新聞労連委員長・南 彰~元NHKスクープ記者・立岩陽一郎のLIFE SHIFT㉚

これまで華々しい実績を残してきたNHKを49歳にして去り、その翌日単身渡米。巨大エリートメディアを去った一人のジャーナリストが、さまざまな人の人生、LIFE SHIFTを伝えていく。第31回は、新聞労連委員長の南 彰氏だ。
   

新型コロナで、メディアの在り方、報道の在り方が変わってきている 

新型コロナウイルスの影響で多くの人が自由を奪われた生活が続いていることと思う。この厳しいご時世、他人のLIFE SHIFTになんて興味ないよ……などと言わずにお付き合いしてほしい。

今がかつて無い事態であることは間違いない。新型コロナと緊急事態宣言。外出を自粛している読者も多いかもしれない。

私自身は記者として戒厳令下の街や紛争地で生活したことは有る。戦争終結直後のイラクに滞在した時には、周囲が不穏な状況となり臨時支局としていた一軒家から一歩も出ない日が数週間続いたこともある。

しかし、ここは日本だ。軍事政権下でもなければ、銃弾が飛んだり近くで爆弾がさく裂する危険地帯でもない。繰り返す。ここは日本だ。北から南まで、どこに行ったって、そんなことは起きていない。それでも、人々は外出を控え、バーは店を閉じている。ジムもやっていない。映画館も閉まっている。

「不要不急」という言葉だけが繰り返される。不要不急……そんな四字熟語があったのか。それが私の素直な感想だ。勿論、それに抗う気は無い。ただ、「不要不急」かどうかは、あくまでも自分で決める話だとは思っている……といった私見はこの際、どうでも良い。

この緊急事態に於いて、否応にも注目するのは国のリーダーの発言だ。リーダー、最高責任者。そう、日本で言えば、総理大臣だ。今の総理は、その話す際の舌足らずなしゃべりが時折、笑いの対象になる。私はそんなところには全く興味は無いが、質疑足らずは非常に気になっている。質疑足らず……そう、それが総理大臣の記者会見だ。

例えば、一国のリーダーの記者会見とは、一定の節度と互いへの敬意に包まれた雰囲気の中に、国民の疑問を踏まえた厳しい追及が繰り広げられるもの、と理解される。

私が常日頃からチェックしているトランプ大統領の記者会見などでも、記者は、「Mr. President(大統領閣下)」と呼びかける。言葉は比較的丁寧だ。ただし、追及は激しい。「そんなことを質問しているわけではありません」などと記者が大統領の発言を制することもある。

日本の総理大臣の会見はそうではない。

この新型コロナの問題で最初に安倍総理が記者会見を開いたのは2月29日。そこで安倍総理は、「集団による感染をいかに防ぐかが極めて重要です。大規模感染のリスクを回避するため、多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベントについては、中止、延期又は規模縮小などの対応を要請いたします」と感染防止への協力を呼び掛けた。

この重要な記者会見は、わずか36分だった。しかもその最初の19分は一方的な演説だった。残りの17分で記者との質疑が行われたが、ここである行為が判明する。それは事前のすり合わせだ。この時に質問したのは、朝日新聞、テレビ朝日、NHK、読売新聞、そしてアメリカのAP通信。記者は質問する。そして答える安倍総理。ところがなぜか安倍総理は用意された文書を読み上げている。

「え? なんで、書面を読んでいるんだ?」

違和感はそれだけではない。フリーランスのジャーナリストが「まだ質問が有ります」と声をあげたが、記者会見は打ち切られた。

読者の皆さん、これが如何に深刻な事態かを是非共有して頂きたい。何も、安倍総理を糾弾する話ではない。その後の緊急事態につながる重要な政府の決定を最高責任者が語る場で、記者は用意された質問をし、責任者は準備された書面を読んで終わった。私はそれを「茶番」と呼ぶ。

それでは、国民が知らねばならない実際に起きている事実が表に出ない。出てきても、それはかなり後に出てくるということになってしまう。それが日本の最高責任者の記者会見だ。

では、それを作り出しているのは、誰なのか? 安倍総理なのか? 官邸の役人なのか? 違う。

実は、茶番を演じた片割れである朝日新聞であり、テレビ朝日であり、NHKであり、読売新聞であり……そう、日本のメディアを代表する巨大組織なのだ。

しかし私がそう思ったところで、何も変わらない。総理会見を主催しているのは、その巨大組織だからだ。彼らから見れば私など、大した存在ではない。

私はある人物に見解を問いたくなった。それが今回のLIFE SHIFTの主人公だ。南 彰。新聞労連の委員長だ。メッセンジャーで連絡をとると、南は口にした。

「これは総理官邸の対応も問われているんですけど、実はメディアの側が問われているんだと思います。メディアが何とかしないと人々の信用を失うでしょう。現場の中で声をあげる必要が有ると思います」

南の問題意識は私の漠然とした違和感より明確だった。こう言い放ったのだ。

「これは、メディアは共犯です」

更にこうも言った。

「総理会見は儀式になってしまっています」

そして総理会見を儀式にしてしまっているのは、他でも無い、メディアだということだ。新聞労連の委員長と言っても、南は労働組合の活動家というわけではない。共犯だと名指しして批判した巨大メディアである朝日新聞の記者だ。しかもその主犯とも言える政治部記者であり、過去に官邸を担当したこともある。つまり、身内を批判したわけだ。

言うだけではない。南は既に動いていた。茶番ではなく自由に質疑ができ、しかも大手メディア以外のフリーランスのジャーナリストも参加できる総理会見の実現を呼び掛け、署名集めに乗り出していた。

「オープンな首相会見の開催」を呼びかけたオンライン署名は、1万人を目指して始まったが、その後の数日で3万超となり、朝日新聞をはじめとする大手メディア各社に送られた。

それから暫くして南を新聞労連の事務所に訪ねた。まだ東京都が緊急事態宣言下になる前の3月30日。御茶ノ水駅から坂を上がって少し行った雑居ビルの中にある。いつ来ても、ここが全国の新聞社の労働組合を束ねているとは思えんなぁ……と戸惑うほど普通な感じの小さな事務所だ。そのいくつか並んだ机の1つで資料に埋もれた南が作業をしていた。

「すぐ行きますから」と奥の小部屋に通された。そこで事務所のスタッフが持ってきた香りの無いコーヒーをすすりながら南を待った。

新聞労連の委員長は2年交代だ。私も過去の委員長を知らないわけではない。それぞれ優秀な記者であり、委員長職を引き継いでそれぞれの社に戻っている。しかし、南は明らかに過去の委員長とは違う。それは、自分が戻る朝日新聞も含めたメディアとの間の緊張感が半端じゃないということだ。言葉にするとこうなる。

「彼は会社に戻れるのだろうか?」

こう書くと、無頼を気取った脂ぎったタフガイをイメージするかもしれない。しかし南はその対極の様なタイプだ。スラリとした体躯にスーツが似合う。涼しげな顔をしている。涼しい顔という表現はおかしな表現かもしれないが、私は密かに彼を涼しい顔の男と呼んでいる。それは、後述するように厳しい局面に立たされても動じてなさそうなその表情から来るのだが……勿論、本人にそれを言ったことはない。

ここで南の経歴を書いておく。1979年、神奈川県生まれ。私より一回り若い。なかなかのスポーツマンだ。高校時代にボートでインターハイに出場している。

'98年に慶応義塾大学に入学。大学では当然、ボート部から勧誘を受けるが入らずに、仲間とボートのサークルを結成している。恐らく大学を出て普通の企業に就職することを考えたらボート部に入っただろう。南は新聞記者になろうと思っていたわけではないと話していたが、普通の就職は考えていなかっただろうと思う。他に、都内の下町で子供向けの寺子屋の様な学習塾のバイト頭を務めたり、新党さきがけの理論的指導者でTBSのサンデーモーニングのコメンテーターとなっている田中秀征氏が立ち上げたさきがけ塾に顔を出すなどしていたという。

「ちょうど、さきがけがブームになった頃で、バブル崩壊後の日本社会が新しい方向に変わらないといけないという雰囲気が有った時でした。旧来型の大型公共事業を従来通り続けるのか? それとも環境保全型の新たな公共事業を模索するのか? そういう社会の在り方、政治の在り方に興味を持ちながら過ごしていました」

南はそう当時を振り返ったことがある。大学の卒業論文は東京のダム事業を題材に、大型公共事業が地域にもたらした影響を住民の視点から分析した。

2002年4月、友人に誘われて受けた朝日新聞に入社。

「涼しげな顔をしているが、経歴はかなりパワフルだよなぁ……」などと考えていたら、「すみません」と言いながら、その涼しげな顔の男が入ってきた。

目の前に座った南に、「どう?」と言葉をかけると、涼しげな苦笑いで返した。

「署名はかなり集まりましたね」

そう水を向けると、「そうですね。3万超えました」と話し始めた。

「この総理会見の在り方は、やはりメディアの側が変らないと何も変わらないんだと思っています。ですから署名を主要メディア各社が受け止めて欲しいと思っています」

重く受け止めるのだろうか?

「うーん、理解を示してくれる人もいます。ただ、なかなか簡単には変わらないでしょうね」

それはそうだろう。戦後ずっと続いてきた慣行が、直ぐに変わるということは難しい。南に問うてみたのは、実際に政治部記者だった時にはどう思っていたのかという点だった。

「実は、新聞労連の委員長を受けても良いと思った理由の1つに、官邸の記者会見の在り方を変えないといけないと思ったことがありました」

ここで南が言う「記者会見」とは、総理会見と、総理の番頭である官房長官会見だ。日本の最高責任者が総理大臣であり、その補佐であり実質的なナンバー2が官房長官だ。

官房長官の会見は総理会見とは異なり、自由にやり取りができる。ただ、今の菅官房長官は強面で知られ、記者の批判的な質問には答えないなどの姿勢が目立っている。

南は記者時代、その菅の官房長官会見で一躍注目を浴びることになる。それは2017年の8月8日のことだった。朝日新聞の政治部記者として会見に出た南は挙手をする。すると、菅に「どうぞ」と手で合図される。

南は、おもむろに本の一説を読み上げる。

「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為……」

菅は質問を待っている。そこで南は「これを書いた政治家を知っていますか?」と問うた。

時あたかも森友学園、加計学園の問題で公文書の存在を認めない、或いは破棄するなどの政府の姿勢が問題になっていた時だ。恐らく、菅はかつての自民党の大物が書いた本を引用して批判めいた質問をすると踏んだのだろう。「つまらない質問をするな」とばかりに、「知りません」と突き放した。そこで南は執筆者の名前を伝えた。

「菅官房長官です」

恐らく、その時の南も涼しい顔をしていたかと想像する。「公文書の重要性、それを政府が大切に扱うことの意味を説いた政治家。それはあなただ」ということだ。菅の表情は……書く必要も無いだろう。

引用は、菅本人が2012年に文藝春秋から出した「政治家の覚悟」からのものだった。それはその後報じられ、広く知られるエピソードとなる。私は当時、南を知らなかったが、「そんな気骨の有る政治記者が日本にもいるのか」と思ったことを覚えている。

これは何も官房長官をいじめるための質問ではない。

「官房長官、あなたは過去にこう書いているではないか。今あなたがやっていることは、この本に書いていることと矛盾するのではないか?」

南の質問は正鵠を射ている。

勿論、アメリカにはそういう記者はいる。否、そういう記者しかいない。例えば、トランプ大統領の記者会見などは常に大荒れとなる。

CNNのジム・アコスタという記者がいるが、彼などは、「お前は無礼な奴だ」とか「お前の会社はフェイクニュースだ」などと罵倒される。しかし、そういう自由な質疑が本来の記者会見だ。あまり知られていないが、当のトランプ大統領も、「ジム、何か質問はないか?」などと挑発し、そのやり取りを楽しんでいるところもある。

日本ではそういう質疑は極めて珍しい。

それがなぜかを語り始めたら長くなるのでここでは控えるが、やはりそういう記者会見ができる国を自由で民主主義の国と呼ぶ。残念ながら日本はそうではない。記者は自由に質問し、国のリーダーが質問に対して自分の言葉で思いのたけを語る。それが民主主義国家の最高責任者の記者会見だ……と、ここまでは実は多くの人が指摘してきた話だ。

南は違う。そのシステムを作り上げたのは、南も属するメディアの側だと指摘し、そして署名を集め、その署名をメディアに送ったということだ。

それを目の前に座る涼しい顔の男が、やり遂げたということだ。それは新聞記者としては、自殺行為かもしれない。なぜなら南は新聞労連の委員長の任期が終われば、また朝日新聞に戻るからだ。政治部記者である彼は、その官邸取材を担当する可能性も有る。

ここで、なぜ日本の総理会見や官房長官会見で厳しい質問が出にくいのか、それに触れた方が良いかもしれない。

世界中どこにでも通じる普遍的な摂理がある。それは、情報は権力に集う、だ。それは日本だろうが、アメリカだろうが、どこでもそうだ。そして、記者は情報が欲しい。

問題はそこからだ。日本の記者は相手の懐に飛び込んで情報をとろうとする。だから、相手と一体になる。総理を取材すれば総理と、官房長官を取材すれば官房長官と一体化する。必然的に、目線も同じになる。そこでは恥をかかせるような厳しい質問はしない。下手をすると、「国民は理解していない」というぼやき言葉を一緒に吐いていたりする。

南は違う。この涼しい顔をした記者は、そういう取材をしない。彼は、駆け出しのころ、知的障害をもった女児が性的虐待を繰り返される事件を取材している。被害者が知的障害を持っていたこともあり立証が十分でないと判断されて、刑事裁判では被告は無罪となる。無罪となると、「えん罪だ」と被害者が逆にバッシングを受ける。南は、その問題点を掘り起こし、連載にしている。その後、政治部記者として日本の権力を取材することになる南は、「これまでの記者歴で最も思い入れの強い取材です」と言っている。

記者は取材対象のために仕事をするのではない。社会の為、例えば、性的虐待を訴えられない知的障害を持った児童のために仕事をする。だからこそ、人々はその存在を認める。それができている以上、人々が紙の新聞を読まなくなっても記者はその存在意義を認められる。

南はそれを信じているし、私もそう思っている。出来れば、読者の皆さんもその思いを共有して欲しい。

新聞労連の委員長は持ち回りだ。南が委員長になったのは、たまたま朝日新聞の番だったからだ。ただ、官房長官会見での南の質問が周囲に大きなインパクトを与えての人選だったことは想像に難くない。

実は南は、強面の官房長官会見についても、大きな問題提起をしている。それは新聞労連委員長になった後の2019年3月14日のことだ。

官邸前で記者会見の在り方に抗議する集会を開いているのだ。これは、官房長官会見で特定の記者に対する質問が妨害されるなどしたことが横行していることに、南が危機感を感じて行ったものだ。「FIGHT FOR TRUTH 私たちの知る権利を守る」と名付けられた集会には現役の記者も含めかなりの人数が参加して声を挙げている。

正直言うと、私はこういう行動を是とはしていない。やはり抗議集会は極めて政治的な動きに見えてしまうからだ。そう思う人は多く、実際、南は集会を取りやめるように先輩記者らに言われている。

「『これは君の為だ。止めた方が良い』とか『活動(家)的にならない方が良い』と言われました」

それでも南は集会を開いた。

「今の様な記者会見を許容していて、このまま声を挙げないで受け入れていたら、我々の次の世代はどうなってしまうのでしょうか?私はそんな状況を次の世代に引き継げません」

その南の熱い思いは、私にも響く。

「メディアにも様々な考えが有り、政権との距離も会社によって様々です。でも、会見で虚偽の答弁をする、質問を制限するといったことに賛成しているメディアはないんです」

それをやるのは新聞労連委員長としての南の役割ということだ。その涼しい顔からあふれ出る熱い思いに圧倒された。

勿論、南は気を付けていることがある。

「新聞労連の私物化の様にみられることは絶対に避けないといけないと思っています。ですから、全国の現場の記者がどう考えているのか?現場のニーズは何か?これを常に考えるよう心掛けています」

だから集会についても次の様に言った。

「現場の記者が意見を表明してくれた。これが大きかったと思っています」

それは冒頭の総理会見の署名とつながる。

「『記者は何をしているんだ』という疑問の声は有ったと思うんです。外から見ると、記者は政府と一体化しているように見えるのではないだろうか? そういう声は現場に有ったわけです。それを表で議論しないといけない。それは今やらないと、取り返しのつかないことになってしまう」

繰り返しになるが、その批判の矢は南が属する新聞社にも向かう。それも南は覚悟してのことだ。

新聞労連委員長の人選は朝日新聞の歴代の委員長が行い、それが大会で承認される形となる。打診を受けた時、こう言われたと言う。

「申し訳ないけど、社内の出世にはプラスにはならない」

しかし、その人選者も、その後の南の状況までは想像できなかっただろう。南が直面している状況は「社内の出世」といったレベルの話ではない。プラスどころか、どれだけマイナスかを見ないといけない。

緊急事態宣言が発せられて11日過ぎた4月18日、メッセンジャーで南に連絡をとった。

南の任期は間もなく終わる。この2年間、南が闘ってきた結果はどうだったのか? その最中に新型コロナウイルス禍という未曽有の事態も起きている。

「新型コロナで、メディアの在り方、報道の在り方とか、従来、報道機関が支えてきた民主主義の在り方が大きく変わってきていると感じています」

それは、まさに南が問い続けてきたものだ。そこに新型コロナの問題が起き、メディアの問題が目に見えるようになってきているということだ。そこで南は面白いことを言った。

「でも、うまくやれば良い方向に変われると、思うんです」

実はこの未曽有の事態に、これまで強固な存在だった政権の中も混乱が見えるという。これまでその圧倒的な力でメディアの統制を強めてきた政府、それを支えてきたメディアという構図が崩れつつあるということだ。そこに南は希望を見出す。私もそこに、希望を見出したい。

で、南はどうなのだろうか? この7月には任期が切れる。普通に朝日新聞に戻れるのだろうか?

「記者に戻って、新聞労連委員長として言ってきたことに責任をもって取材を続けていく必要が有ると思っています。記者クラブに代表される従来からの『岩盤』は強固だと思いますが、心ある人がなんとか皆でやらないといけないと感じ始めています」

2月に世田谷区で学校の児童や保護者に語る集会に参加した時、中学生に、「選挙に出ることはないのか」と質問されたという。

「それは無いです。メディアの中を変えるには、外から変えるのは難しい。やはりメディアの中にいてしか変えられません」

そう南は答えたと言う。朝日新聞に予定通り戻り、また記者として取材する。勿論、その朝日新聞でも南の今後を気にかけている人はいる。

「やりたいことはわかるが、それは先ず権力をとってから、上にいってやらないとダメだ」

こう言われたこともある。

「このままでは正統派の政治部記者になれない」

こうも言われた。

それには理由が有る。南の朝日新聞時代の同期でこの欄でも取り上げたことのある元BuzzFeed Japan創刊編集長の古田大輔は、「南は入った時から、将来の朝日新聞を背負って立つ逸材と言われていた」と話している。普通なら「正統派の政治部記者」になりそのまま偉くなる……そういう選択肢を期待された記者だということだ。

しかし、この「正統派の政治部記者」……それはまさに、権力の懐に入り、その中枢でしか知りえない情報をとり、それを権力に嫌われることなく、時には権力に迎合する形で報じる記者……ということになる。

南は言う。

「これだけ大きな変化が起きている中で、従来のやり方で『良し』としてしまうと、仮にそれで私が権力をとったとしても、それでは意味が無い。もうもたないんですよ。自分が権力をとるとかとらないとか、そういうレベルの話じゃないんです」

そう。南は既にLIFE SHIFTに舵を切っているということだ。その先で、元に戻ることはあり得ない。自分で切り拓くしかない。

実は、南の後任が決まっておらず、この7月の退任が9月に延びていると明かした。

「勿論、9月末には完全に委員長職を離れます」

南は苦笑いをしながら言った。それは涼しい苦笑いだった。

㉛に続く

立岩陽一郎
立岩陽一郎
調査報道を専門とする認定NPO「インファクト」編集長。一橋大学卒業。NHKで初めて戦場特派員としてイラク、クウェートを取材。社会部記者、1年間の米国留学の後、国際報道局デスクを経験するなど華々しいキャリアを築くも「パナマ文書」の取材を最後に49歳にしてNHKを辞職しその翌日渡米。現在は公益法人「政治資金センター」理事や毎日放送「ちちんぷいぷい」のレギュラー・コメンテータ、ニュースメディアへこれまで培ってきた報道の世界の鋭い目線で記事を提供するなど活動の幅は多岐に渡る。著書に「ファクトチェック最前線」「トランプ報道のフェイクとファクト」「NPOメディアが切り開くジャーナリズム」「トランプ王国の素顔」、共著に「ファクトチェックとは何か」「フェイクと憎悪」がある。
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