【中田英寿/に・ほ・ん・も・の外伝】さっぱりとした味わいの「阿波晩茶(茶摘み編)」<徳島①>

2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。

“漬物茶”と呼ばれる上勝町の後発酵茶

日本茶は茶葉を蒸すことで発酵を止める不発酵茶。茶葉を発酵させると紅茶に代表される発酵茶になる。その中間ともいえるのが烏龍茶などの半発酵茶。そして茶葉を乳酸菌やカビで発酵させてつくるのが、後発酵茶だ。プーアル茶など、中国や東南アジアではよく飲まれる後発酵茶だが、日本では珍しい。現存するのは、昨年訪ねた高知の碁石茶(ごいしちゃ)、福井のバタバタ茶、そして徳島の阿波晩茶(あわばんちゃ)。この阿波晩茶の収穫と“漬け込み”の作業は、7月にしか見られないということで、徳島・上勝町を目指した。    

徳島県中部の上勝町は、勝浦川をのぼっていった山岳地帯にある。目指す阿波晩茶の生産者、殿川綾女さんの家までは、クルマがすれちがうのも難しいような狭く曲がりくねった道をゆく。霧がたちこめた谷地には、棚田も見える。日本の農村の原風景のような美しい町だ。

「収穫といっても茶畑じゃないんですよ。こういう山に自生した茶の葉をとるんです」(殿川綾女さん)

地元の女性たちと一緒に腰に茶摘みカゴを着けて茶葉を摘む殿川さん。確かにそこは静岡や鹿児島で見た茶畑とはまるでことなる、単なる山のヤブ。そのなかに分け入り、茶木を見つけては葉を摘み続ける。摘むというよりは、枝から“むしる”といったほうがいいかもしれない。生えている場所もそうだが、摘み方もワイルドだ。中田英寿もツナギの作業着に着替え、茶摘みに参加する。

「どのくらいの量をつくるんですか?」(中田)

「うちだと70kgくらいかな。家で飲むぶんと、友だちに配るぶんがほとんどで、余ったものを市場に出しています。商売にはならないですよ。先祖代々やっているので、それを私も受け継いでいるんです」(殿川さん)

上勝町では、古い農家はそれぞれの家で阿波晩茶を作っているそう。

「私たちは、漬物茶とも呼んでいるんですよ。漬物みたいな作り方だし、それぞれの家にこだわりがあって、味も違いますからね。もちろん私は、自分のところのお茶が一番おいしいと思っていますけど(笑)」

話しながらも手を休めることのない殿川さん。市場ではほとんど目にすることのない阿波晩茶だが、上勝町ではいたってポピュラー。冬は温かく、夏は冷やして。赤ん坊の風呂用につかうこともあるという。休憩のタイミングで冷やした阿波晩茶をいただく。爽やかな香りにさっぱりとした上品な味わい。碁石茶はかなり酸味が強かったが、こちらはほんのりとした酸味で初めてでも飲みやすい。立っているだけでも汗が流れるような高温多湿の徳島の夏にぴったりだ。

「全国のいろんなお茶を取り寄せて飲んでみて、阿波晩茶っておいしいなと思ったんです。それで今回、作り方を見たいと思い、訪ねてきました」(中田)

「今日まで5日間、いろんな場所で茶摘みをしてきたんです。明日、漬け込みを行うのでぜひ見に来て下さい」(殿川さん)

小さな山ができるほど集まった茶葉は、すべて野生のもの。当然農薬や化学肥料とも無縁だ。一般的な茶葉よりも葉が厚く、色も濃いように見える。このワイルドな茶葉からどうやってあの上品な味わいになるのか。翌日も上勝町を訪ねることにした。

漬け込み編に続く

「に・ほ・ん・も・の」とは
中田英寿が全国を旅して出会った、日本の本物とその作り手を紹介し、多くの人に知ってもらうきっかけをつくるメディア。食・宿・伝統など日本の誇れる文化を、日本語と英語で世界中に発信している。2018年には書籍化され、この本も英語・繁体語に翻訳。さらに簡体語・タイ語版も出版される予定だ。
https://nihonmono.jp/

Composition=川上康介 Photograph=淺田 創