元Jリーガー那須大亮が人気YouTuberになった理由

アテネ五輪代表ではキャプテンとして活躍、Jリーグ、AFCアジアチャンピオンズリーグ、ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)、天皇杯、と数々のタイトルを獲得した元Jリーガー那須大亮。ヴィッセル神戸時代に、YouTubeを開設。現在、チャンネル登録者数約25万人を誇る。新境地を切り開いた人気YouTuberの短期連載1回目。

サッカーをエンタメの最上位へ引き上げたい

芸能人をはじめ多くの著名人が「YouTube」に自身のチャンネルを開設し、オリジナルコンテンツを発信し始めている。それはスポーツ選手も同様で、JリーガーでもYouTubeデビューした選手がいる。

そんななか、一歩先んじてYouTuberとして活動しているのが那須大亮だ。

1981年鹿児島県生まれの那須は、鹿児島実業卒業後、駒澤大学3年時に横浜F・マリノスとプロ契約を結び、2003年からのリーグ連覇に貢献。’04年のキャプテンとして活躍したアテネ五輪代表以降、’17年AFCアジアチャンピオンズリーグをはじめ、ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)や天皇杯と、Jリーガーとして獲得できるすべてのタイトルを手にした。主に守備的MFやCB、SBなど、ディフェンシブなポジションで活躍。粘り強くチームを支える“汗をかく”仕事ぶりが武器だった。

2018年6つ目のクラブとなるヴィッセル神戸へ移籍した那須は、同年7月からYouTuberとしての活動をスタートさせている。

「現役時代の僕にとって、サッカーに対する想いはずっと『自分主導』でした。巧くなりたいのは、勝ちたいという欲。上のステージ、日本代表を目指したいという野心も、自分の評価を上げたいという想いやいかにいいキャリアを築いていくのかということも、すべてが自分主導だったと思います。その結果、自分に関わる周囲の方々、応援してくれるサポーターが喜んでくだされば最高だと考えていたんです。

でも、浦和レッズにいたとき、サポーターの言葉を聞いたり、その声援のなかでプレーするうちに、『いっしょに戦う仲間』を意識するようになったんです。そして周りを見たときに、サポーターだけじゃなくて、裏方のスタッフ、スポンサーなど、チームに関わるたくさんの人たちの様々な想いを背負っていることを思い知らされました。ピッチに立つ11人は彼らの代表として、表現しなくてはいけない。それ以降は神戸へ移籍した後もずっとそういう想いで戦って来ました」

浦和でのラストシーズンの出場試合は9試合。神戸でもなかなかレギュラーポジションをつかめなかった。当時36歳。現役引退をイメージしても不思議ではなかった。

「現役引退後になにをやりたいかというのは、いろいろ考えていました。もちろん指導者もそのひとつです。選手を育てたり、チームをよくしたりということの面白さも理解していたけれど、特定の選手やチームではなく、もっと広くサッカー界全体に恩返しがしたいと思うようになったんです。スポーツ界はもちろん、いわゆるエンタテインメントのなかでもサッカーをトップの座へ持っていきたいんです。また、自分が投げかけた言葉が人生を歩む誰かの支えやきっかけになれば、嬉しいなと」

そういう想いを抱いたとき、YouTubeという媒体に出合った。しかし、サッカーとYouTubeの相性は悪いという疑念も浮かんだ。

「今とは違い、約2年前、当時はまだYouTubeという媒体が軽視されていた感覚でした。過激なことをやったり、好き勝手やっている媒体というイメージが強かった。面白くて、楽しいことかもしれないけれど、サッカー、スポーツとの相性はよくないだろうという意識がありました。ただ、YouTubeが持つ市場だったり、力には可能性があるとも感じたんです。もともと日本では、スポーツとエンタテインメントというのはまったく別モノというか、相容れないみたいな意識が根強い。でも、アメリカのスーパーボールのハーフタイムショーのように、全米随一の歌とダンスという最高級のエンタメはスポーツと共存できるし、多くの人を楽しませることができるんです」

日本とアメリカとではいわゆる「お国柄」が違うということもある。しかし、サッカー観戦もひとつの娯楽や趣味であるのだとすれば、映画や舞台、ダンス、ライブといった「エンタメ」と動員を競っているともいえるだろう。だからこそ、那須は、あえて相性が悪いと思う「YouTube」での活動によって、サッカーをエンタメの最上位へ引き上げたいと考えた。新しいニーズを生むためには、未開の土地へ踏み込んだ。

「Jリーグの観戦者の最も多い年齢層は40代だったと思うんです。続いて50代、30代(注・平均年齢は42.8歳。40代が26.9%、50代が20.5%、30代が16.8%。2020年1月発表)。YouTubeはどちらかといえば若年層に人気のある媒体で、僕の視聴者層の中心は20代後半から30代前半です。だからこそ、普段Jリーグには触れていない層が、サッカ―という競技を知るきっかけになればと思っています。エンタメ=ファニーなことばかりではないので。いろいろな方法でその機会を作りたい」

日本代表でワールドカップに出場したわけでもない。選手時代もスポットライトとは遠い存在だった自分だからこそ、YouTubeをやる意味があると那須は考えている。

「Jリーグが始まって28年。プロとしてサッカーができる環境を作ってもらえたことには本当に感謝しています。だからこそ、日本におけるサッカーの地位というのをもっともっと高めたい。今、Jリーグの各クラブが努力して、チームスポンサーを探したり、新しいビジネスモデルを模索していますが、市場を広げていくという意味では、サッカーを見る人たち、まだ見ていない人たちも含めて、サッカーに対する目線や思考を変えるくらいのことが必要だと思うんです。選手個人の価値を高めていくこともひとつの方法だと思います。選手個人にスポンサーがつくようなケースが増えていけば、結果的にクラブへ還元できます。

そういう『個人の価値』という意味で、YouTubeをやっている僕がひとつのモデルになればいいなと思いました。ひとつの形を示したいと。有名選手でもない僕がやることに意味があると感じました。サッカーだけで生きてきた人間が新しいことにチャレンジする。そういうストーリーを表現できればいいなと思っています」

2回目に続く

DAISUKE NASU
1981年鹿児島県生まれ。鹿児島実業、駒澤大学を経て2002年に横浜F・マリノス入団、翌’03年に新人王。’04年アテネ五輪に主将として出場。6シーズン在籍した横浜で2度のJリーグ優勝。その後、東京V、ジュビロ磐田、柏レイソル、浦和レッズ、ヴィッセル神戸でプレー。’19年に引退。那須大亮のYouTubeチャンネル