J1再開!鹿島アントラーズで今なにが起こっているのか?小泉文明社長のサッカービジネス論①

コロナ禍によるJリーグが延期されるなか、すべてのチームの中で圧倒的な存在感を示したのが鹿島アントラーズだ。率いるのは前メルカリ社長(現メルカリ会長)の小泉文明氏。新しいアントラーズの社長が見据える、アフターコロナの時代のチームの未来、スポーツビジネスのあり方とは?

テクノロジーを使ってクラブの収益を上げる

新型コロナウイルスがエンタテインメント業界に甚大な影響を与えている。興行を打って観客を集めようにも密閉・密集・密接のいわゆる“3密”を避けることは難しく、プロ野球やプロサッカーリーグも「リモートマッチ」と銘打った無観客での試合興行からリスタートを切った。

サッカーのJ1リーグは、ひとあし先に再開されたJ2、J3に続き、7月4日から約4ヵ月ぶりに再開される。コロナ禍はすべてのプロスポーツチームに等しく甚大な影響を及ぼす。それは国内最多の20個のタイトルを有し、全国的な人気を誇る鹿島アントラーズであっても変わらない。

昨夏、アントラーズの経営権は日本製鉄からメルカリに譲渡されたことで大きな話題となった。その鹿島の代表取締役社長に就任して1年も経たないうちに、これまで例を見ない状況に直面した小泉文明は、厳しい局面にあることを否定しなかった。

「短期ではどうしても赤字になってしまう状況は避けられないかなと思っています。昨季はチケット収入で10億円近くの売り上げがありました。今後の状況にもよりますが、チケット収入はかなりのマイナスになるでしょう。短期な赤字は、これまでの内部留保や、親会社であるメルカリからの支援でどうにかできると思います。ですが、こうした赤字の状況が続いていくとクラブとして成り立たなくなってしまう。また、来年になるとスポンサーが離れてしまうクラブもゼロではないと思います。Jリーグにおいては非常に厳しい局面が続くのではないでしょうか」

そう聞くと、ついつい暗い気分となり、うつむいてしまいがちだが、リーグ戦がストップしてから約4ヵ月の間、アントラーズの存在感は日本サッカー界のなかでも際立っていた。

2月末にリーグ全体が中断すると、サッカーファンにコンテンツを届けるためにコンサドーレ札幌との練習試合中継をDAZNで実施、ホームタウンの食材や鹿島のホームゲームでのスタグルを通販で紹介する擬似的なECサイト「鹿行の『食』を届けるプロジェクト」を立ち上げると、Zoomを使ったオンラインファンイベントを開催し、スポーツエンターテイメントアプリPlayer!を使ったギフティング(投げ銭)もいち早く導入。ふるさと納税型のクラウドファンディングをローンチさせ、音楽配信アプリStand.fmで公式チャンネルを開設し、ショートビデオのプラットフォームであるTikTokとは公式アカウントを開設するだけでなくパートナーシップ契約を締結した。まるでこの事態を予測していたかのように、他クラブに先んじて次々と施策を打ち出していったのである。

“ポジティブと言うとちょっと語弊がある”と断りながらも、小泉は「やろうと思っていたことを前倒しできた」と胸を張る。

「もともと僕らが経営に加わったときに、デジタルとかテクノロジーを使って、クラブの収益をどうやって上げていくかを考えていました。その当時から、ギフティングであるとか、クラウドファンディングをやりたいという話しはありましたので、もともとロードマップにあったものが前倒しになった認識でいます」

アントラーズの経営権を取得して以降、小泉は一貫してデジタル施策の重要性を訴えてきた。IT企業のメルカリとしては当然の姿勢だろう。彼らのいちばんの強みはテクノロジーを有することにある。それを生かしてマネタイズを考えるのはごく自然な成り行きだ。

ギフティングや地域行政との協力から生まれたふるさと納税型のクラウドファンディングなどは、サッカークラブだけでなく、他の多くのプロスポーツクラブにとっても大いに参考となる施策でもある。自分たちが先陣を切り、そこで得られた知見やノウハウなど「還元できるモノや情報はなるべく還元して、リーグ全体でサバイブしていかないといけない」と小泉は言う。厳しい状況にひるむのではなく先陣を切って進む姿勢を示しているのだ。

しかし、それを踏まえた上で小泉は「スタジアムがすべてだと思います」と断言する。

「リアルの価値をどう上げていけるかがすごく大事だと思っています。僕はよくデジタル、デジタルと言ってるので、サポーターからするとスタジアムの感動価値をどう上げていくんだよ、と言われるんですけど、スタジアムがすべてだと思うんですよね」

そこには、mixiでSNSの運用に携わった小泉だからこその確信があった。

「これはmixi時代からずっと言ってるんですけど、やっぱりコアの方々を大事にしていきたいという想いが、今回改めて湧いてきましたね。コミュニティには1:9:90みたいなバランスがあります。1が情報発信をするコアな人たち、9はそれに対してリアクションするような人たちがいて、90というのはどちらかというとROM(Read Only Member。自らは投稿せずに、他の参加者のコメントやメッセージを読む人々のこと)と呼ばれる人たちです。つまり、1:9の最初のコアな部分の熱量を2とか10に上げていくことがコミュニティを活性化するための重要な要素で、中心の熱量がまわりに波及していくものだと思っています」

コアこそが肝になるという考え方は、アントラーズのチケット施策にも色濃く反映される。リーグ戦が中断されたことで年間チケットの払い戻しを発表するクラブもあるなか、アントラーズは処理が複雑化することをいとわず、コアファンを優遇する措置をとったのである。

「僕からするといままで支えてくれたいわゆるSOCIOメンバーと呼ばれるコアファンや、年間チケットを買ってくれた方々にチケットを優先して配りたかった。まずはそういった方々にデリバーして、余ったら一般販売という順番にしました。はっきり言ってしまうと、コアファンの熱量さえしっかり保てれば、スタジアムの熱量は保てる。コアな部分の熱量を落としてしまうとクラブの評価が落ちます。ファーストプライオリティは絶対にコアなファンだと思います」

リアルな場であるスタジアムにはコアファンが集う。そこから発せられる熱量はコミュニティの大きさに直結する。熱量が少なければコミュニティは小さくなり、逆に熱量が多ければ多いほどコミュニティも大きくなる。だからこそ、まずはコミュニティ自体の熱量を保つことに注力したのだ。

とはいえ、アントラーズの経営規模は70億円。今後100億円を目指そうとするなかで、コアファンだけをターゲットにした施策だけでは限界がある。また、2011年に東日本大震災が起きたとき鹿島アントラーズは被災し、観客動員数の激減を経験している。あのときは観客数が元に戻るまで3年の月日を要しただけに、今回も大きな影響を受けることは避けられないだろう。しかし、だからといってクラブが手をこまねいている訳にもいかない。小泉の頭の中では2つの施策が描かれていた。

「コアファンの方々はスタジアムでの感動体験を通じてマネタイズしていきたい。つまり、リアルの場で収益化していくことを考えています。ただ僕としては、コアなファンの周辺にいて“コアではないんだけどライトなファン層”も結構大きいと思っていて、その層に対する施策も重要だと考えています」

年に数回だけスタジアムを訪れるファン層は、その回数が増えていくコア層にもなり得る反面、逆に脱落してしまうことも充分に考えられる。3.11のときにスタジアムから離れてしまったのがこの層だった。デジタルの表現を利活用することで、その層からこぼれ落ちる人をすくい、マネタイズへと結びつけようというのだ。

その施策の一環が、サッカークラブとしては初となるStand.fmやTikTokでの公式チャンネル開設なのである。特にTikTokは驚きをもって受け止められたが、なにも選手が踊っている動画を載せたいわけではない。今まで手が届かなかった場所に公式チャンネルをつくることで潜在的なユーザーとの接点を増やし、コミュニティの中心である熱量の高いところに向かうように誘導する仕組みをつくったのだ。

そうすることで、今までと違う収益構造が生まれると小泉は考える。

「例えばクラウドファンディングやギフティングがない頃、地方でアントラーズを応援している人は応援に行くにも遠すぎていけないし、ユニフォームを買うことくらいしかできなかったと思うんです。でも、テクノロジーによってアントラーズをもっと応援したかったんだけどできなかった人を取り込むこともできるようになりました。もちろん、なにもせずにお金をくださいというわけではなく、エンタテインメントやスポーツとしての感動体験をお届けすることの対価としていただいて、クラブの収益を上げていきたい。デジタルを使った収益化が非常に重要だと考えています」

地元との新しいwin-winのカタチ

そうしたライト層を取り込むことが1つめの施策であるなら、2つめはアントラーズのホームタウンである鹿行地域の地元住民への施策である。

withコロナの時代となったいま、リスクを抑えるため移動を控える人はどうしても増える。東京や首都圏からの観戦者も多いアントラーズにとって、この状況が続くことは好ましくない。だからこそ、小泉は地元に向けた必要性を感じていた。

「地元のサポーターも、東京から来てくださるサポーターもどちらも大事です。ただ、僕は地元の方にももう少しファンクラブに入ってもらいたいと思っているので、そこはテコ入れしないといけないと思っています」

クラブとして「鹿行の『食』を届けるプロジェクト」に取り組んだことで、地元の企業と全国のアントラーズサポーターをマッチングさせることができた。アントラーズが地元を応援する姿を見せられたことは、当然ながら好意的に受け止められ、さらに地元企業と一緒にプロジェクトに取り組んだことで次の課題も見えてきたという。

「あるお店の商品は非常に好評で、一時販売を止めなければいけないくらいでした。でも逆に言えばストップしたことで機会を逃した訳で、地元の企業さんの事業上場の課題に対して、もう少し僕らも協力していかないといけないと感じました」

DX(デジタル・トランスフォーメーション)、つまり市場環境のデジタル化を進めるにあたり、アントラーズは好事例を残している。メルカリに経営権が移ってからSlackなどが導入されたことで、仕事効率は短期間で劇的に向上した。それを受けて地元企業からは「どうやってオンラインで仕事をすればいいのか教えてほしい」といった要望が舞い込むようになったという。

「デジタルを使ったECサイトだとか業務の効率化だとか地域が抱える課題も、僕らがもっと地元に入っていけばメルカリやアントラーズのノウハウを使って還元していくことができるかもしれません。そうすることで地元企業の競争力が上がり、結果としてスポンサーやファンクラブの収入となってクラブに戻ってくるようなになれば、もっとwin-winな関係を築けると思います」

鹿嶋市の人口は7万人にも満たない。周辺の鹿行地域を含めても30万人と言われている。そんな地方の片隅にあるクラブが2016年にはFIFAクラブW杯で決勝まで進出し、スペインのレアル・マドリードをあと一歩まで追い詰めた。マドリードやバルセロナ、ロンドンやミュンヘン、パリといった大きな街にあるクラブに、もう一度、戦いを挑もうと本気で取り組んでいるのが鹿島アントラーズというクラブだ。

「世界のクラブはどんどん進歩している。僕らがなにもやらないと相対的には退化していくというか、差がどんどん開いていくだけです。今から鹿嶋の人口を増やせと言っても無理でしょう。なので、僕としてはだからこそITやデジタルなのかなと思っています」

新型コロナウイルスは世界的に大きな影響を及ぼしたが、新しい生活様式はデジタル化を一歩推し進め、デジタルとエンタテイメントの融合を加速させる効果があったかもしれない。これまでの社会構造であれば、大都市にあるクラブほど収益面でのメリットを期待できたが、withコロナの世界では必ずしもそうとは言い切れなくなった。誰も直面したことがない社会において、先を見通せている経営者は少ないだろう。

そのなかで、あふれるようにアイデアが湧き出す小泉は異彩を放つ。地方にある小さな町のクラブで今、大きな変化が起きようとしている。

②に続く

Fumiaki Koizumi
1980年生まれ。早稲田大学卒業後、2003年、大和証券SMBC(現 大和証券)に入社。投資銀行本部にて、主にインターネット企業の株式上場を担当し、ミクシィやDeNAなどのベンチャー企業のIPOを実現させる。'07年、ミクシィに入社。'08年、取締役執行役員CFOに就任し、コーポレート部門全体を統括。'13年、メルカリに入社。’17年、取締役社長兼COOに就任。'19年、鹿島アントラーズFC代表取締役社長に就任。メルカリ取締役会長も兼任する。


Text=田中 滋 Photograph=太田隆生