【シリーズ秘書】日本が誇る美術界の要・横浜美術館館長と、それを支える秘書の奮闘記

日本国内はおろか、国際的にもその名を轟かせる横浜美術館館長・逢坂恵理子氏。そんなワールドワイドに活躍する館長を陰日なたに、彼女の手足となって動くのは館長アシスタントの足立陽子氏。秘書を超えた、オールマイティーな仕事ぶりをご覧あれ!


世界を飛び回る館長の手足となり、美術の普及を目指す

横浜みなとみらい地区の一角に、堂々たる丹下健三設計の威容をたたえて建つのが横浜美術館。館長の逢坂恵理子さんは、展覧会などを企画するキュレーターとして、また美術館マネジメントにも通じた日本美術界の要だ。日本から唯一、メトロポリタン美術館の国際館長会議に招かれたりと国際的なネットワークも広い。

「企業勤めも経験しているので、視野を広く保ちつつ美術の間口を広げることに役立っているかもしれません」

国内最大級の国際芸術祭「横浜トリエンナーレ」の企画運営にも深く関わり、多忙を極める逢坂館長には、手となり足となって日々支える女性がひとりいる。それが、アシスタントの足立陽子さんだ。

撮影の合間でも、絵を前にすると話しが止まらなくなるふたり。

「館長に就任する際、英語ができるアシスタントがつくことを条件にしたんです。秘書探しをするうち、知人からの紹介で出会ったのが彼女だったんです」

社会人経験を経たあと、再度大学院でアートを学び直していた足立さんは、誘いに応じて逢坂さんとともに横浜美術館での仕事を始めた。

「秘書というより、私と同じ目線で考え行動してくれる右腕として仕事をしてもらっています」

逢坂さんがそう言うように、その業務は従来の秘書の役割から大きくはみだす。自身の仕事内容について足立さんは、「逢坂のスケジュール管理などももちろん担当しますが、同時にシンポジウムの企画をしたり、外部の人と折衝させていただいたりすることも」と。

実際、足立さんがアシスタントに就いて真っ先に担当した仕事は、館内サイン標識計画の全面見直しというもの。約30年前に竣工した建物は、各種案内の標識が現在の基準でいくと足りていないうえ、デザインや色なども不統一だった。

「デジタルカメラを持って館内を隈なく見て回り、必要なサインを洗いだして、色やフォントなどを統一したデザインで整備しました」

展示の内容は学芸員の専門領域なので足立さんが関わることはないが、それ以外の館にまつわる仕事は何でもやる。

「彼女は文章の理解力が高いので、私が依頼されたレクチャーや講演依頼について、先方の要望をきれいに整理して伝えてくれますし、基礎資料も過不足なくすみやかに揃えます。私が受けたインタビュー記事のチェックも高いレベルでしてくれて、助かっています」

美術館マネジメントの世界を突き詰めたいと考えている足立さんにとって、逢坂さんと過ごす日々は吸収することだらけ。

「逢坂のために外部の講演会資料をつくるのは、たいへん勉強になります。逢坂が重視している価値観、美術界の大きな流れをしっかり把握することができるので。『あの展覧会は観ておいたほうがいい』といった話も、日頃からよく聞きます。現代美術の世界の最前線に常に触れられるのですから、これ以上の学びの場はありません」

現在開催中の「モネ それからの100年」をはじめ、話題の展覧会が目白押しの横浜美術館は、日本美術界の注目の的。その原動力は、長年連れ添い息の合った女性コンビの存在にあったのだった。

Eriko Osaka(左)
横浜美術館館長。国際交流基金、水戸芸術館現代美術センター芸術監督、森美術館アーティスティック・ディレクターなどを歴任した後、2009年4 月横浜美術館館長に就任。
Yoko Adachi(右)
館長アシスタント。大学卒業後、通信会社勤務を経て大学院で美術館マネジメントを学ぶ。共通の知人を介して2009年5 月から横浜美術館で館長アシスタントとして勤務。
Company Data
1989年に開館。国内外の近現代美術に焦点をあてて展覧会・作品収集をしている。創作活動の場「子どものアトリエ」「市民のアトリエ」、蔵書11万冊の美術情報センターなども充実。現在は「モネ それからの100年」を9 月24日まで開催中。

Text=山内宏康 Potograph=飯本貴子