渡辺 謙×第18昭福丸 前川 渡 気仙沼が生んだふたりの共通点

ハリウッド俳優の渡辺謙氏が会いたいと熱望したのは、人生のほとんどを海の上で過ごし、マグロと格闘してきた伝説の第18昭福丸、船頭の前川渡氏だった。ふたりのサムライがお互い感じた共通点とは何だったのか。

命がけの仕事をする海の男の話が聞きたい

 カモメの声を背に、見物客40人ほどを乗せ、遠洋マグロ漁船が動きだした。強い春風が吹く甲板の上からは、津波の爪痕が漁港のあちこちに今も見える。東日本大震災のあと、何度も気仙沼を訪れ、支援活動を続けてきた渡辺謙の姿も船上にあった。
 昨年秋、漁港近くのカフェ「K-port」をプロデュース。そこでのイベントで、渡辺が自ら対談を熱望した人物がいた。マグロ漁船「第18昭福丸」の船頭、前川渡である。渡辺は言う。
「地元の人に“伝説の船頭”がいる、という話を聞いたんです。マグロ漁は、気仙沼の重要な産業。そのキーマンとも呼べる人物に話を聞かずして、気仙沼は伝えられない、と思ったんです」
 日本有数の遠洋マグロ延縄(はえなわ)漁港、気仙沼。だが、一度海に出ると、1年から1年半は戻らないのがマグロ漁。しかも、彼らが陸にいるのは1カ月程度。そのタイミングが今回、見事に合った。南アフリカ・ケープタウン沖から前川が帰国していたのだ。前川は言う。
「人前で話なんて、したことがない。人生のほとんどを、海の上で過ごしてきましたしね」

 マグロ延縄漁は、極めて過酷な仕事だ。まずは約1カ月かけて漁場に向かうが、その移動がすでに命がけとなる。たびたび襲ってくる大しけや台風。だが、海上に逃げ場はない。巨大な波と格闘するしかないのだ。操船を誤れば、船は危ない。
「とにかく耐えるしかない。大波の山を越え、谷を抜け、船を支える。操舵室は漁船の中央にあって、海面からは10メートルほどの高さですが、ここに正面からものすごい大波が打ちつけることもある。分厚いガラスにザッパーンと海水をくらうと、音と気圧で耳がキーンとなるんですよ。おっと、やられたなぁ、ってね(笑)」(前川)
 大しけは、長ければ3日続くという。とても立ってなどいられない大揺れのなかで食事をしつつ、船を操っていく。尋常の精神状態ではできない仕事だ。凪が訪れ、漁場に着けば、今度はマグロ漁の操業が待っている。

K-port/気仙沼漁港近くに昨秋オープン。建築は伊東豊雄、メニュー監修は三國清三など「多くの人の善意でできた」と渡辺。漁港を望むテラスを開放し、トークイベントが行われた

“板子一枚下は地獄”で映画を見てきた

 延縄漁は、150kmにも及ぶ「幹縄」につけられた3000もの針でマグロを釣り上げる、とんでもないスケールの漁。外国人を含む20人近い船員を統括し、操船から操業まですべてを指揮するのが、船頭の役割。
“伝説”と呼ばれるゆえんは、まず、リーダーとしての人間力の大きさ。国籍も文化も違う猛者が1年半、暮らし、働く船内。当然、何も起きないわけがない。それをどうまとめるか。下手をすれば翌年から優秀な船員は乗ってくれない。「苦悩の連続だ」と前川は言うが、彼の船に乗りたいと希望する船員は多いという。そして、前川の神がかり的な漁の腕。広大な海のどこにマグロの大群がいるか見つけるのは計器に頼るだけでは難しい。なんと、彼は8割の確率で見つけてしまう。過去には、1日に10トンのマグロを獲ったこともあるという。当然、その方法は“企業秘密”だ。
「根っからのハンター気質なんでしょうか(笑)。他の船を出し抜いて大漁になった時は身体中の血が沸き返ります」
 大漁の夜も、辛い夜も、前川が寝酒に必ず選ぶのはワインだ。寄港地のケープタウン近郊には数百のワイナリーがあり、好みの赤ワインを探して巡る。船頭の重責からしばし解放してくれる、友のような存在だ。

「ケープタウンや他の寄港地で妻への土産も買いますよ。やっぱり、宝石とかが喜びます(笑)」
 俳優と船頭。生きているのは、まったく違う世界だが、渡辺にとっては、それが魅力だという。
「面白いんです。何かを達成するための、ある種の極意のようなものは、俳優の世界でも同じだったりするんですね。表に見えることは1か2でも、その裏側に30も40もあったり。もしかして、それを確認したくてお目にかかろうと思ったのかもしれませんね」
 この感覚こそが、超一流かそうでないかを分けるのかもしれない。実際、前川も俳優としての渡辺を驚くほど観察していた。海上生活の楽しみは、映画やドラマを観ることだったのだ。渡辺の作品は、ほぼ観たという。
「すごい役者だと思っていました。人が見えないようなところも、きちんと演じている。今も覚えているのは、時代劇で武士が土下座するシーン。刀を置いた時、鞘(さや)の中がカチッと鳴ったんです。あ、中で刀をぶつけたな、と。この音があるかないかで、まったく空気は変わりますから。大胆な立ち回りより、そういうシーンが気になります」

渡辺謙、前川渡に会うべく、マグロ漁船に乗りこむ/マグロ延縄漁船「第18昭福丸」。マグロ漁は1年から1年半に及ぶ

 この発言には、渡辺も驚きの表情を見せた。そんな細かなところまで見ているのか、と。
「船は“板子一枚下は地獄”なんですよ。海の中で、人間は生きていけませんから。そういう条件で見ていると、まったく違って見えるんでしょうね。僕らも怖いです。そんなふうに見てもらっているとすれば」
 トークイベントの最後には、今や海上でも通信環境がよくなったので、メールやスカイプで語り合おう、と盛り上がった。だが、ステージを降りた前川がポツリと言った「スキーを一緒にやってみたいなぁ」という言葉に、渡辺がすぐに反応する。
 父親がスキー学校を経営し、子供の頃からレース仕様で鍛えられたのが渡辺。夏にはスキー場が舞台のドラマも予定され、自らその腕前を披露している。
「スキーをやっている人は、こういうことを言うんです(笑)。一緒に滑れば、すべてがわかっちゃうんですよね。ここでスキーを持ちだすとは、改めて伝説の船頭の凄さを思い知りました。その負けず嫌いぶりも(笑)」
 去る5月3日、前川は第18昭福丸でインドネシア沖へと気仙沼を出航した。船には、前川のような船頭になりたいと、義理の息子が乗船している──。

延縄漁業は江戸時代からの伝統漁法。今や国際漁業だが、やはり日本のレベルは高いという。延縄には3000もの針に餌がつけられる
Ken Watanabe
1959年生まれ。'83年にデビューし映画やTVドラマで活躍。2003年『ラストサムライ』以降、海外作品への出演多数。7月25日には『GODZILLA』が公開。今夏、東野圭吾原作ドラマ「白銀ジャック」(テレ朝)に主演。
Wataru Maekawa
1948年生まれ。漁業家に生まれる。スキー部入部を目的に東北高校に。近海マグロ延縄船に乗船後、大型遠洋マグロ船へ。20代後半から船頭に。現在、インドネシア沖で操業中。いつも温和な表情を絶やさない。

Text=上阪 徹 Photograph=アライテツヤ

*本記事の内容は14年5月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい。14年4月以降の記事では原則、税抜き価格を掲載しています。(14年3月以前は原則、税込み価格)