「俺がやりたかったことを実現した男!」ビートたけしをも唸らせたゴルフ界の革命児とは?

ゴルフクラブが売れない時代に売れるクラブを作り続ける男がいる。超絶機能、ユニークPRで業界を席巻し、常識と限界をぶち破る。まさにゴルフ界の革命児といわれるその男、リョーマゴルフ代表・谷本俊雄氏の生き様に迫った。


月1ゴルファーからクラブ作りへの挑戦!

「俺がやりたかった理想のクラブ作りを成し遂げたすごい人だよ」

あのビートたけし氏がそう称するのは、リョーマゴルフの代表を務める谷本俊雄氏だ。ここ数年、ゴルフ場の倒産やゴルフ人口の減少など、業界に明るい話題は少ない。それに伴い、ゴルフクラブも売れない時代といわれる。

そんななか、リョーマゴルフは、著名人、財界人をはじめ、ゴルファーから圧倒的な支持を得、驚異的に売り上げを伸ばし続けている。ちなみに、自らの飛距離に納得できず、ゴルフから離れていたビートたけし氏のゴルフ熱に再び火をつけたのが、リョーマゴルフのドライバーとの出合いだったという。

リョーマゴルフの設立は2000年。ダンロップやブリヂストンといった大手企業が業界の勢力図の大半を占めるゴルフ界に、谷本氏は36歳にして、異業種からの新規参入を決意した。

学生時代から学研の教材販売の営業マンとして稼いでいた。その自己資金で、教材販売会社を立ち上げ、順調に成長。だが、これを一生の生業にしようとは思っていなかった。

「昔から何かを作って、売ることを仕事にしたかった。では何を作るのか。その頃、仕事の付き合いで月1回ほどゴルフをしていました。だが、なかなか上手くならない。かといって毎日練習できるわけでもない。では道具で上手くなれないのか。これに同調する人が多くいました。『今より10ヤード先に真っ直ぐ飛ぶドライバーがあったら10 万円でも買いますか?』という問いに即答で『買う』と皆言うんです。では作ろう、と(笑)」

帰宅後は仕事の話はいっさいしないとのこと。切り替えないと寝ることさえもできなくなるそう。お気に入りの場所であるリビングでの読書でリフレッシ ュ。

無謀そのものに見えた異業種からのゼロスタート

谷本氏は、教材販売会社を売却し、リョーマゴルフを設立することになる(ちなみに、社名は谷本氏の故郷・高知の英雄である坂本竜馬に由来)。とはいえ、クラブ作りに関する経験・知識はゼロ。無謀そのものに見える。だが、谷本氏の目には「ゴルフクラブはまだまだ未完成品」に映っていた。チャンスは大いにあるのだと。

まず、取り組んだのは基礎研究。しかも、納得いくまでどこまでも追求する。結果、初代クラブを発売するまでに、7年もの時間を費やした。

「片っ端からクラブを買い、分解し、金属組成などを分析しました。結局はどのクラブも大きな違いはない。特許なんかも読み漁り、気づいたのが国内主要メーカーの多くはタイヤメーカーであり、ゴムの専門家がクラブを作っているということ。要するにボールを主力商品としてその流れでクラブを作っている
のではないかと。それなら付け入る隙はまだあるはずだと」

谷本氏は素材に着眼する。クラブ開発において重視したことは、"飛ぶ"と"芯を広くする"ただ、これを重視するとヘッドは割れやすい。谷本氏はチタンよりも強度の高い素材を開発するしかないと考え、特殊な素材を作りだす。これは航空機にも使えるものとして、経産省のナショナルプロジェクトから補助金を得られることにもなった。’09年、長い年月を経て、初代ドライバーがようやく完成。「高いけど、とにかく飛ぶクラブ」と、リョーマゴルフの噂は口コミで広まっていくのだが、ある意味で閉鎖的な市場だけに新参者がどう売るかも課題だった。

「リョーマゴルフでは試打会を積極的に行っています。今は年間で1100〜1200回くらい。担当は、正しい知識を持ち、しっかりと説明できる社員のみ」

自身も初代を出してからの約2年間、土日も休みなく試打会で営業した。試打会の目的は試してもらうことではなく買ってもらうこと。そう、手売りだ。10万円ほどするクラブをその場で購入させるには、それなりの説得力が必要となる。「上級者だけでなく、アベレージゴルファーでも一度打てば、その飛びを実感してもらえます」。だから試打会の練習場も距離があることが条件。ゆくゆくは練習場を作ることも考えているという。

歴然とした違いがわかれば、多くのゴルファーは購入にいたる。そして、今まで飛距離でかなわなかったゴルフ仲間をオーバードライブすれば、皆驚き理由を聞く。その際、自慢げにクラブの性能や特徴を語ってもらう。それが口コミとなり、リョーマのコミュニティが広がっていく。だからネタ元となる試打会には、正確な商品知識と愛情を持った社員が必要なのだ。

今のドライバーで3代目。「もっといいものができるはずだ」という執念のもと、頭の中でイメージし、それを具現化するための理論を構築し、検証を繰り返す。その後、フェアウェイウッド、ユーティリティが徐々に生まれ、そしてようやく今年待望のアイアンの発表にいたった。先行販売されたアイアンセットはすぐに完売。ドライバー¥100,000~(リョーマゴルフTEL03・6300・5150)

ゴルフ業界を驚嘆させた偉大なふたりの広告塔

’14年、ビートたけし氏がブランドアンバサダーに就任。さらに今年、ゴルフをしていることさえ公言しなかった木村拓哉氏をも起用し、業界を驚嘆させた。たけし氏からその評判を聞き、気になっていたリョーマクラブを試した木村氏。打った途端、その性能にやられたという。

ゴルフ不況といわれる昨今だが、「努力せずしてゴルフクラブが売れてきた時代から、普通に戻っただけ。お客様が何を必要としているのか。それを真剣に考え、とことん情熱を注ぐ。そして圧倒的な性能を誇る商品を作る」という谷本氏の信念から生まれたクラブが、ゴルフ人気の低迷に歯止めをかけてくれるのではないか。そんな期待を抱かずにはいられない。

TOSHIO TANIMOTO
リョーマゴルフ 代表取締役。1964年高知県生まれ。大学在籍中に書籍販売業で起業。モノづくりへの情熱が高じて、2000年にリョーマゴルフを設立。ゴルフ界は新規参入ながら、次々と革新的なゴルフクラブを開発。シングルプレーヤーであり、’12年には千葉県のザ・カントリークラブ・ジャパンでクラブチャンピオンに。


ビートたけしが語る!谷本俊雄の偉業

谷本氏がビートたけし氏をブランドアンバサダーに起用したいと言いだした時は誰もがそれは難しいのではとの判断をした。だが、彼は諦めなかった。BSのテレビ番組で共演した経緯もあり、なんとか承諾を得る。ビートたけし氏から見た彼はどのように見えているのだろうか。

「粘り強い男だと思いますよ。好きなものを自分なりに研究して改革しようとする精神はたいしたものだよね。おいらなんかもクラブを何度も開発しようと試みて、失敗し断念した。けど、自分ならもっといいクラブを作れると信じて研究し続けられるのが谷本さん」

ビートたけし氏は、一時期ゴルフをやめていた。その理由は飛距離が落ちてきてつまらなくなったからだそう。だが、そんなビートたけし氏は、リョーマゴルフのドライバーと出合い、飛距離を取り戻したことで再びゴルフ熱が生まれた。

「納得がいくまで、何年もかけて根気強く作るところが凄いね。ずっとアイアンも作ってよと話してたんだけど、ようやく完成した。練習場でちょっと打っただけで、他のクラブとは違うなってすぐわかったよ。コースで使うのが楽しみだね」


Text=出島正登 Photograph=鈴木克典