ジビエvs鮨 対極を愉しむ 出井伸之vol 4


パリの秋の味覚の前では野獣と化す

 ダブリン出張からパリを回って帰ることにした。ストによる騒乱が伝えられており、誰もがやめろという。だが、駐在経験のあるパリは勝手知ったる場所。騒乱場所もおおよそわかっていた。そんなことよりパリにどうしても寄りたい理由があったのだ。秋の味覚、ジビエである。
 想像しただけでも、たまらない気持ちだった。せっかくなので2日連続で食べる予定を組んだ。初日はお昼をほとんど抜いて夜の楽しみに備えた。もちろん店は、ジビエが得意なビストロだ。赤ワインはボルドーでもブルゴーニュでもなく、ローヌ産。渋くてストラクチャーのかっちりした味がジビエに合う。そして料理が出てきたら、ガブリと食らいつく。僕のなかでイメージはできていた。
 実際、ジビエを目の前にした僕は信じられないほどの勢いで、お肉にがっついていた。もちろん手づかみである。肉汁が口の周りにたっぷり付くが気にしない。向かうは、次の肉。ワインで喉を潤すと、再びかぶりつく。品なんて気にしない。がつがつ食べる。これが旨いのだ。


 日本では草食系男子が話題だが、僕はもとより肉食系である。その自覚はあった。だが、ジビエを食べていると、肉食といっても、単なる肉食ではない気がしてきた。同じ肉食系でも、犬だって肉を食うが、狼のような野獣もいる。自分はどちらかといえば、たぶん、かなり野性的な肉食系動物だろうと想像する。猛獣系とでもいうべきか。
 そもそも、狩猟にはかなり興味がある。狩りを自らするわけではないが、テレビで時々見かける、シマウマの喉元に噛みつく肉食獣の映像には惹きつけられる。ちょっと自分でも驚くのは、ゴルフ場の池で見かけるアヒルやカモを、「旨そうだ」と思ってしまったことが、一度や二度ではないことだ。
 そしてジビエの得意なビストロは、デザートがこれまた旨い。今回は、ミルク仕立てのおかゆのチョコレートがけ。これまたぺろりと食べてしまった。翌日もジビエを堪能し、僕のテンションは上がりっぱなしの状態になっていた。ちゃんと生きている気がする。なんだか、本性に戻れたような気分なのだ。だが、帰国後、それが一気に暗転してしまうのである。

日本に足りないのは肉食系以上のの猛獣系

 日本に戻って最初に行ったのは、鮨屋だった。旨いと評判の店である。だが、ジビエを食した翌日、というのがいけなかった。最近は、鮨といっても最初は品のいい小鉢が続く。カキもウニも悪くはないが、小さなスプーンを使って食べていると、なんだか自分までもが小さくなったような気になってくる。ジビエと格闘していた時と比較すると、まったく気分が盛り上がらないのだ。
 しかも、海の幸の味は甘さやら苦さやらで複雑。そもそも僕のメモリーは、海よりも森のほうが合う。繊細さよりも大胆さだ。シンプルな肉の味がなつかしくて仕方がなかった。結果的に、高かったテンションはすっかり下がってしまった。

大学時代に使っていたニコンのカメラの復刻版が出たと聞き、すぐに予約を入れた。するとニコンの吉田庄一郎社長(当時)のはからいで、誕生日の「11.22」のナンバーの入ったモデルが。最近では、お気に入りのリュックに入れて、いつも持ち歩いている。


 肉にがっついていたパリから戻り、品のいい日本食をいただいていてわかった。もしかして日本に足りないのは、“肉”なのではないか、と。草食系の増加が苦々しく報じられることもあるが、では肉食系が褒められているのかといえば、必ずしもそうではない。まるで鮨屋の小鉢のように、品よくこじんまりまとまることを、実は社会や企業が暗に求めているのではないか。だからこそ、社会のテンションも上がらないし、力がみなぎるような空気も生まれない。突き抜けたアイデアや戦略も出てこないのではないか。
 だが、実は日本には、隠れ肉食系、もっといえば猛獣系がたくさんいると僕は見ている。本当はジビエにがっつきたいのに、鮨屋で満足しているフリをしているのだ。自分に嘘をつき、猛獣系であることを隠している。男だけではない、女もだ。
 今、必要なのは、そんな彼、彼女が堂々と猛獣宣言することだ。本性のとおり、肉にがっつき、猛獣として社会に活力と刺激を与えてほしい。日本には、“肉”が足りないと主張すべきなのだ。
 実は鮨よりも焼き肉が好き。ゴルフでパットがショートすることだけは許せない。ポルシェの新しい918スパイダーにそそられた。仕事は仮説を立てることが好き。部屋は乱雑だが、まとめ捨てをする……。このあたりに思い当たる人は、猛獣系の素質あり、である。今、世の中はあなたを求めている。


Text=上阪 徹 Photograph=OGATA
*本記事の内容は10年11月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい