ナダルのポジティブなウィンブルドン敗戦の弁 ~ビジネスパーソンのための実践的言語学③

最近、説明や謝罪時の、違和感のある言葉遣いが話題になりがちだ。当コラムでは、実際の発言を例にとり、公私の場で失敗しない言葉の用い方を考える。ビジネスパーソンのための実践言語学講座!


「タイトルを獲得する機会を逃したことは残念。だけど、それだけのことだ。今日は僕の日ではなかった」ーーラファエル・ナダル

テニスの聖地は、ロシアに負けないほど熱かった。ワールドカップ・ロシア大会が盛り上がる“裏”で熱戦を繰り広げていたテニスのウィンブルドン選手権男子シングルス。ノバク・ジョコビッチの復活優勝、ロジャー・フェデラーの大逆転負け、6時間36分の死闘となったケビン・アンダーソンとジョン・イスナーの準決勝、さらには日本人として松岡修造以来23年ぶりとなる錦織圭のベスト8入りなど、話題が豊富だった今回大会だが、ベストゲームは間違いなく2日がかりで行われたジョコビッチとラファエル・ナダルの準決勝だろう。長年のライバル同士が2日間計5時間15分間を戦い、最高の技術と最高の精神力を出し切ったこの試合は、ウィンブルドンの歴史に残るような名勝負となった。

フルセットを戦い抜き、総ポイント差はわずか4。ふたりの試合後のコメントからもこの試合のすさまじさは伝わってくる。勝者であるジョコビッチは、「特別な試合だった。少しの差が勝負を分けた」と語り、ナダルは「今日は力を出し尽くした。偉大なふたりのすばらしい試合だった」と試合を振り返った。

この準決勝で勝負を支配したのは、勝負のあや、運としかいいようがない。ジョコビッチの速く角度のあるサーブ、ナダルの積極的なネットプレイ、ジョコビッチの正確無比なリターン……ナダルがボールを追って観客席に飛び込むシーンもあった。両者ともミスが少なく、技術面、体力面、戦術面すべてが完璧だったように思う。それでもテニスに引き分けはない。万全の準備をし、最高のプレイをしても負ける時もあれば、逆もまたある。この試合においては、ジョコビッチのほうに運があったということだろう。だからこそ、ナダルはこう言うしかなかったのだ。

「タイトルを獲得する機会を逃したことは残念。だけど、それだけのことだ。今日は僕の日ではなかった」

“It’s not my day”

“Not my day”というのは、英語の日常会話ではよく使われる表現だ。意訳が許されるなら「こんな日もある」「ついていなかった」ということだろう。単に運のせいにしているわけではない。誰から見ても、すべてを出し尽くした敗者だからこそ、説得力のある「敗戦の弁」だ。

2001年15歳でプロとなり、グランドスラムでの優勝回数は、フェデラーに次ぐ歴代2位の14回。長年にわたりライバルたちと数々の激戦を経験してきたナダルにしてみれば、「僕の日」だったこともあるし、そうでない時もあるということだろう。彼は、自著『ラファエル・ナダル自伝』(2011年)で全豪オープン決勝においてフェデラーにフルセットで勝利した時の気持ちをこう綴っている。

「勝てるチャンスがどんなに小さくても、決して諦めず、能力の限界まで自分を追い込み、運を試さなければならない。(中略)試合に勝てるかどうかは心次第で、気持ちをしっかりと強く持っていれば、痛みも含めてどんな障害でも乗り越えられると分かった」

ビジネスでも運によって、勝負が決まってしまうことがある。悔やむこと、反省することも時には必要だ。だが万全を尽くして敗れたのなら、“It’s not my day”と切り替えることも大切だろう。“It’s not my day”という言葉からは、次は「僕の日」が来るであろうというポジティブさと逆境に屈することのないプライドが伝わってくる。結果が不本意な時、この言葉を心のなかでつぶやいてみよう。それが言い訳に聞こえないのであれば、きっと明るい未来が待っているだろう。


Text=星野三千雄


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