「世界のベストレストラン」舞台裏に密着! 『傳』長谷川在佑が世界で戦える理由とは?

去る6月19日に行われた、世界一のレストランを決める「世界のベストレストラン50」で日本最高位17位に入賞した「傳」。オープン10年で世界のトップへ駆けあがった爆発力の理由はどこにあるのか。それを探るべく「ゲーテ」は、アワードに参加するためビルバオを訪れたシェフ長谷川在佑氏を3日間に渡り密着した。  


注目賞からハイエストクライマー賞へ。「傳」3年の軌跡

日本の料理店のレベルの高さは言わずもがなであり、実際、日本のインバウンド需要の牽引力にもなっている。しかしながら、言語や食文化の特殊性ゆえ、閉鎖的な側面があることも否めない。そのため、「世界のベストレストラン50」などのランキングの中では苦戦を強いられているが、一人気を吐いているのが長谷川在佑氏率いる「チーム傳」だ。

「世界のベストレストラン50」は、世界26の国とエリア、1,000人超の食のプロの投票で世界一のレストランを決める、名誉あるアワードだ。

日本最高の17位に入賞した「傳」は、一昨年のNY大会で"ONE TO WATCH(注目賞)"を受賞し、枠外ながら「世界のベストレストラン」に初めて顔を出した新鋭。以降、昨年のメルボルン大会で45位、そして今年のビルバオ大会では17位にランクイン。同時に、昨年から最も順位を上げた“ハイエストクライマー賞”も受賞した。

アワード会場では順位発表のほかに、10の特別賞が贈与される。そのひとつがこのハイエストクライマー賞であり、ONE TO WATCHである。実は、壇上に上がれるシェフは、特別賞の受賞者と、各国の最高順位のシェフのみ。それ以外のシェフたちは客席で手をふる姿がスクリーンに映し出されるにとどまる。つまり、何年ランクインしていても、壇上に上がったことがない人もたくさんいるわけだ。

それが長谷川氏はわずか3回の大会で2回も壇上へ。彼がいかに強運であり、“持っている”かがわかるだろう。今や、ガストロノミーの潮流を決めるほどの力を持ちながら、人気投票の側面もあるのが「世界のベストレストラン」。「傳」はそうした仕組みのなかで世界の票を集められる数少ない日本のレストランなのだ。

栄えあるハイエストクライマー賞と記されたクリスタルトロフィーを手にして、満面の笑みを浮かべる長谷川氏。

「傳」がオープンしたのは10年前。ケンタッキーフライドチキンを模した「DENタッキー」など、記憶に残る料理と温かなもてなしでまたたくまに人気を博した。口コミで海外有名シェフが訪れるようになり、また、積極的にコラボレーションを行うなどして、海外シェフたちとの交流を深めてきた。

なにしろ、「世界のベストレストラン50」のランキングは1,000人超の評議員が1年半以内に訪れた店のなかで最も感動したレストランに投票することによって決まる。まずは一人でも多くの評議員に来てもらわないことにはランキングを上げようがない。距離的にも言語的にもハンディのある極東の日本においては、シェフやフーディーズの間で知名度を上げることは必須だ。長谷川氏は言う。

「言葉がしゃべれないことなんて関係ない。自分から心を開いて、体当たりで気持ちを表せば、皆、必ず受け入れてくれます。彼らも料理という同じ土俵で戦う同志。直接言葉を交わせば、来年こそはお前の所に食べに行きたい、そんな話にもなります。実際に触れあうことで新たな友情が芽生え、次のステージが開けてくるのです」

毎回、アワードの前日には「シェフズフィースト」と呼ばれる、受賞シェフとそのチームが親睦を深める会が行われている。今年は、ビルバオ郊外にある古い山小屋を改装した薪焼きのレストラン「アサドール・エチェバリ」(10位)が会場となった。そこでもあちこちから「HI! ZAIYU!」と声がかかり、そのたびにハイタッチやハグで気持ちを返すさまに、長谷川氏が世界中のシェフからいかに愛されているかがわかる。

シェフズフィーストの会場では、村人たちも参加して和やかな雰囲気に。

海外でのプロジェクトは、女将をはじめ4~5人のスタッフで現地入りするのが、「チーム傳」の常だ。今回も、アワードの3日前に現地に入り、まずはサンセバスチャンでバル巡りを楽しんだ。もちろんその間は東京の店はクローズするし、それだけの人数で動けば、経費もかさむのだが……。

「この空気感や盛り上がり、トップシェフのオーラを肌で感じ、自分たちも頑張ろうと胸に刻みこむ。そんな共通体験こそが大切と考えています」

その一体感、目標設定こそが、チーム傳を強くしてきたのであろう。

アワード会場へ入場する際のレッドカーペットの上で、チーム皆で。アワードそのものを皆で楽しもうという姿勢が見える。

食の社交場、ここにあり! バスク伝統の「美食倶楽部」

バスク地方が世界でも稀に見る美食エリアであることの一つの証に、「美食倶楽部」の存在がある。これは、キッチン設備のある会員制のクラブに男性だけが集まり、豪快に料理をし、飲み食べ、語りあうという伝統だ。なかには100年以上続く歴史ある倶楽部もあり、会員権はステイタスでもある。アワード当日、そんな美食倶楽部のひとつに、名だたるシェフや各国のジャーナリストが招かれ「チーム傳」も参加した。

ロングテーブルには次々、バスクの郷土料理が運ばれる。そこここで「サルー!(スペイン語で乾杯の意)」の応酬だ。宴の後半にはバルセロナの「カンロカ」(2位)や、ペルーの「マイド」(7位)、スペインの「ムガリッツ」(9位)、「ガストン」(39位)などの重鎮シェフも顔を出し、さながら美食の秘密結社と化した。

長谷川氏も常に周囲に気を配り、料理をとりわけ、ワインを注ぎ、席をまわり、声を掛け合う。来年1月には今回のONE TO WATCHを受賞したカリフォルニア「シングルスレッド」とのコラボが決まっているというが、ランチョンに列席したロシア「ホワイトラビット」(15位)や「ネルア」(グッゲンハイム内のレストラン)のシェフとも、いつかはコラボを、と盛り上がる。こうして、ビルバオ滞在中にも次々とコラボレーションの話が広がっていくのである。

ロングテーブルに座ってランチョンを楽しむシェフやジャーナリストたち。

「まずは、自分が本気で楽しむことですね。それが相手にも伝わる。シェフであろうと、店にきてくださるお客さまであろうとそれは変わりません。その気持ちを共有することが大切なんだと思います」

今、食べている料理が、SNSで瞬時に世界中に発信される時代だ。“美味しい”は大前提ではあるが、味覚は民族的バックグラウンドや個人差がとても大きい。しかし、“楽しい”、“うれしい”、“心地いい”などの感情は万国共通。「傳」を訪れたゲストは必ず長谷川氏と写真をとり、SNSで発信。 “楽しかった”という共通体験が世界を駆け巡るのである。

多くのガストロノミーレストランが、ますます体験型に舵をきっている今、どれだけ心に刺さる、美味しく楽しい体験を提供できるかで評価が決まる。それはまた、シェフの人間力への評価なのかもしれない。

アワードの3次会会場はサッカーの競技場。受賞シェフの名前入りユニフォームが用意されているというサプライズに、シェフたちも大喜び。日本勢からの参加は長谷川シェフのみだったが、グラウンドでも笑顔を爆発させていた。
Zaiyuu Hasegawa
1978年東京都生まれ。高校卒業後、多数の料理店にて経験を積み、2007年29歳で独立。神保町に「傳」を開店。わずか3年目で「ミシュランガイド東京2011」にて二ツ星を獲得。2016年12月、店舗を神宮前に移転した。

Text=小松宏子 Photograph=鈴木拓也