84歳、写真家・操上和美とタッグを組んだ仕事仲間が明かす、そのズバ抜けた仕事術とは?②

トップアーティストたちが心酔する写真家・操上和美と時に喜び、時に苦悩した戦友ともいえる仕事人だからこそ垣間見えた、操上の人間力。 業界トップレベルの仕事仲間が語る、最前線で活躍し続けるその卓越した仕事術とは?

雑誌『SWITCH』編集長・新井敏記

Q. 操上さんとの印象的なエピソードは?

A. 「1988年、ローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズの撮り下ろしを皮切りに、現在まで雑誌『SWITCH』は操上さんに数多くの撮影をしていただいた。操上さんが父として尊敬する写真家ロバート・フランクとの北への旅、ビート作家ウィリアム・バロウズとアレン・ギンズバーグの歴史的な再会、作家大江健三郎を故郷の内子町に訪ね、俳優の笠 智衆を小津安二郎への追慕として鎌倉で撮影したことなど、どれもが操上さんならではのモノクロで、陰影が濃く、印象深いものばかりです。

『風あざみ』をモチーフに、井上陽水さんの原風景を探すために、九州は田川という炭鉱町を訪れた時のことは特に忘れられません。雨季で水かさの増した川を見て、操上さんは陽水さんに『この川に流されてください』とリクエストをしました。かつて石炭を運んだ勢いある川を指して操上さんが陽水に『泳ぐな、漂え』と伝えたのです。陽水さんは『流れる』という言葉を、自分の生き方に重ね、激流を漂流していった風景は目に焼きついています。生と死の間に生きた時間でした」

Q. 操上さんとの仕事で好きな作品は?

A. 「ノヴァ・スコシアで過ごしたある一日。1992年に写真家のロバート・フランクのNYにあるアトリエを訪問後、フランクと操上さんが、カナダのノヴァ・スコシアにあるフランクの海小屋へと旅した時の写真。ふたりの旅を特集できたことは『SWITCH』の誇りです」

Q.  操上さんが行なっている習慣で、ご自身でも取り入れていることは?

A.「ライカM6のワンショット二回の巻き上げの方法。専門語で『ラチェット』といって、カメラから目を離さないで巻き上げることができるという長所があるそうです」

Q. 操上さんは、どんな仕事人だと思いますか?

A.「 闇の中の黒い馬 」

Q. 心に残っている操上さんの言葉は?

A. 「リクエストがあった獲物を一発でしとめること、それが最高の狩り」

Toshinori Arai
1954年茨城県生まれ。’85年に雑誌『SWITCH』、2004年『Coyote』、’12年『MONKEY』を創刊。著書に『SWITCH STORIES』『片山豊 黎明』『モンタナ急行の乗客』など多数。

アートディレクター・葛西 薫

Q. 操上さんとの印象的なエピソードは?

A. 「1990~’91年、世界の科学者たちを題材としたNTTデータ通信の広告。そのなかで、スティーヴン・ホーキング博士との撮影が思い出深いです。

車椅子の博士が交信できるのは、唯一動かせる指先からモニター上に示す短い言葉と、目の動きだけ。固唾(かたず)を吞む僕らの前で、臆せず着々と撮影を進める操上さん。途中『大丈夫ですか? 』と教授に声をかけると、数十秒の間をおいて『Anytime, I'm OK.』と返答。一気に場が沸き立ちました。

撮影後は、なんと博士から『今夜、食事を一緒にどうかね』とお誘いが。操上さんは『もちろん喜んで』と答えました。もう最高のふたりのセッションでした !」

Q. 操上さんとの仕事で好きな作品は?

A. 「操上さんの故郷である富良野と北海道のいくつかの地を撮影した、2002年発刊の写真集『NORTHERN』の装丁。操上さんの見た北の風景は、同じ北海道育ちの僕自身の遠い記憶と重なり合い、大切な一冊となりました」 

Q. 操上さんが行なっている習慣で、ご自身でも取り入れていることは?

A.「絶えず行う身体と心のストレッチ。そして喜びと感謝の気持ちをその人に伝えること」

Q. 操上さんは、どんな仕事人だと思いますか?

A.「遥かな人」

Q. 心に残っている操上さんの言葉は?

A. 「つい先日、『84歳、父の亡くなった歳と同じになったけど、生きてるということは、つまり途中だということ』と仰った言葉に胸を打たれました。生きてる限りは生きざるを得ないし、戦わざるを得ない、と」

Kaoru Kasai
1949年北海道生まれ。広告制作やパッケージデザインなどを手がける。装丁の新作は『NORTHERN』の続編とも言える、ロバート・フランクとの日々を収録した写真集『April』。

Photograph=操上和美(作品) Text=ゲーテ編集部