松浦にとっての幸せ・見栄・気づかい ~素人目線 松浦勝人の生き様~


"見栄"とは気づかいのようなもの

自分をよく見せたい、大きく見せたい、そういう"見栄を張る"ということは、もうほとんどなくなってしまった。必要がなくなったからだ。昔の僕は何も持っていなかった。だから、高い時計も欲しかったし、速いクルマも欲しかった。大きな家も欲しかったし、お洒落な服も欲しかった。何もかもが欲しかった。何かを手に入れたいから頑張る。それは、ずっと僕のモチベーションにもなっていた。

それが、仕事がたまたまうまくいって、若い段階である程度のものを手に入れることができた。高い時計も、洋服も、海外に別荘も買った。でも、ある程度のところで、自分に本当に必要なものが何か、というのがわかるようになってきた。

何百坪もある広い家に住んでいたこともある。でも、全然必要じゃなかった。何かを取りに行くだけでも、わざわざ歩いて、別の部屋まで行かなければならない。ありえない額の光熱費の請求がきて、いつもどこかの部屋の掃除をしている。「携帯電話をどこに置いたんだっけ?」と年中、ものを探し回っていた。部屋もやたらにたくさんあるから、家具を入れて、ゲストが泊まれるようにしたけど、結局最後までなんのためだかわからないままの部屋もあった。

相手をがっかりさせたくない。気遣いのような気持ち

そのあと、どうせひとりで暮らすのだから、小さなマンションでいいと思って、1LDKに住んでみた。40平米ぐらいの、ごく標準的な広さの1LDKだ。仕事の都合があるので、立地やセキュリティー、プライバシーは考慮したので、家賃は少し高めだったけど、それでも驚くような値段でもない部屋。そこは本当に便利だなと思った。必要なものにすぐ手が届く。ソファから立って、数歩踏み出すだけで冷蔵庫に手が届くし、座ったまま、必要なものすべてに手が届く。「これで充分」というのではなく「これが一番使いやすい」という感覚。

広い家に住んだこともないのに、1LDKが一番いいとか、フェラーリに乗ったこともないのに、フェラーリなんていらないとか言うのとはちょっと違う。すべてやってみた結果、1LDKが一番いいというところに行き着いた。
でも、僕にも"見栄のようなもの"がまだ残ってはいる。人から「これはいいですよ。買ったらいかがですか」と勧められると、内心「いらないな」と思っても買ってしまう。それは勧めてくれた人の期待を裏切りたくない、相手をがっかりさせたくないという気遣いのような気持ちに近いんだと思う。

レストランや飲み屋でもそう。僕が数人を連れて飲みに行くとなったら、向こうでは「今日は売上が立つ」と期待をしているのがわかる。それに応えないと、申し訳ないと考えてしまう。「今日はあまり飲みたくないな」と思っていても、ソフトドリンクではなく、ワインやシャンパンを注文してしまう。

レストランが用意してくれた席が8人用だったら、必ず8人でいく。7人で行くというのは、僕のなかではありえない。わざわざもうひとりを探して連れていく。いったん予約を入れたら、キャンセルするというのもありえない。急に仕事が入って行けなくなったとしても、代わりに誰かに行ってもらう。

心にグサッと刺さった音楽は一生忘れない

これも見栄と言えば見栄。気遣いと言えば気遣い。でも、きっと気遣いにしても度がすぎる。店からも「そこまでお気遣いなさらないでください」とよく言われる。何より自分でもそう思う。でも、身体にそれがしみついてしまっているので、もうどうしようもない。 

他人が見栄を張っている姿を見て、かっこいいことだとは思わない。でもそれを強く否定するような気持ちもない。それがその人の自分をアピールする方法なんだなと思うだけ。

その点では、僕はものすごく恵まれてきたと思っている。自分がどういう人間で、どういう仕事をしているのか、いちいち説明する必要がなかったから。音楽に関わる仕事をやってきて、それは本当に幸せなことだったと思う。

30歳以上の人だったら、浜崎あゆみや倖田來未を、多分いくつになっても忘れないだろう。70歳、80歳になって、記憶力が衰えても、きっと音楽を聴けば思い出すはずだ。人生の最も多感な時期に、心にグサッと刺さった音楽は一生忘れない。その人の人生、経験、そして時代に根づいた特別な記憶になっている。僕はそういう仕事をしている。音楽があるから、僕自身は、見栄を張って、自分を大きく見せる必要があまりなかった。

いいことも悪いことも起きる毎日が幸せ

こういう仕事に関われたことは、どんな仕事で成功するよりもよかったと思う。他の仕事で、今の10倍お金持ちになれたとしても、こっちのほうがよかったと僕は思っている。ま、世の中には、僕より何十倍もお金持ちの経営者がたくさんいるから、負け惜しみでそう言っている部分がなくもないんだけど(笑)。

この仕事は全然安定していない。会社も、僕の人生も、上がったり下がったりがとても激しい。だから、他の経営者を見ていて、安定していていいなといつも思う。僕みたいに上がったり下がったりしていると、いつも不安のなかにいなければならない。

一方で、安定していたらつまらないだろうなとも思う。僕の今までの生活は、いい時と悪い時の振り幅が大きすぎて、摩擦が起きて、熱を発していた。その瞬間は本当に辛い、本当に疲れる。でも過ぎてしまえば、やっぱり僕は絶対にこっちがいい。

「幸せな人生だったのか」と問われると、それはよくわからない。仕事だけじゃなくて、家族のこととか、人間関係とか、そういうのも含めて人生だから。それに、これからだって、きっと上がったり下がったりを繰り返していくのだろう。それを考えると怖くなる。でも、僕は、そうじゃなければ退屈なんだろうなと思う。

僕の仕事は毎日がイベント。いいことも、悪いことも、毎日何かが必ず起きる。きっと"普通の感覚"ではないのかもしれないけど、そういう毎日が僕にとっては幸せなことなんだと思う。

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松浦勝人
松浦勝人
エイベックス代表取締役会長。1964年神奈川県生まれ。日本大学在学中に貸しレコード店の店長としてビジネスを始め、以降、輸入レコードの卸売り、レコードメーカー、アニメやデジタル関連事業などエンタメに関わるさまざまなジャンルに事業を拡大し続ける。
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