悲しみや苦しみは細かく砕いて受け入れていく。ドリアン助川【ゲーテの名言⑫】

世界的文豪、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。作家のドリアン助川さんは言う。ゲーテの言葉は「太陽のように道を照らし、月のように名無き者を慰める」と。雑誌『ゲーテ』2008年7月号に掲載した、今こそ読みたいゲーテの名言を再録する。  

一番よいのは、対象を十か十二くらいの小さな個々の詩にわけて描くことだ

――『ゲーテとの対話』より

大きな夢を持っていると意識するのはひとつの快楽だが、そのことと実現性の間にはそれ相当の距離がある。叶わなければ残念、酒とともに泡と消え、夢を抱いていたことさえ忘れて歳をとっていくのが人の常だ。もちろん、夢うんぬんの前に人として生きられればそれでもう充分ではないか、という意見もあるだろうが、やはりなかにはそれだけではつまらないという人もいる。そんなあなたのために、一工夫の知恵をゲーテは与えてくれている。

前に、「大作は用心した方がいい」という言葉を紹介したが、才能を自覚し、野望に燃えた人だったからこそ、ゲーテもまた混沌とした創作の沼地に足を取られた。そこから這い上がるためにどうしたのか? つまりこれは形而上的な話ではなく、経験論なのだ。私たちにありがちなその種の浮ついた心を戒める形で、ゲーテは具体的なやり方を示してくれている。

それは、全体を細部に分けていき、それぞれの範囲のなかで全力を尽くすという方法だ。ゲーテはこうやって大作の『ファウスト』を仕上げた。少しずつ、少しずつ、一生をかけて。

これはマラソンランナーの走り方にも似ている。最初から42.195キロを想像してしまうとげっそりする。だから、次の電柱まで、次の電柱までと自分を奮い立たせる。あるいは楽団の練習。どれだけ長い交響曲も一小節ずつの集まりでしかない。どこからどこまでどう稽古していくのか、できる楽団ほど区切られたパートへの集中力を問う。

同じことで、私たちの仕事も、創作物であるところの人生も、一小節ずつの積み重ねでしかない。たとえ小さな実りであっても、なんらかの手応えがある一日を心掛け、それを続けることによって、結果的には大きな収穫を得る。

同時にこれはまた、困難に直面している人に手を差し伸べる知恵でもある。肉親との永訣。病魔。致命的な失敗。懸命に生きていても、他人を傷付けずとも、苦しみで胸がつぶれそうになる日々はあるものだ。

そんな時には、ゲーテのこの方法を思い出して欲しい。痛みから逃げられない一日は、細分化して一時間ずつの組み合わせにしてしまうのだ。そして、一日をではなく、一時間だけを生きる。悲しみや苦しみを細かく砕いて受け入れていく。倒れそうな時は、こんな方法がある。

――雑誌『ゲーテ』2008年7月号より


Durian Sukegawa
1962年東京都生まれ。作家、道化師。大学卒業後、放送作家などを経て'94年、バンド「叫ぶ詩人の会」でデビュー。'99年、バンド解散後に渡米し2002年に帰国後、詩や小説を執筆。2015年、著書『あん』が河瀬直美監督によって映画化され大ヒット。『メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか』『ピンザの島』『新宿の猫』『水辺のブッダ』など著書多数。昨年より明治学院大学国際学部教授に就任。