標に設定しているが、焦ることなく、体調を最優先して出場可否を判断する方針だ。

闘病前は重圧と戦っていた。「入院した当初は、病気になって五輪に出なくてよくなってホッとした気持ちもあった」と本音を漏らす。当時は練習中も厳しい表情を浮かべることが多く、現在のようにプールサイドで笑顔を見せる場面は少なかった。東京五輪でのメダル獲得が頭を支配し、ハワイの弦楽器にのめり込むような余裕はなかったが、今は違う。

「今はプレッシャーより楽しさが勝っている。水泳があって自分ができている。水泳がなかったら何をしていたのだろう、という感じ。本当に水泳をやっていてよかった。正直、入院していた時よりきついことはないと思うので、メンタルはメチャメチャ強くなっている」

思えば、15歳の時にスーパー中学生として脚光を浴びてから、一気にスターダムを駆け上がった。順風満帆な競技人生は病により小休止を余儀なくされたが、曲がりくねった道の先には、きっと想像した以上に素晴らしい未来が待っている。

Text=木本新也 Photograph=日刊スポーツ/アフロ