大迫傑インタビュー②「陸上選手の社会的地位をもっと上げたい」

日本最速のマラソン選手、大迫傑。強くなることを、ただひたすらに求め続けた男へのインタビューから見えたのは、「日本陸上界を変えたい」という開拓者の顔だった。自身の過去、現在、未来についてトップランナーが大いに語った。

フィジカルのハンディはメンタルの強さでカバーできる   

東京マラソンで2時間5分29秒の日本記録を出した報奨金をもとに、大迫傑は日本人選手の成長につながる大会の創設を考えている。そして、この大会にはもう1つ、大切なテーマがある。

「それはマラソンにエンターテインメント性をもたせることです。陸上競技にも、見る人がもっと楽しめる演出が必要だと、僕は思っています。陸上選手の社会的地位をもっと高くしたいんですよ」

日本でマラソンの人気は根強い。しかし、その人気が選手の練習環境や経済面にきちんと還元されているとはいいがたい。

「東京マラソンの沿道には約50万人集まり、僕が走ったときの瞬間視聴率は20.8%だと聞きました。2020年の箱根駅伝復路の視聴率は28.6%。2019年は30%を超えたと聞いています。それだけ注目されていながら、その状況が、経済的なことも含めて選手に還元されているかというと、そうは思えません。選手は身を削ってトレーニングを重ねています。にも関わらず、一般的には無料のスポーツという認識だと感じています。率直に言うと、注目されていながら、ほとんど選手にバックのないスポーツって、マラソンくらいではないでしょうか。この状況を変えたい。選手は名誉のためだけに走っているわけではないんです」

速くなりたい。勝ちたい。しかし、それ以上に社会的に陸上競技のステータスを上げていきたい。

「“なりたい自分”はそこにあると思っています。そのなりたい自分のイメージから逆算して、新しい大会をつくったり、スクールの育成事業を手掛けたり、一つずつやっていこうと思う。そういう未来を意識しながら、選手としての自分が走ったり、日々のトレーニングを積んだり、もっと強くなっていきたいですね。僕はフィジカルのハンディはメンタルの強さでかなりカバーできると思っています。トレーニングしている時期にインタビューを受けると、いつ休んでいるんですか? という質問をよく受けます。僕は休まなくていいと思っています。攻め続ければいい。引くことも大切、という人もいます。自分を客観視して、そのまま攻め続けることで怪我の危険を感じたら、もちろん引かなくてはいけません。でも、痛みを感じても、それが耐えられるレベルであれば攻め続けていいと思っています。攻めているうちに痛みが緩和されることもよくあります」

自分を常に客観視して体からのサインを的確にキャッチしている。

「東京マラソンのときは、先頭集団が速かったので、ついていっても大丈夫だろうか? という疑問が頭をよぎりました。正直なことを打ち明けると、疲労で体が反応できなかったこともあったのですが、体は僕に適切にストップをかけた。それが終盤でいい結果になった。ただ、実際にはそれほど冷静に考えながら走っていたわけではありません。あくまでも感覚での判断です。結果的にうまくいったというのが正直なところです。日本代表枠の獲得を目指すレースでなく、勝つことが目的のレースだったら、あのときの判断は必ずしも正解ではなかったかもしれません」

難しく考えすぎずに、そのときの自分の感覚を信頼して走ってきた。

「シンプルになることが大切だと、僕は思っています。今はいくらでも情報がありますよね。シャットアウトしようと思っても、どんどん入ってきてしまいます。情報量をコントロールするのは、たぶん不可能でしょう。必要な情報、不要な情報をきちんと見極めて、無駄なものを省いていくべきです。難しいですけれどね」

必要なことと不要なこと、何を基準に取捨選択しているのだろう。

「やはり、なりたい自分をイメージして、そのために必要か不要かを考えますね。なりたい自分、行きたい方向から逆算して近道だと思えたら、取り入れてきました。あと、二者択一で迷ったら、厳しい道を選ぶことを自分に課しています。自分以外の誰かの意見に従うことはほとんどしません。僕自身が思うから決断する。それはずっと貫いてきました」

③に続く

Suguru Osako
1991年東京都生まれ。佐久長聖高校、早稲田大学、日清食品グループを経て、現在はアメリカ・ポートランドを拠点に活動。マラソンのみならず、3000m、5000mの日本記録も保持する。プロランナーとしてナイキに所属。

Tex=神舘和典 Photograph=太田隆生