中国vs日本 対極を楽しむ 出井伸之vol 03


日本人が急に愛されることは難しい

華僑を中心としたアジアの企業家たち約50人と上海に行く機会を得た。わずか3年でその装いを一変してしまうのがこの街。外灘の絶好のロケーションに位置するペニンシュラ上海に宿泊したが、部屋の外に広がる絶景は、日本とは次元の違うところに迷い込んでしまったかのようだった。
 夜はメンバーシップのレストランに行ったが、内装から料理まで、素晴らしいレベル。そのあとはゲストハウスでジャズを聴くという、エレガントな一夜だった。旧租界地区の古い町並みと近代的な都市のコントラストは、ますます強くなっていた。思い出したのが、EXILEの「Ti Amo」のプロモーションビデオ。そんな夢のような世界が目の前に広がっていた。


 一方、日本人として衝撃を受ける話もあった。香港系の女性企業家は、旧租界地区にある曾祖父の家を買い戻したという。見せてもらうと、明治の頃の日本の洋館そのものなのだ。内部の壁面には、数多くの写真によって家族の歴史が綴られていた。ところが、明らかに途切れている時代がある。1937年に始まる日中戦争だ。実は多くの中国人家族が、この戦争によって邸宅を奪われ、中国の別の都市や香港や台湾にバラバラに引き裂かれてしまったのである。
 こうした現実を目にしてわかったことは、中国の人から日本が急に愛されるようになることは極めて難しい、ということである。それを日本人は理解しておく必要があると思った。
 そしてもうひとつ、日本が理解すべきなのは、中国がまだ国づくりの途中であることだ。建設ラッシュが続き、その姿を大きく変えている中国だが、それは外見だけではない。折しも訪中初日は、中国と台湾が経済貿易協定を結んだ日だった。中国は新しい国になるために、さまざまなものを乗り越え、変わろうとしている。まだまだ進化中なのだ。国としての一体感を作り上げている最中といえる。

中国体質になると日本は物足りない

上海万博にも行った。これがまた極めて興味深かった。まず驚かされたのは、圧倒的な人の多さ。レストランもトイレも長蛇の列である。7時間待ちの館もあった。いくつかの館を見たが、各国の“カラー”がはっきり分かれて見えた。
 中国館は、さすがの力の入れ具合である。外観からしてスケールは群を抜いていた。中に入ると、驚くような映像世界が広がっている。中国の歴史がパノラマ映像として見られるのだ。そのほか、1、2の人気を争っていたのが、サウジアラビア館。まず、とんでもないお金をかけていることがひと目でわかった。驚くほどの巨大な超高画質スクリーンに、プロのカメラマンによる素晴らしい映像が流れる。これがすごい迫力なのだ。

素晴らしい香りだと感激したのが、いただきものの茶壺型香水「さとり」シリーズの「さくら」。「さとり」の名前は、この香水を手がけた調香師の名前であると同時に、紀元前5世紀を起源とする仏教の用語でもあるという。価格は10万円するらしい。


 評価が高かったもうひとつが、イギリス館。6万個の植物の種を含んだ透明のアクリル竿がタンポポの種のように集結され、先にはカラー光源があって、これが風で微妙に揺れ動き、なんともいえない光沢と色を作り出していた。コンセプチュアルで、クリエイティブ。さすがは成熟国、と思える館だった。
 一方で日本は、あまりにも日本的、という印象。企業の技術屋の域を出ていない。アートではないのだ。トキのキャラクターも、イギリスに比べコンセプトという意味で明らかにインパクトに欠けた。成熟国らしさが感じられないのだ。ヴァイオリンを弾くロボットなどは歓声を集めていたが。
 そして今回の旅で強い印象が残ったのが、無錫への高速道路である。恐ろしいドライブだったのだ。中国の交通事故は相当な数にのぼるのでは、と調べてみると、'05年の段階で中国の自動車保有台数は世界の1.9%しかないにもかかわらず、交通死亡事故の発生件数はすでに世界の15%を占めていた。
 華僑の企業家たちとの会話にも驚かされた。ビルどころか、リゾートまるごと、さらには島の売り買いのような話をしているのだ。驚くほどの発展で、大きな富がますます動いている。これから巨大財閥ができつつある国もある。そのスケールには、とてもついていけないと思った。
 ジェットコースターのような日々を過ごして帰国してみると、すっかり中国体質になっていたのか、安全な日本がなんとも物足りない国に感じてしまった。何はともあれ、まずは中国に行ってみるべきである。経済であれ、政治であれ、日中を語るにはそこから。改めてそう思った。


Text=上阪 徹 Photograph=OGATA
*本記事の内容は10年10月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい