【HEROs】ガンバ大阪・宮本恒靖監督「スポーツには社会で生きていくための価値観がある」

2017年10月、アスリートによる社会貢献活動の輪を広げていくことなどを目的に「HEROs SPORTSMANSHIP for THE FUTURE」(以下、HEROs)が日本財団によって創設された。GOETHEでは社会貢献活動に励むアスリートの声を伝える連載をスタート。第4回は、ボスニア・ヘルツェゴビナで異なる民族の子どもが通えるスポーツアカデミー「マリモスト(現地語で「小さな橋」の意」を運営しているサッカーJ1、ガンバ大阪の宮本恒靖監督の思いを届ける。


中立的な日本人だからこそ、できることがあるのではないか

宮本恒靖とボスニア・ヘルツェゴビナとの接点は2013年まで遡る。W杯2度出場など輝かしい実績を残した現役生活を引退後、国際サッカー連盟運営の修士課程「FIFAマスター」に入学。その卒業論文に向けたグループワークで、メンバーの女性から民族対立という問題について聞かされた。

「共同で取り組んでいた修士論文のグループの中にボスニア・ヘルツェゴビナ出身の女性がいて、彼女は民族対立という問題を残す母国をどうにかしたいという思いを抱いていました。話し合いを重ねる中で、スポーツアカデミーをつくり、そこで子供たちが一緒にプレーすることで民族の仲違いを少しでも解消できるのではないか、将来的にそこに繫げていけるのではないか、と仮説と結論をたてました」

1990年代、同国では死者20万人以上、避難者200万人以上と言われる大規模な民族紛争が勃発。紛争が終結してから20年以上が経過した現在も日常生活で他民族と知り合う機会は限られる。特に、川1本を挟んでボスニア系とクロアチア系の民族エリアが分かれているモスタル市では、将来を担う子供たちが内戦の“負の遺産”を受け継ぐ可能性が危惧されている。

’13年7月、宮本の研究グループは「ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルに、民族融和と多民族共栄に寄与するような子ども向けスポーツアカデミーを設立することは可能か?」というテーマの論文を発表。FIFAマスター修了の翌月、宮本が日本経済新聞に連載していたコラムにおいてプロジェクトについて紹介すると、記事を見たJICA(独立行政法人国際協力機構)や外務省のボスニア・ヘルツェゴビナ担当者から連絡が入り、実際のプロジェクトとして動く事になる。

「最初は仮説としてつくっていた論文なので、それが日本の政府関係者の協力を得て実際に動き出すかもしれないという話をした時は、グループのみんなはポジティブな驚きをもって喜んでくれた。実際に現地を視察して、多くの関係者に話を聞いて回りました。例えばアカデミーの活動場所を決めるにあたってもボスニア系、クロアチア系のどちらのエリアにも偏ってしまうと、他の民族の子どもは通いにくい状況となってしまう。たまたま両民族の居住エリアの境界線に位置する行政が管理している土地が見つかった。そこは、どちらの地区からも行きやすく、モスタルでは少数の他の民族の子どもにとっても通いやすい場所だったので、最終的にこの土地の使用許可を得ることができ、プロジェクトがグッと進むことになった」」

モスタルの子供たちに指導。スポーツを通じ、民族間の対立を解消する事を目指している。

内戦が終わって以降、違う民族同士で話したことがない人も多くいるという現実の中で「当初は、賛同してくれる人の方が少数だった」と振り返る。だが、その一方で、「子供たち世代には過ちを繰り返してほしくない」という思いを抱いている親が少なからずいることもわかった。現在では、継続して60名以上の現地の子供たちが民族を超えて一緒にスポーツを楽しんでいる。活動を進めるなかで、宮本は改めてスポーツの偉大さ、サッカーの偉大さを実感しているという。

「一緒にプレーしている瞬間は民族が違うとか余計な感情が入ってこない。ひとつのボールを追いかけて、どちらがゴールを決められるのかという、純粋なところに特化できます。その中でゴールを決めるためには、一緒になって協力していかないといけないし、ピッチの中で生まれるものが、実生活などピッチを離れたところでもいい影響を与えるのではないかと思います。スポーツの中には社会で生きていくための価値観があります」

’17年には、モスタル市の子供たちを日本に招待。’18年は日本の子供たちを現地に連れて交流を図った。このプロジェクトの最終目標は、現地の人たちだけで「マリモスト」を運営できる体制を整えていくことだ。

「中立的な日本人が関わっているというところで、このプロジェクトを一歩ずつ進めることができているのではないかと思っています。次の世代、将来を担っていく人たちがスポーツを通して仲良くなったことが土台となって、よりよい社会を作っていくというところに必ず繋がっていくと思う」

2017年にはボスニアの子どもたちが来日。ガンバ大阪アカデミーの子どもたちとも交流を図った。

この活動が認められ、「2017 HEROs of the year賞」を受賞。宮本は’17年のシーズンからガンバ大阪U-23、’18年シーズンの途中からガンバ大阪トップチームの監督に就任。プロサッカー選手を指導する立場となり、これまでよりもいっそう、スポーツ選手が社会貢献に参加することの意義について考えるようになった。

「選手には、“君たちの持っているパワーがどれほど素晴らしいものか”ということを伝えています。早くそれに気づいてほしい。もちろん気づいている選手もいる。今の選手はSNSでの発信力もあるし、こういう美味しいもの食べたよ、だけではなくて、問題提起もしてほしいなと思います」

民族対立という大きな問題を解決することは、困難なことであることは承知の上。しかし、スポーツには、人種、民族、性別、年齢を超えて気持ちをひとつにさせてくれるパワーがあると、信じている。その価値観は、日本でも、ボスニア・ヘルツェゴビナという遠く離れた地でも同じ。アスリートには、政治家にはできないことを成し遂げる可能性を秘めていると熟知しているからこそ、宮本は今世界で起きている問題に関心を寄せているのである。


Tsuneyasu Miyamoto
1977年大阪府生まれ。10歳でサッカーを始め、各世代の日本代表に選出され、’95年にガンバ大阪ユースからトップチームへ昇格。2005年にはチームの中心選手として優勝を果たす。日本代表でも’00年に初選出を果たすと、’02年日韓大会、’06年ドイツ大会と2度のW杯に連続出場。キャプテンとして、またディフェンスの統率役としてチームを牽引する。’11年に現役引退。引退後は’12年9月よりFIFAマスター(国際サッカー連盟が主宰する修士課程)にチャレンジし、イギリス・イタリア・スイスでの受講を経て’13年7月末に修了。帰国後は、JFA国際委員、Jリーグ特任理事などを歴任。2014年のワールドカップブラジル大会ではFIFAの技術分析チームの一員として大会のテクニカルレポート作成に携わる。現在は、ガンバ大阪監督。


【HEROs AWARDとは?】

社会のため、地域のため、子供達の未来のため、競技場の外でもスポーツマンシップを発揮している多くのアスリートたちに注目し、称え、支えていくためのアワード。その年、最も「社会とつながるスポーツマンシップ」を発揮したアスリート、チーム、団体を表彰し、次の活動へとつながる支援を行う。


【HEROs AWARD 2017受賞者】

■HEROs of the year賞■
スポーツの力を活かした社会貢献活動のモデルにふさわしい、もっとも優れた「アスリート」を表彰。アスリート部門より1名を選出。

宮本恒靖:~スポーツを通じた民族融和プロジェクト~ボスニア・ヘルツェゴビナのスポーツアカデミー「マリモスト(小さな橋)」の挑戦


■HEROs賞■

スポーツの力を活かし優秀な社会貢献活動を行った「アスリート」「チーム・リーグ」「NPO」を表彰。アスリート部門:3名、チーム・リーグ部門:1団体、NPO部門:1団体を選出

<アスリート部門>
アスリートが自発的・主体的に取り組んでいる社会貢献活動を対象とする。
(NPO法人等の立ち上げ、または他の社会貢献活動団体と連携して実施している事業を含む)

・鳥谷敬:「RED BIRD PROJECT」
・アンジェラ・磨紀・バーノン:「Ocean’s Love」
・坂本博之「こころの青空基金」


<チーム・リーグ部門>
チーム・リーグが主体となって、競技、スポーツに関連する資産等(選手、チーム、スタジアム等)を活かして行う社会貢献活動を対象とする。

福島ユナイテッドFC(サッカー):風評被害払拭活動「ふくしマルシェ」


<NPO部門>
NPOが主体となり、スポーツの力を活かして行う社会貢献活動を対象とする。

一般社団法人世界ゆるスポーツ協会:すべての人々にスポーツを

※各部門の活動動画はHEROs AWARD 2017Webサイトで視聴可能


Text=鈴木 悟(ゲーテWEB編集部)  Photograph=櫟原慎平